第2話 夏休み1日目
「不潔! 変態! バカ犬!」
朝、サイカの部屋から出て来た桜夜を見つけたあずさはあらん限りの罵りの言葉を放った。桜夜は落ち着けようと、両手を胸の前まで上げて笑顔を浮かべた。
「まあまあ、落ち着いて。せっかく今日から夏休みなんだから」
「夏休み?」
桜夜から出た言葉にあずさは首をかしげる。
「そう、ローマでの功績が認められて、先代から1つ別荘をもらって夏休みを取っていいと言われてね」
「別荘って、あの“別荘”!?」
「そうだよ」
「やったー!!」
さっきの怒りはどこへやら、喜びの声を上げるあずさ。その様子になんだなんだとホムラやリオ、サイカが集まってくる。
「さあ、みんなで夏休みだよ!」
桜夜はそう宣言した。
◆◆◆
それからほどなくして、夏遊びの道具を一杯に詰め込んだ車の運転席に桜夜はいた。助手席にあずさ、後部座席に三姉妹が座っている。楽しそうにするメンバーの中で、リオだけが顔を青くしていた。その原因はすぐにわかった。桜夜の運転が荒かったからだ。どうやら運転は得意ではないらしい。警護のためについている複数台の車も桜夜の下手くそな運転テクニックに合わせるのに悪戦苦闘している。
「うぷ……気持ち悪くなってきた……」
最初に根を上げたのはあずさだった。気持ち悪そうに口を押える。リオが慌ててビニール袋を渡す。
「うーん、普段運転しないから全然わからん」
「なんで運転手つけなかったんだよ!」
ホムラの叫びとサイカの苦笑いが車内に響いた。
◆◆◆
「さあ、遊ぶぞ!」
海パンとアロハシャツ姿に着替えた桜夜がびしっとポーズを決める。しかし誰も反応しない。彼が後ろを振り返ってみると、あずさと三姉妹は床やソファに倒れ、死屍累々の状況だった。
「おい、みんな元気だせよー。あずさにとってはやっと思いっきり遊べるんだぞー」
あずさの身体を揺すってみると、力なくビンタされた。仕方ないと思った彼はロッキングチェアに座り、文庫本を読み始めた。しかしほどなくして、桜夜も眠ってしまうのだった。
◆◆◆
夜、ようやく回復した一同は、庭でバーベキューを楽しんでいた。前回に来たときは体調もあってバーベキューなどできなかったあずさは、魔法で火加減を整えるホムラの姿に目をぱちくりとさせるのだった。その後温泉となったのだが、あずさの猛反対にあい桜夜だけ小浴場(といってもかなり広い)に入るはめになってしまった。そして就寝、桜夜とあずさは想い出のベッドで横になりながら、星空を眺めていた。
「きれいだね」
あずさが声を出す。その声に返事をする桜夜の声は少しだけ震えていた。
「また一緒に見れるとは思わなかったよ」
「まったく、わんこは泣き虫なんだから」
あずさはわずかに身体を起こし、桜夜にキスをする。特に何をするでもなく、唇を重ねるだけの一瞬のキス。それでもあずさは顔を赤らめた。桜夜は苦笑する。
「僕を犯罪者にする気?」
「許嫁だから大丈夫よ。これ以上はしないしね。あんたが変な趣味に目覚めても困るし……ってホムラに手を出している時点で……」
「目覚めてない目覚めてない。彼女は立派なレディだよ」
「あたしと2人の時に他の女を褒めないで」
「はいはい、お姫様」
桜夜はあずさの身体をぎゅっと抱きしめる。子どもの身体ゆえに体温も違うし柔らかさも違う。だけど彼女がかつて自分が愛し、追い求め続けた存在であることを桜夜に伝えて来た。
「仕方ない子ね」
あずさは笑みを浮かべながら桜夜の頭を撫でた。満点の星空の下、2人はいつまでもそうして過ごすのだった。
to be continued
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