6 国の仕組み

 夜になり月が明るく大地を照らした。街は静まり返り、人の生活する光はどこにも見えない。真夜中である。


 タナハは一人、宿屋の屋根の上で月を眺めつつ鳥を待っている。倉庫の鍵は魔術で解除した。あの程度の鍵でタナハを閉じ込めておくことは不可能なのである。


 だが、タナハは非力である、と周囲に思われていた方が何かと動きやすい。明日になれば鍵を戻し、一晩中閉じ込められていた、と演じるつもりだ。


 外の風は日中の暖かさがなく冷たかった。流れる雲は早く、遠くで輝く星を見えにくくしている。


 鳥を待ちながら、タナハは今この国がどのような危機に陥っているのか状況を整理する。


「アルビ島ではウィルスが国を強引にまとめ上げた。そして次なる敵はソリヴァス帝国と睨んでいるな。まだ外向きに行動するのは早計だと思うが、ウィルスならやりかねない。地続きのエスタード、プーフェン、レプリーナはまだソリヴィア帝国の支配下だが、一部の貴族が反乱活動を開始しているようだ。所詮はごうしゅう、ということかな。トゥルキの方角からは見慣れない一団がこちらを目指しているようだし……ディグスタ国王がいらつのも無理はない、か」


 遠くの空を見ると一羽の鳥がタナハの方へと向かって飛んできている。タナハが左腕を上げると鳥はその腕にそっとまった。白の羽に覆われ、ピンク色のくちばしを持つ大きな鳥──スペスと呼ばれるソリヴァス帝国の国鳥だ。


 タナハはその鳥をじっと見て、それが伝える声なき言葉に耳を澄ませる。それが十分ほど続き、鳥は飛び立った。


「なるほど。どうもありがとう」


 タナハの言葉に鳥は小さく頷き、颯爽と飛んでいく。


「今後に必要な経費を見積もっての行動だろうが……少々焦り過ぎ。なかなか、国を運営するっていうのも大変だなぁ」


 そう呟いてタナハは屋根の上で胡座あぐらをかいた。そしてまるで子守唄を歌うように、国の成り立ちに思いをせる。


「建国してから約三百年。ソリヴァスが基礎を築き作り上げた帝国は今や巨大なものだ。多くの人々をまとめ上げるのにアーレス教を使い、政治判断の一部を貴族にになわせている。おかげで税の徴収は安定はしているが、それでは先々足りない、と」


 国の最終決定権は国王にある。だがまつなことまで国王自身が判断できない。裁く量が多すぎるのだ。そのため国王が選んだ貴族数十人に一部判断を任せている。その貴族たちの少数が、不穏な動きを見せ始めている。


 後継問題だ。ディグスタ国王には二人の息子がいる。長男・ディリウス王子と次男・クロヴィス王子。そのどちらを次の国王にえるのか、デイグスタ国王は決めかねているらしい。


 だから貴族たちは探っているのだ。ディグスタ国王はどちらを選択するのか。それによって今後の身の振り方が変わってくる。もしこのまま曖昧な状況が続けば、貴族たちは自分の思い通りに動いてくれる王子を後継に選択するよう画策するだろう。


 ディリウス王子につくのか、クロヴィス王子につくのか。どちらに肩入れをしたら今後利益があるのか、それぞれが頭を悩ませているのだ。


「貴族は自分達の領地から税を徴収するために兵士を雇っている。領主は不当な税の取り立てに立ち向かうため、そして泥棒や盗賊から身を守るため、騎士を雇っている。領主は農民を抱え込み、彼らを働かせることで農作物を大量に収穫し、農民は領主に雇われることで日銭を稼ぐ。うん、うまくできた仕組みだ」


 その仕組みは今現在、有効に機能している。そこの部分に危ないところはない。


 だがそれもソリヴァス帝国が安泰であるからこその仕組み。他国や他民族に侵略され基盤が脅かされればすべてが崩壊する。


「すべての不安を払拭ふっしょくするために聖剣エレクトゥスを利用するのは、理解できる。あれは先を切り開く聖剣なのだから。けれど、なぁ」


 そこまで口にしてタナハは空を見上げた。満天の星空にうっすらとかかる雲。


 星の位置に意味を見出し、先を読むのは道師の役割。だからタナハは無言のまま星を読んだ。


 ソリヴァス帝国の行方。

 たいして興味もないけれど、どのようなものか確認するくらいはしておいても損はない。そう考えた。


「スペスからの話では……アーレス教のケンス教皇がディグスタ国王にかなりお怒りだそうだ。大司教や司教はケンス教皇の行動を支持している。彼らが見ているのはソリヴァス帝国内のみであり、国外は視界に入っていない。ま、宗教ってのはどうしてもそうなってしまう。それは仕方がない。彼らは内面を見つめることにけているのだから。ただ、やり方が良くないなぁ」


 スペスがタナハに伝えたのはケンス教皇の怒りの様子だった。目的が達成されず逃げられた。急ぎ探せと怒号を飛ばしているらしい。逃した責任として現場にいた兵士の隊長を遠方に左遷させたそうだ。


 タナハは星空を見ていて一つのきらめきに気がついた。しばらくそれをまじまじと見つめ、嬉しそうに微笑む。


「うん。やっぱりそういった星回りか。予想通りだな。だからこそ、ソフィアがこうしてやって来た。すべては天の為せる技。まったく……天は人が大好きだね。ま、僕もそうだけど」


 タナハは立ち上がり、ゆっくりと背伸びをする。すると大きなあくびがひとつ出た。


「……聖剣エレクトゥスは先の光。迷うときは空へと掲げよ。刃を光で照らせ。虹色に輝くは奇跡の証。夢を語るは持ち主の役目。闇を払い、光を受け、我らに輝かなる希望を与えん」


 聖剣を讃えた詩人の歌をタナハは口ずさむ。初めてそれを耳にした時、なかなかうまいことを言うなと思ったものだ。お気に入りで、時々一人でいる時に口ずさんでいる。


「さあ、あとは僕にかけられた鍵をいつ外してもらえるかなんだけど…………うっかり忘れてたりしないよな?」


 タナハが少しだけ眉をひそめて空を見上げた。

 空は何も言わない。ただ、美しい星を見せ続けた。

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