第1話 サイカと桜夜の夢

「先生……!」


 飛び起き、手を伸ばした先に明人はおらず、月明かりに照らされた自分の部屋があるばかりだった。さらに隣で眠るあずさには「うるさい……わんこ……」と寝言を言われる始末だった。桜夜はあずさの頭を軽く撫でる。彼女のくすぐったそうな反応に笑みを受かべると、そっと布団から出て、庭に向かうのだった。


◆◆◆


 下駄をひっかけて庭に出た桜夜は、永久の桜のコピーの幹を撫でる。それから永久の桜に背を向け、桜夜は自分の中の桜吹雪を意識する。そしてそれが自分の手の中に出現するように命じる。すると鞘に入った桜吹雪は彼の右手に最初からあったように握られていた。左手で鞘を、右手で柄を持ちゆっくりと引き抜く。そこには美しい薄紅色の刃があった。霊力を込めると、夢で見た通り黒色に染まっていく。


『夢は1つの世界だ』


 明人の言葉を桜夜は思い出した。そして桜吹雪で型稽古を始めた。救世流の型稽古は実に優雅だ。無駄な動きを排し、相手のあらゆる攻撃を想定し、受け流し、回避、防御の業を魅せる。それは1つの剣舞、見る人を引き付ける業だった。一通りの型稽古を終えると桜夜は息を吐いた。すると小さな拍手が夜中の庭に響き渡った。


「さっすが桜夜さん。稽古ですら美しいね」


 サイカがサンダルをひっかけ、タオルをもって桜夜に近づく。そして桜吹雪の存在に気付いた。


「あれ、桜吹雪? どうして?」


 そこでサイカは桜夜を見上げる。桜夜の瞳はどこか悲し気だった。だからサイカは彼を抱きしめた。


「お話、聴かせて。たくさん、たくさん」


◆◆◆


 縁側に座り、桜夜とサイカは、サイカの用意した麦茶を飲んでいた。桜吹雪は桜夜の左隣に置かれ、右隣にはサイカが座っている。サイカは桜夜が話を始めるまで何も聞かなかった。ただ隣に座り、月明かりに照らされる夜桜を見ていた。


「……夢は1つの世界だって言ったら、サイカは信じる?」


「そうだね。桜夜さんがそう言うなら、信じるよ」


「夢でアルファ様と明人先生に会った。そして桜吹雪を直してもらったんだ。でも……」


「でも?」


 サイカは優しく問いかける。


「明人先生に怒られちゃったよ。桜吹雪に執着しすぎだって。それなのに僕は、もっと先生と話したいと思った。執着を捨てよって先生の教えを僕は守れないんだなあって落ち込んだよ」


「桜夜さんは、先生のことが大好きだったんだね」


「うん」


「だったらそれで良いと思う。好きな人とはもっと話したくなる気持ち、わたし、わかるよ」


 サイカは桜夜の右腕に抱き着き、頭を肩に乗せた。桜夜はサイカの頭を撫でる。


「ありがとう。でもそれだけじゃない、僕には夢ができた」


「夢?」


「うん。四方院家(ここ)でやるべきことが終わったら、旅に出ようと思って。アルファ様の世界や先生の世界に行ってみたい。いろんな世界を見てみたい。そう思うようになった。……ついてきてくれるかい?」


「もちろん、あなたとなら、地獄の底までついていくよ。ただ……夢を語るならベッドの中がいいな」


 桜夜はふっと微笑むと桜吹雪を体内に仕舞うと、サイカの肩を抱きながら立ち上がり、彼女の部屋へ向かった。


to be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る