28 治療

 兵士たちはサラの攻撃で何人か負傷したが、編隊へんたいを組んで移動するにはなんら問題はなかった。即座そくざに準備を整え移動を再開する。赤髪の兵士は彼らの様子を観察し、納得してから馬車に乗り込んだ。


 ソフィアは始終しじゅう青い顔をして状況を見守ることしかできなかった。


 馬車が走り去る前、タナハは気力をしぼって赤髪の兵士をにらみつけた。道師が兵士の真似事まねごと、いや、兵士として活動しているとは想定していなかった。自分の見落としがにくかったがそれ以上に、道師としての技量が憎らしい。


 赤髪の兵士はタナハの視線に何も返さなかった。つまらなさそうに一瞥いちべつしただけだった。


「サラ……ごめん、油断した……」


 タナハが自身の傷口を魔術でふさいだ頃には日がかたむき始めていた。立ち上がろうとしたが、めまいがひどくて体を真っ直ぐにできない。うようにしてサラの側に移動する。


 サラは道の脇、雑草がしげる場所に放置されていた。タナハが魔術で自分の傷口を治す間、彼女はピクリとも動かなかった。もしかしたら死んでいるのではないか、と恐怖で胸がめ付けられる。


 雑草をかき分けサラの隣にいく。サラは、気を失っている。目を固く閉じ、虫の息だ。体を縦に半分に切るようにして深い傷があり、右脇腹を深々と刺されている。首を攻撃されたのか、大きなかすり傷があった。右手には折れた剣をしっかりとにぎりしめている。


「サラ、死ぬなよ……!」


 必死に魔術を展開する。間に合え、間に合え、間に合え。祈るように手をかざす。


 赤髪の兵士。あれは道師であり、彼が兵士全体をまとめ上げていた。もしかしたら彼が他の兵士たちをきつけて、このような事態を引き起こしたのかもしれない。


 はらわたが煮えくりかえる。どうして自分はヤツに気づかなかった? ヤツが優秀な道師だったからだ。うまく一般の兵士に偽装ぎそうしていた。でも、警戒して対応すれば見破れたかもしれない。


 ──悔しい、悔しい、悔しい!


 必死な思いで魔術をほどこしているのに、徐々にサラの体温が下がり始めた。呼吸はか細いものになりつつある。血が流れすぎたのだ。タナハはサラの左手を握り、天をあおいだ。


「おい! このままだとサラが死んでしまうっ! それでいいのか?!」


 空はオレンジ色から深い紺色へと変化しつつある。遠くにひときわ強く輝く星があるだけで、月は昇っていない。何も見えない。


「あんたらがチンタラしているから、こんなことになったんだ! わかっているのか?! それとも、サラに期待していなかったとでもいうのか? 違うだろっ!」


 強く、サラの手を握る。


 星読みで見た未来。あれがうそいつわりでないというのなら、彼女はここで死ぬことはない。なのに、現状はどうだ。このままタナハがどんなに必死に治療をほどこしても、サラは回復できない。命を落とす。


 ──死なせたくない。


 久々に、つかえるべき人物に出会えたと感じた。遠い約束を思い出すような清々すがすがしさがあった。それが懐かしかった。多少、粗暴そぼうな部分があってあきれもするが、彼女には何事も前向きに考えて行動できる強さがある。


 彼女こそふさわしい。それがタナハの結論だ。


「もしサラを死なせたら、僕は絶対に許さない! 許さないからな! エレクトゥスをバキバキに折って、折りまくって、海に投げ捨ててやるっ! 大地を火の海に変えて、天を呪う人間を大量に作ってやるっ! それでいいんだな?!」


 叫んだ時だった。天から真っ直ぐ、人差し指で指された感覚が体を支配する。途端、力が降ってきた。


 ──鍵が、外れた!


 急いで全力でサラに回復の魔術を注ぎ込む。天の加護を受けているタナハなら、死の瀬戸際にいようとも回復させることは容易たやすい。


 太陽が消えて月が綺麗に見え始めた頃、サラの治療は無事に終わった。傷は多少残るが、ほぼほぼ元の状態に戻っている。ただ、血液が圧倒的に足りなかった。


「ああ……疲れた……」


 ほっと息を吐き出してタナハは天をあおぎみた。空には星がまたたいている。天はタナハの頑張りに何も言わない。ただ黙って見守るばかりだった。


 不思議と、ソリヴァスの横顔を思い出した。

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