第6話 “魔女”再び

 巨大な鳥の骨に紫色の炎がまとわりついた姿となったフェニキアを前に、桜夜は口元に笑みを浮かべた。


「鳳凰! 2人を頼んだぞ!」


 鳳凰を召喚して、倒れたサイカとリオを守らせると桜夜は、自身の背中に鳳凰の翼を顕現させた。そして桜吹雪を抜き、霊力を込める。


「夜桜モードの試し切りをさせてもらうぞ」


 そういって桜夜はフェニキアに向かって弾丸のように飛んで行った。


◆◆◆


 同時刻、ローマ、イグドラシルの邸宅。リンと鷹司はお茶をしていた。


「おじさまとはじめてお会いしたのもこの庭でしたね」


「そうだな、あのときは命を救われた」


 そういって紅茶のカップを手に取った鷹司は嫌な気配を感じてカップを置いた。


「? どうかされましたか? おじさま?」


「どうやら招かれざる客らしい。おい、お前たち。姫を頼んだぞ」


 四方院家の精鋭にそう指示を出しながら鷹司は立ち上がる。部下の1人が彼に長巻を渡す。今回の長巻はただの長巻ではなかった。伊勢神宮に依頼し、幾度となく大祓詞を奏上された魔を討つための武具である。長巻を抜き去った鷹司の前に現れたのは、黒と紫を混ぜたかのような淀んだ色をした大粒の魔石がついたペンダントをした女性だった。黒い服と帽子は喪服を思わせた。その姿を見てリンが声を上げる。


「叔母様……!?」


 だが女性はその言葉を無視し、右手から黒い魔力を放った。鷹司はそれを長巻で切り裂く。


(よし、こいつなら対抗できるようだな)


 問答無用の最強武具神殺しの桜吹雪が折れたという前例から、鷹司はこの特別製の長巻でも対抗できるか不安に思っていた部分があった。しかし今のところ長巻は魔力に対抗できていた。ならばと鷹司は距離を詰める。相手の弱点であろう魔石を砕くために……。


◆◆◆


 炎の弾幕を搔い潜り、一気にフェニキアに近づくと、桜夜は夜桜モードの桜吹雪で胴体を切りつけた。その瞬間フェニキアが纏っていた炎が触手となり、桜夜の手足を拘束する。それに対して桜夜は、鳳凰から譲り受けた神通力を解放し、触手を焼き払って距離を取った。そこに向かってフェニキアは巨大な黒い火球を放つ。後ろにいるサイカたちを守るため、桜夜は火球を桜吹雪で受け止める。桜吹雪はアルファからもらった神殺しの霊力と元々もっている神通力を解放し、火球を余裕で受け止めている。しかし桜吹雪を持つ桜夜自身は頑丈とはいえ生身の人間だ。火球の威力と熱さでじわじわと体力を消耗していくのは必然だった。桜吹雪の力をまだ十全にコントロールできない桜夜は火球を切ることができず、じり貧の状況と言えた。その時……!


「漆黒の流星群」


 凛とした声が響いた。そして桜夜にとって知っている魔力が解放され、“漆黒の流星群”に見舞われたフェニキアはバランスを崩し墜落する。それと同時に火球が消滅し、桜夜はすぐに魔力の発生源を見た。


「不死身の魔女……!?」


黒いドレスに黒いとんがり帽子、空飛ぶほうきに腰かけた姿は、憎悪に飲み込まれていたかつての姿よりも魔女だった。


「なぜおまえがここにいる」


「別に。アルファ君の頼みで様子を見に来ただけよ。それより……。バインド!」


 漆黒の力がフェニキアを拘束する。


「さっさと殺しなさい。そのための神殺しでしょう」


 魔女への警戒は薄れなかったが、それでも今やるべきことはわかっていた。桜夜は桜吹雪にあふれんばかりの霊力を注ぎ込み、漆黒に染め上げる。そのままフェニキアに突進し、その身体を袈裟懸けに切り捨てた。フェニキアは断末魔の声も上げられないまま魔女により封印され、小さな球体へと姿を変えた。彼女は手の中のそれをぼんやりと眺めると、桜夜に投げ渡した。


「仕事も終わったし、帰るわ」


「待って!」


 桜夜は次元を渡ろうとする魔女を呼び止め、どこかさみし気に尋ねた。


「……娘に会っていかないのか」


「……その資格はないわ」


 魔女が次元の向こうに消えるのを見送った桜夜はやはりさみし気だった。母の愛を知らない彼には、魔女の言い分が正しいのかはわからなかったけれど、母娘が会うのに資格がいるのだろうか、と静かにそう思った。しかし彼はその思いを封じ込め、目覚めつつあるサイカとリオの下に戻るのだった。


to be continued

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