聖剣エレクトゥス物語

天宮さくら

0 ソリヴァス帝国

 大陸の西側にソリヴァス帝国がある。


 建国は古い。大地に国の形はなく、民族同士のつながりだけが存在していた時代。どの民族が覇権を握るのか日夜争い、土地は荒廃していた。その争いの終止符を打ったのが、ソリヴァス帝国の建国者・ソリヴァス・ユニスティである。


 ソリヴァスは海に近い場所で産まれた。父は民族を率いるおさであり、母はそのめかけの一人。生まれながらにして力強く、頑強に育った。背も高く、ただ存在するだけで他の者を圧倒する迫力を兼ね揃えていた。妾の子ではあったが、ソリヴァスのカリスマ性を見抜いた父が彼を一族の長に指名した。


 ソリヴァスは父の期待にこたえた。敵対していた他民族を圧倒し、次々と領土を広げたのだ。その勢いは凄まじく、ソリヴァスの走った後には土煙が立ち昇ると言われたほどだった。


 しかしその快進撃もある程度進んだ先で止まってしまった。

 ソリヴァスは他民族を打ち破った後、自分達の領地に生き残りを招き入れた。そしてそこの生活に馴染むよう要求した。それがうまくいかなかったのだ。


 他民族には彼らなりのしきたりがある。彼らはソリヴァスの領地に移動してもしきたりを捨てず、そのことがいさかいを生んだ。そして領地内で対立が始まってしまった。


 その問題が噴出し始めた頃、ソリヴァスが収めた土地は現在の半分ほど。それでもかなり広大な土地であり、そろそろ名前を持って国を治めるべき段階に差し掛かっていた。そんな中での民族問題である。


 ソリヴァスはどうすれば国という形をたもち、民族間のいさかいをなくし、平和な世の中を実現できるのかを仲間達に相談した。もちろん、その席には他民族の長も同席した。


 皆、自分達の立場を前提に言葉を発した。ある者は寛容が足りぬといい、ある者は強引に従わせるべきだと言った。ある者は排斥せよと言い捨て、ある者は我々は分かり合えぬのだと匙を投げた。


 集まって意見を戦わせてもまとまることはない。ソリヴァスは彼らから有効な意見を聞くことを諦め、天に祈った。

「天よ、我ら人を導き給え」

 その願いに天はこたえた。


 * * *


 ある日の夜だった。月は満月。星はきらびやかにまたたいていた。雲はなく、冷たい風が吹きつけ、ソリヴァスの存在を知らしめる旗が寒風に吹かれ揺れ動いていた。


「ソリヴァスはいるか」


 長いローブを羽織った男がソリヴァスのテント前にやって来た。その男はフードを深く被り、顔を見せようとしない。そして手には一振りの剣を握っていた。その剣の鞘は白色。僅かな月明かりでさえも反射し、光り輝いている。


 男が現れた場所は、陣を組み、他者を寄せ付けない場所だった。そこに忽然と現れたのだ。周囲を見張っていた兵士たちは驚き、恐れた。男の立ち姿だけでも、それがただならぬ人であることがわかったからだ。


 会わせても良いのかどうか、兵士たちは混乱した。周囲の異変を察してソリヴァスはテントから出てきた。


「ソリヴァスは私だ」


 ソリヴァスを守るため、謎の男を中心に兵士たちは周囲を囲った。それぞれ手に武器を持ち、構える。風が一陣吹き抜け、松明がぜた。


 ソリヴァスは目の前にいる謎の男が天からの使いであることを感じ取った。だから兵士たちの警戒をよそに、謎の男の前にひざまずいた。


「何用でしょうか?」


 ソリヴァスの低姿勢に兵士たちがどよめいた。一族を率い、他を寄せ付けない圧倒的強さ。それを持つ人物が突然現れた男にこうべれたのだ。驚かないでいる方が無理だろう。


 謎の男はソリヴァスの行動に一瞬驚いたものの、口元に笑みを見せる。


流石さすがだね。こりゃ、天も味方したくなるさ」


 そう言って手に持っていた剣をソリヴァスに差し出した。剣は松明の光を受けて、鞘が虹色に輝いた。その光を見て兵士たちが感嘆の声を上げる。


 この世にない輝き。それが兵士たちにもわかったのだ。


「これを君に。使い方は道中伝えるよ」

「道中、というと?」


 ソリヴァスは顔をあげる。フードから少しだけ謎の男の瞳が見えた。深い紺色の、思慮深そうであり、また悪戯っ子のような、そんな瞳をしていた。


「旅のお供をするってことだね。僕が来たからにはもう大丈夫。君の願いは成就する」


 ソリヴァスはうやうやしく剣を手にした。見た目に反して軽やかな剣に、ソリヴァスは驚きの声を出す。鞘から剣を抜き、その刀身を見る。天を突くようにして掲げ、月明かりに照らした。


 刀身は、思わずため息がこぼれるほどに美しかった。なめらかな白に、きらめく銀が見え隠れする。そこには人では持ち得ない力を感じた。


「この剣の名前はエレクトゥス。聖剣エレクトゥスだよ。正しい持ち主でなければ扱えない、天からの贈り物。大事に使ってね」


 謎の男はそう言って楽しそうに笑った。


 * * *


 聖剣エレクトゥスを天からいただいてから、ソリヴァスの快進撃は凄まじかった。民族間の紛争は聖剣エレクトゥスの前ではすべて等しく鎮圧させられた。その力強さに悔しさをつのらせる者は多数いたが、その輝きにひれ伏さない者は存在しない。


「ソリヴァスはこの地上に平和をもたらす者である」


 いつしかソリヴァスはそのようにあがめられるようになっていった。その流れを作ったのは謎の男である。男は自分のことを「魔法使い」と呼ぶように要求した。


「僕は君を国の王にする。そのために天から使わされたのだからね」


 その言葉通りに魔法使いはソリヴァスを一国の王とした。国の中身は多くの民族が入り混じる、不安定なもの。そこで魔法使いは一計を案じる。


 宗教である。

 ソリヴァスが平定した土地に住まうさまざまな民族は、どれもとても素朴な宗教を構築していた。魔法使いはその宗教の中から一つ選び、うまいこと利用しようと考えたのだ。


『天に神はひとつ。その神の下に使者がおり、それが人々に良き生き方を説いて歩く。使者は人の姿をしていることもあるし、鳥の姿をしていることもある。時には風と共にやってきて、時には雷となって地上に降りた。人間は使者の言葉を聞くことで、自然の中で生きていく苦悩と喜び、共生する大切さを覚えていった』

 そういった教えを、魔法使いが選んだ宗教は説いていた。


 魔法使いはこの宗教をもとに、新しい宗教物語を作り上げた──ソリヴァスは天からの使者の一人であり、その証拠に聖剣エレクトゥスをいただいた。それを使って民族間同士の争いをすべて終わらせ、世界に平和をもたらせたのだ──と。


 新しい宗教の布教を行うために魔法使いは教会組織を作り上げた。そして新たなる宗教に名前をつけた──アーレス教だ。


 新たなる宗教は初め警戒された。しかしこれは国をまとめ上げるために必要な教義。ソリヴァスは多額の資金を使い教会に布教を進めるよう後押しした。教会はそれに応え、国の中心から徐々に勢力を拡大し、そして国全体に影響力を及ぼすようになっていった。


 * * *


「これで僕の役目はだいたい終わったかな」


 ある日の夜のことだった。その日は魔法使いが初めてソリヴァスの前にやって来た日と同じ、満月だった。雲はうっすらと空に棚引き、星は出会った頃よりも遠くに感じられた。


 ソリヴァスは魔法使いの言葉に驚きはしたものの、引き止めはしなかった。漠然とその時が来たことを察していたのである。


「では、聖剣エレクトゥスをお返ししなくてはなりませんね」


 ソリヴァスはそう言って腰に身につけていた剣を魔法使いに差し出した。聖剣エレクトゥスはいただいた時から変わらず光り輝いている。人を圧倒する格別の光。これがなければソリヴァスは夢半ばで倒れていただろう。


 しかし、魔法使いが去るというのなら、それを手放すことを惜しまない。


 ソリヴァスの行動に魔法使いは不思議そうに首を傾げた。


「いや、これはもう君のものだよ。いや、ソリヴァス帝国のものと言った方が正しいか。だから返さなくてもいい」

「ですが」

「人の血に濡れすぎたからね、エレクトゥスは。天には持って帰れない」


 そう言って魔法使いは空を見上げた。風がふわりと舞い、魔法使いの来ていたローブの裾をひるがえさせる。


 魔法使いにそう言われ、ソリヴァスは少し戸惑った。しばらく手元にある剣を見、首を横に振る。


「いえ。それでもこの剣は建国のための剣。帝国が成った今、これはもう必要ありません」

 そう言ってもう一度、魔法使いに差し出す。


 ソリヴァスの武力による平定、魔法使いの知恵、アーレス教による意識改革。これらが上手く噛み合い、ソリヴァス帝国は建国して五年も経たないというのに既に安定期に突入していた。


 ──これもすべて魔法使いが聖剣エレクトゥスを与えてくれた賜物。


 ソリヴァスはそう考えた。そしてそれと同時にこの剣の強さをうれいてもいた。


 聖剣エレクトゥスは人が扱うには力が強すぎるのだ。その光は人々を平伏させるだけの力を持ち、その切れ味はすべてのものを平気でぎ払う。今は持ち主がソリヴァスだから誰もが安心しているが、代が変わればそれも危うくなるだろう。なら、早々に天に返上した方が良い。


 魔法使いはソリヴァスの不安を見通していた。聖剣エレクトゥスに手を乗せ、そっとソリヴァスに押し返す。


「エレクトゥスには封印がほどこされている。君が死んだらそれが作動するよ。封印は二つあって、ひとつは巫女の許可が必要だ。その巫女は星を読むどうたちが見つけてくれる。巫女からの祝福がない限り、エレクトゥスは本領を発揮できない」


 魔法使いの言葉にソリヴァスは顔を上げた。そしてじっと魔法使いの顔を見る。


 ──この方は明日にでもソリヴァス帝国から出て行かれる。

 そのことに気づいたからだ。


 魔法使いはソリヴァスの気づきに笑みを見せた。


「そしてもうひとつの封印は、正しい持ち手が必要だということ。たとえ巫女がエレクトゥスの封印を解いたとしても、正しい持ち手でなければ剣を振るうことは叶わない。ま、巫女は正しい持ち手に惹かれるものだからね、封印が解かれる時はその側に必ず持ち手がいるよ」

「……その持ち手はどのような者がなるのでしょうか」


 ソリヴァスの問いに魔法使いは悪戯いたずらっぽく笑った。旅を共にしながら何度も見た、人とは少し距離を置いた者が見せる笑みだった。


「それは聖剣エレクトゥスの導きによるものだよ。……忘れないでおくれ。この剣は人を正しく導こうと君が天に願ったから運ばれてきたもの。そしてその正しさは時代によって移り変わっていく。時には君たちの価値観とはまるで合わない人物が選ばれるだろう。けれど、それこそが天の意志、聖剣の導き」


 魔法使いの言葉にソリヴァスは少しだけ悩むように眉を寄せた。しかし、最終的に頷いて自分の胸に剣を抱いた。


 その翌朝、魔法使いはソリヴァス帝国から姿を消した。




 物語の始まりは、ソリヴァス帝国が建国されて三百年経った頃である。

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