閑話

閑話

『――というわけで先輩方は軽傷を負ったものの、より結束を強められたように感じられます』


 遠視の魔道器の中で、セリス殿が微笑を浮かべながら告げた。


 そんなセリス殿の様子に、いつものように集まった七人の乙女達は、ある者は苦笑し、ある者はがっかりと肩を落とし、またある者はため息をついた。


 そんな乙女達の様子を、我は宙に腰掛けてコーヒーを愉しみながら見下ろしとる。


 こいつら最近、暴走気味だったからの。


 ちょっと助言してやろうと思ったのよ。


「――セリスちゃんさあ、なにしにオレアくんについてったの?」


 そんな乙女達の中で、ユメが頬を膨らませながら、腰に両手を当てて尋ねた。


『なにしに、とは?』


「君はオレアくんと仲良くなる為に、ついてったんじゃないのかいっ!?」


 テーブルを叩きながらユメは怒鳴る。


『そういえばそうでしたね。

 殿下が万が一の時には癒やして差し上げようと思ってたのでした。

 でも、殿下に怪我がないのが一番では?』


 頬に手を当ててセリス殿が応えれば、ユメは肩を落とした。


「……ダメだ。ソフィアちゃん、パス……」


「――ええとね、セリス様。


 セリス様は以前のように、殿下と恋仲になりたいとは思わないの?」


『――そんな恐れ多い!

 今のわたしは、殿下にそっと寄り添えるだけで満足なのですよ……』


 どうにもセリス殿は、殿下をフッた事を負い目に感じておるようだの。


『……それに婚約者であった時も、わたしが殿下の目に留まった事は、そんなに多くありませんし……』


「あー……そうだったわね。

 学園でも色恋より、男友達と騒ぎ回ってたものね……」


 ソフィア殿がため息をつく。


『……あの頃も、わたしはなんとか殿下に気に入られようと、色々と努力していたのですが……さすがに男性の遊びに付き合うことはできなくて……』


 そういう内情を聞かされると、オレア殿をフッた事も一概に彼女だけが悪いとも言えないように思えてくるの。


 さて、そろそろ頃合いかの。


 我は宙に腰掛けたまま、腕組みして足を組む。


「――向こうの状況もわかった事だし、そろそろ反省会を始めようか?」


「――サヨ陛下……」


 我が見下ろすと、乙女達は居住まいを正す。


「まず、全員に言えることだが……そなたら、グイグイ行き過ぎだ」


 まるで驚いたように、全員が我を見上げたよ。


 お、おう。


 ――まさか気づいておらんかったのかっ!?


「それでな、アリーシャ殿。

 そなたのやたらマッサージ勧めるのはなんだ?」


「――お客さんが喜んでくれるので、殿下にもして差し上げようと。

 きっと政務でお疲れでしょう?」


 自信満々に応えるアリーシャに、我は首を振る。


「――女好きならいざしらず、オレア殿のような女を苦手としとる童貞坊やに、それは逆効果だよ……」


 あやつも性欲がないワケではないだろうが……それを女に向けるのを恥じてる感があるからの。


「とりあえず、過度な身体的接触は逆効果と心得よ。

 別の方法を模索するのだな。

 ――次にリリーシャ殿だが……そなたが香やら茶やらを勧めるのも、アリーシャと同じ理由であろう?

 だが、そなたとオレア殿は出会ってまだ間もない。

 ――逆に考えてみよ。

 顔見知り程度の男に、やたら香やら茶を勧められたら?」


「……警戒、いたしますわね」


「そうだろう? 今のオレア殿はそれだ。

 そなたはもう少し、オレア殿と親密になる必要があるのよ」


 ミルドニアの双子の皇女はがっくりと肩を落とす。


 それから我はユリアン殿を見る。


 彼女は本名がジュリアというらしいが、オレア殿と一緒に鍛錬しとるから、我も自然とユリアン殿呼びが馴染んでしまった。


「……ユリアン殿のアレは――なんの目的なんだ?」


 オレア殿の前でシャツの襟を開いてパタパタやるやつ。


 正直、我には理解できなかったのだが。


「え? アリア姉様が手紙で教えてくれたんです。

 年頃の男の子には、女の肌を見せればイチコロだって。

 だからボク、精一杯、肌をさらしてたんですけど……」


 なるほどのう。


 確かに悪くない手ではあるのだろうが……


「そもそもオレア殿は、ユリアン殿を男友達として見ている節がある。

 肌を意識させるならば、まずそなたが女である事を意識させねば意味がないだろうな」


「……あうぅ」


 ユリアン殿も撃沈した。


「……さて、シンシアとエリスよ」


 我はふたりに視線を移して。


「そなたらのやり口は悪くはない。

 確かにデートと意識させずに街歩きするのは、親密度を増せるだろう」


「――ですよね? お姉さまが考えて下さったんですよ!」


 エリスが両拳を握って、誇るように力説する。


「だが、程度というものがあろう?

 オレア殿が心配して、我に相談しに来たぞ。

 毎週のように帰国して街歩きに誘ってくるが、家族との時間をおざなりにしてるんじゃないかとな」


「――あっ!」


 シンシアが口元を抑えて驚きの声をあげる。


「……そうでしたわ。殿下はそういう風に考えられるお方でした……」


 我は苦笑して。


「手は悪くないのだ。頻度を加減する事と……あとは明確な街歩きの目的を提示する事だな。

 ただアテもなく街をブラつくのは、もう少し親密になってからだ」


 結局のところ、こやつらに足りないのは、オレア殿との親密度なのだよなぁ。


 それから我は遠視板の向こうのセリス殿を見る。


「――セリス殿は、もっと自分の存在をアピールする事だ。

 このままでは研修生三人に時間を取られて、そなたはただの同行者扱いになってしまいかねんぞ」


『ア、アピールとは……』


「せっかく一緒に旅しとるんだ。

 なんでも良い、とにかく会話してみることだの。

 元とはいえ、婚約者だったのであろう?

 共通する話題くらい、探せばいくらでも出てくるのではないか?」


 我の言葉に、セリス殿は顎に手を当てて考え込み。


『そう、ですわね。

 せっかくご一緒に旅行させて頂いているのですから、もっと殿下とお話してみます』


 そう告げて、うなずいて見せた。


「次はソフィア殿だが……なんじゃアレ?」


 一番、オレア殿の心に近いところにおりながら、本当にワケがわからん。


「もう一度言うぞ。なんじゃアレ?」


 タイトスカートに胸を強調したシャツ。


 確かに扇情的ではあるのだろうが。


 我がソフィア殿を見ると。


 彼女は顔を真っ赤にしてうつむいたまま。


「……が、学生時代にですね……」


「――うむ」


「殿下がご友人達と仰ってたのですよ。

 ああいう格好をした女性が……その、そそる、のだと」


 我は思わず頭を抱えてしまったよ。


「……そういうのはの。

 妄想の中だから良いのであって、現実に目の前に突きつけられると、ドン引きするものなのだよ……」


「――そんなっ!?

 ……あんなに恥ずかしいのを我慢したのに……」


 こやつ、頭良いのに、色恋が絡むと途端にポンコツになるの。


「そなたはオレア殿に大切に思われておるのは確かなのだ。

 だが、なまじ距離が近すぎる所為で恋愛対象として見られておらん。

 そこをどうにかする手を考えるべきだの」


 我は、がっくりと肩を落とした面々を見回し。


「結局のところ、そなたらの行動に恐怖を覚えて、オレア殿は国内視察にかこつけて、王都から逃亡したわけだ。

 まあ、失敗は経験と捉えて、次に活かす事だの。

 距離を置いてる今こそ、次の一手を考える良い機会となろう」


 我がそう総括すると。


「ねえねえ、サヨちゃん。わたしを忘れてない?」


 ユメが我の脚をつついて、そうのたまりおった。


「あ?」


 我は呆れてユメを見下ろす。


「そなたはそもそも、現実の恋愛とゲームを切り離すところから考えろ。

 なんだ、好感度って?」


「――むうぅぅぅっ!」


 頬を膨らませるユメ。


 よもや本当に現実とゲームを混同してないよな?


 我、ちょっぴり不安なんだけど。


「――良いもん! わたし、次の一手を思いついたから!

 見ててよぉ!」


 そう告げて、ユメは大股で部屋を出ていく。


 やべえ。


 オレア殿……我、余計な事しちゃったかも。


 意気消沈した六人の乙女と、部屋を出ていくユメと。


 この先行きを思うと、我はオレア殿に謝罪への言葉しか思いつかなかった。





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