第13話 7
街の様子から、墓地もひどいありさまになっているのではないかと、想像していたのですが。
辿り着いてみると、以前と変わらず。
芝生はしっかりと刈り込まれ、墓石も丁寧に磨かれていました。
お花屋さんはすでに無くなっていたので、あきらめるしかありませんでした。
わたしは殿下と一緒に、領主家のお墓が並ぶ方へと向かい――
「……そんな……」
あまりの事に、目の前がまっしろになりました。
歴代のお墓はすべて掘り返されて、墓石は無造作に打ち捨てられていたのです。
足から力が抜けそうになって。
「――セリスっ!」
とっさに殿下が支えてくれて、なんとか倒れるのは踏み止まれました。
「なぜですか? 誰がこんな……
こんな死者を冒涜するようなマネ、サティリア様がお許しになるはずが……」
呼吸がうまくできずに、涙が溢れ出ます。
「――落ち着け!」
殿下がわたしの両肩を掴んで、顔を覗き込みました。
それから。
「よく見ろ。
墓は掘り返されているがどこにも遺体がない」
殿下は周囲を示されて、そう仰いました。
「とにかく誰かに……お、ご老人。
ちょっと聞きたいのだが――」
見ると、墓守小屋から墓守のご老人が顔を覗かせていたのです。
彼はわたしの顔を見て驚いた顔をして。
「――セリスお嬢様!」
慌てて駆け寄ってきます。
「……知り合いか?」
殿下がお尋ねになって。
「この墓地を管理なさってる墓守様です」
彼が残っていてくださったので、墓地は荒れずにいるのでしょう。
……ですが。
「――墓守様、コンノート家のお墓は……」
わたしの言葉に、墓守様は顔を沈痛に歪めて。
「……申し訳ありません、お嬢様。
私では新領主様のお言葉に逆らえず……」
聞けば、新領主――モルテン候はこの地に着任してすぐに、コンノート家の墓を打ち捨てるよう指示を出されたのだそうです。
「……国家反逆罪者を出した家の墓を残していたのでは、王家に申し訳が立たないと仰って……」
「――アホなのか!?
死者を冒涜して、王家が喜ぶかっ!」
殿下は声を荒げます。
髪をかき上げて、座った目をなさるのは、殿下が苛ついている時の仕草です。
「……それで?
遺骸はどこにやった?」
「……お嬢様、こちらのお方は?」
殿下は今日もお忍びの為、姿変えの魔法で顔や髪色を変えられています。
墓守様が気づかないのも仕方ないでしょう。
「……俺は彼女の護衛のオリーだ。
セリス殿は聖女としての功績が認められ、このたび里帰りが許されたのだ」
事実はわたしが殿下の国内視察に押しかけたのですが。
殿下が仰るならば、対外的にはそういう扱いになっているという事なのでしょう。
「……そうなのですか。
――努力なさったのですね……」
墓守様はわたしを見つめて、目を細められました。
恐らく新聞に載っているような、わたしの事情はご存知なのでしょう。
「……当初は新領主様は、ご遺体を野ざらしにするよう申されていたのですが。
――お嬢様、こちらへ」
そうして墓守様はわたし達を先導して歩き始めます。
そこは墓守小屋の裏手の林を分け入った先で。
「……私は大恩ある先代様方をそのまま朽ちるに任せるのが、どうしても忍びなかったのです」
墓守様がお手入れして下さっているのでしょう。
周囲の林が切り開かれて、丁寧に整えられた地面に盛られた土。
その上には一抱えほどある石が乗せられていて。
「新領主様にバレないよう、ここにこうして粗末な墓しか用意できなかった私を許してください」
領民の処罰は領主によって行われます。
ですから、領主の意向に逆らう事は、かなり勇気がいる事だったでしょう。
「――いいえ! いいえ……
本当に、ありがとうございます!」
わたしは思わずその場に跪き、深々と墓守様へと最上の礼を捧げました。
「――お、お嬢様っ!?
お立ちください!
私は墓守として当然の事をしただけで――」
「――いや、その当然の事がどれほど難しい事か。
……墓守殿。しばらくひとりにさせてやろう。
済まないが、俺達は街に着いたばかりでな。
――街の状況を教えて欲しい」
殿下はそう仰って、墓守様を連れて墓守小屋へと去っていきました。
残されたわたしは。
お祖父様達のお墓の前に跪きます。
「……ご無沙汰しております。お祖父様、お祖母様。
わたし、お祖父様達がこのような事になっているなんて知らなくて……」
思わず涙が込み上げてきてしまします。
「不誠実な孫娘で、本当に申し訳ありません」
思えば、わたしがアベルになびかなければ、お祖父様達がこのような目にあわなくても済んだのです。
お祖父様はその商才でもって、コンノート家を伯爵から侯爵まで押し上げられた方です。
大戦期において、物資の手配でホルテッサの輜重を支え続けた功績が認められたのです。
その功績を、お父様とわたしが無に帰してしまいました。
「……本当に――」
わたしは地面に額をつけて、お詫びします。
今は国内のどこかの鉱山で刑に服しているというお父様の分も。
それからわたしは墓石の前にハンカチを敷いて。
ポーチから、お酒の瓶と一枚の櫛を取り出します。
修道院時代から、わたしはわずかながらに頂戴していたお給金を貯めていたのです。
いつかお墓参りを許されたらと、その時に備えて、王都に赴任した初めの休日に、これらを用意しました。
お酒はお祖父様の好みがわからなかったので、酒屋さんの店主さんにお伺いして、お祖父様の年代の方が好まれていたものを選んで頂きました。
櫛は、やはりお祖母様の好みがわからなかったので、幼い頃に屋敷の庭で一緒に見た、睡蓮が彫られたものを選びました。
「お祖父様達には粗末なものに見えるかもしれませんが……これがわたしの用意できる精一杯のものなのです」
わたしを愛してくださっていたお祖父様、お祖母様。
わたしはその溺れるほどの愛に気づかず、それを当然として与えられるままに受け取っていました。
それに気づけたのは、修道院や村のみなさんのおかげです。
――誰かを大切に想う気持ち。
それを受け取って、それ以上に返したいと想う気持ち。
「……わたしは、殿下にもそれを知って頂きたいのです。
ただ受け取り、守られるだけはもう……」
わたしはお祖父様達のお墓を見つめて呟きます。
「お祖父様、お祖母様、至らぬ孫を見守ってください。
わたしは……あの方を深く傷つけてしまったから……
だからこそ、今度こそあの方のお心を守りたいのです……」
――聖女などと持て囃されても。
わたしに死者の声を聞く力はありません。
ですが、それでも良いのでしょう。
お祖父様達のお言葉は、幼き日の思い出の中に確かにあります。
……お祖父様、お祖母様。
どうかわたしに力を。
未だに目尻を濡らす涙を拭って。
わたしは立ち上がります。
この街をこのままにはしておけません。
こうなってしまった原因がわたしにあるからこそ。
わたしは自分でけじめを付けなくてはならないのです。
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