第13話 4

 ステフが床を蹴った瞬間には、俺はヤツがなにをしようとしているのかを察した。


 学生時代に毎日挨拶のように食らってたからな。


 ――だが、ステフよ。


 俺はかつての俺じゃないんだぜ。


 身体を半身にそらし、すぐ目の前を駆け抜けるステフの足首を引っ掴む。


「――お? おおををっ!?」


 宙ぶらりんにされたステフは、そんな声をあげて。


「は、離せよ、オレアちん! そんなにあたしのパンツみたいのか?

 スケベめ! カネ取るぞ!」


 スカートのスソを抑えて暴れるステフ。


 だが、鍛えに鍛えた今の俺は、そんなステフを逃さない!


「ハッハー!

 おまえのようなお子様のパンツなんぞ、一エンの価値もないわ!

 せめて色気のいの字でも身につけてから――ぶぅっ!?」


 油断した瞬間、ステフの自由になっていた方の足が俺の顔面を捉えた。


 さすがにこれには俺もステフの足を離してしまう。


「ハッハー! ざまあみろだぜ――ぃごっ!?」


 頭から床に落ちたステフは、言葉の途中で鈍い音を立て。


「ぐおおぉぉぉぉ……」


 後頭部を打ち付けて、床をのたうち回る。


 俺もまた、顔を抑えてうずくまった。


「――だ、大丈夫ですか!?」


 セリスが慌ててステフに駆け寄って、治癒魔法をかけた。


 ステフが騒ぐから、すっかり注目の的になってしまっている。


「クソ。ちょっと場所を変えるか」


 俺は再び姿変えの魔法をかけて会計を済ませると、ふたりを促して喫茶店を出た。


 そうして俺達は近場にあった食堂へと場所を移し。


「――いやあ、それにしても久しぶりだねぃ。

 オレアちん!」


 図々しくも隣に座ったステフは、バシバシと俺の背中を叩く。


 それから不意に笑顔を真顔に変えて。


「それで?

 なんでキミ、この裏切り女と一緒にいるんだぃ?

 復縁ってワケじゃねーんだろう?」


「なんでって……おまえ、いつの話をしてるんだ?」


 セリスがパルドス戦役で聖女として俺に協力した事で、俺達が和解したというのは庶民の噂になっていたはずだ。


 確か新聞にも載ってたはずだ。


「んん~?」


 首をひねるステフに、俺はひとつ思いつく。


「なあ、ステフ。

 おまえ、学園卒業してからどうしてた?」


 考えてみれば、班員の中でこいつだけ卒業後の連絡先がわからなかったんだよな。


「――教授達に頼まれて、大学に進んだんだけどねぃ。

 連中、学閥だなんだって、研究の園を政治の場と勘違いしててさ。

 面倒くせえから、王都飛び出して国内の遺跡巡りしてたんだぜぃ」


「……だからか……」


「んん~?

 なんだよぅ、説明しろよぉ」


 ため息をつく俺の肩を掴んで、ガクガク揺さぶってくるステフ。


 リリーシャの家庭教師の巨属――ゴルダ先生もそうだったが。


 統合学者というのは、頭がぶっ飛んでないとなれないとか、そういう決まりでもあるのだろうか?


 そう、このステフ――学園時代の俺の班員にして、生徒会では書記を務めていたステファニーもまた、ゴルダ先生と同じ統合学者だ。


 元々は他国から流れてきた親父さんが統合学者だったそうで。


 彼の学識に目をつけた父上が、頼み込んで王立大学に招聘したのだが……


 先程ステフが吐き捨てたように、大学の政争に嫌気がさした親父さんは、さっさと見切りをつけて、田舎に引っ込んでしまったんだよな。


 そんな彼がある日、王城の門を叩いた。


 ステフを学園に通わせたいという彼の言葉に、父上はかつての償いの意味も込めて、ステフの受験を特例で許可。


 結果、彼女は学術試験をトップで通過して、平民にも関わらず王立学園への入学を許されたというわけだ。


 ――これまでの俺とセリスの変遷を説明する。


「なんだよ、世の中ってのは移り変わりが激しくて良くないねぃ。

 じゃあ、セリスちゃんはすっかり反省してるって事かぁ」


「……それを判断するのは、わたしではありませんので……」


 と、頭を下げるセリスに、ステフは苦笑。


「いいや、以前のキミなら、平民のあたしにナニ言われようと気にも留めなかったじゃん?

 そういう言葉が出てくる時点で、あたしはキミが反省してるって受け止めるネ!」


 そうしてステフはテーブルを回り込んで、セリスの隣に腰をおろし。


「良く頑張ったねぃ。

 困った事があったら、おねぃさんに相談しなよぉ?

 なんとかしたげるから」


 と、背の差があるので限界まで手を伸ばして、ステフはセリスの頭を撫でる。

「……ステファニー先輩……」

 感極まったようなセリスの手を握り、ステフはうなずく。

「――ステフと呼びなよ。

 以前のキミには、呼ばせなかったけどねぃ。

 今なら呼ばれても良いと、あたしゃ思うんだよ」


 それからステフは俺とセリスを交互に見て。


「そうそう、例の勇者くんなんだけどさ。

 鉱山脱走しちゃってるよぉ?」


「あ?」


「あたしが学園卒業して数ヶ月の頃だったかなぁ?」


 ステフがふらりと立ち寄った街が、あのサルを押し込んだ刑場のある鉱山だったそうで。


「その鉱山からさ、遺跡が見つかったっていう噂を聞いて立ち寄ったんだよねぃ」


 その遺跡を見つけたのが、あのサルだったそうで。


 ヤツはそこに眠っていた<古代騎>を目覚めさせて、脱走したのだそうだ。


「別のトコで聞いた噂なんだけどねぃ。

 ダストアに流れて、捕まったらしいよぉ?

 多分、次の連合諸国会議に連れてこられるんじゃねーかなぁ?」


 国を跨いで捕まった犯罪者は、そうやってやりとりされるんだ。


 ウチからもラインドルフの野郎を連れて行かなきゃいけない。


 しかし、だ。


 国家反逆罪で捕まったヤツが脱走してんのに、俺のトコに情報が挙がってこないってどういうことだ?


「ん~、噂には聞いてたけど……

 オレアちん、ずいぶんと変わったねぃ?

 以前だったら、こんなの『そうか』で済ませてたじゃん」


「……そうだったか?」


「――ま、いいさ。

 キミのトコまで話が行かなかったのは、きっと官僚か――ひょっとしたらソフィアちゃんの忖度かもね。

 婚約者を奪ったヤツを逃した、なんて話を告げてさ、キミを煩わせたくなかったんだろうねぃ」


 ソフィアと政治や法律関係の話でも、対等に渡り合えるステフが言うのだから、恐らくそうなのだろう。


「――ところで、いまさらなんだけどねぃ。

 キミら、こんなトコでなにしてんだぃ?」


「なにって……国内視察だよ。

 あとついでにザクソンのヤツの結婚式。

 おまえもそうじゃないのか?」


 だが、ステフは。


「え、ナニナニ? アイツ結婚すんのかぃ!?」


 驚いた表情で俺達を見る。


「あたしはさ、星船が王都の上空に浮上してるって聞いてさ。

 大学所属なら見学させてもらえるらしいから、王都に戻ろうとしてたんだよねぃ」


 本当にコイツは……


「――興味のある事しか耳に入らないままか……」


 学生時代もちょくちょくそういうところはあったが、さらにひどくなったように感じる。


 なまじ行動力がある分、タチが悪いんだよなぁ。


「――ともあれ、星船なら視察が終わったらいくらでも見せてやるから、おまえも一緒に来い。

 おまえだって、ザクソンを祝福してやりたいだろう?」


「別にそれほどでもないけどねぃ。

 まあ、星船見せてくれるっていうなら、多少回り道してもいっかネ。

 わかったよ。新郎姿のアイツをからかってやろうじゃないか」


 こうして、俺の旧友――統合学者のステファニーが旅の同行者に加わったのだった。

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