第12話 5
僕とパーラくんを呼び寄せて、殿下は芝生に座らせると、ご自身も同じように腰を降ろした。
「ぶっ通しで鍛錬しても、身体を壊すだけだぞ。
区切りを作って、適度に休憩をとって、また身体を動かすのを繰り返すんだ。
とりあえず疲れてるだろ?
――俺に気を遣わず、楽にしろ」
言われるが早いか、パーラくんは芝生に仰向けに寝転んだ。
思わず僕は苦笑する。
こういう、なんでもまっすぐに受け止めるところは昔から変わらないなぁ。
そして、そういう態度でも許してくださる殿下は、本当に変わったお方だと思う。
僕はクラス委員をやっていたから、たびたび生徒会に出入りする事があったのだけど。
殿下は学園在学中、生徒会の会長をなさっていた。
……なさっていたはずなのに。
ある日は、手ずから生徒会員全員のお茶を淹れていたり。
またある日は、茶菓子が切れてると書記の方に言われて、自ら購買に走っていた。
……アレ、完全にパシらされてたよね?
それでも殿下は嫌な顔はせずに、いつもニコニコなさってたから。
婚約破棄された事件から続く、殿下の様々なお噂には驚かされていたんだ。
お優しい殿下でもキレる事があるんだってさ。
少しして、メノアくんが大振りな水差しと木製のカップをトレイに載せて戻ってきた。
「よし、君らはコレを飲め」
殿下自らカップに注ぎ、僕とパーラくんに手渡してくれる。
走り続けて喉が乾いていた僕達は、喉を鳴らしてそれを飲み干したのだけど。
「――うっわ、なにコレ!? まっずっ」
歯に衣着せずにパーラくんが率直な意見を口にする。
「――はっはっは。そうだろうそうだろう。
一見柑橘の爽やかな香りなのに、甘じょっぱい。
俺もクソマズいと思う」
そんなパーラくんの言葉に気分を害した様子もなく、殿下は笑って同意を示された。
「だが、それには――」
「――身体を動かすのに必要な要素が詰まってるんですよね~」
メノアくんが両拳を胸の前で握りしめて、興奮したように告げる。
「……フランに聞いたのか?」
「はい! 殿下、私、衛生兵を目指す事に決めました~!」
――衛生兵?
殿下はその言葉に驚いたような表情を見せられたけれど、すぐに微笑まれて。
「そうか。じゃあ、フランとセリスに――」
「おふたりにご教授頂けるお約束になってます~。
私、頑張りますよ~!」
「――お、おう」
珍しく興奮しているメノアくんに、殿下が気圧されている。
よくわからないけれど、メノアくんはこの短い間に目標を見つけたようだった。
「うぅー、マズいけど、喉乾いてるからおかわりちょうだい!」
パーラくんが空になったカップを差し出し。
「はいは~い」
殿下から水差しを受け取っていたメノアくんが、おかわりを注ぐ。
僕ももう一杯おかわりをもらって。
「……ライル、おまえは走り続けてた割に、まだ余裕がありそうだな?」
「――あ、あたしだってまだまだ余裕ですけど!」
殿下の言葉に、パーラくんが反論するけど、殿下は手を振って僕を見る。
「――ホントですからねっ!」
なおも食い下がるパーラくん。
「……僕も昔は騎士を目指してましたから」
「――っ!」
パーラくんが息を呑んで黙った。
きっと僕が覚えているとは思ってなかったんだろうね。
「……今は違うのか?」
殿下が不思議そうに首を傾げた。
「<騎兵騎>騎士になりたかったんですよ。
でも、僕は次男で<爵騎>の主にはなれませんので……
――剣でも兄さんに敵いませんし、僕、少しトロいので。
幸いな事に魔道の才能があったようで、リステロ師匠に見出してもらって、今に至ります」
「それでも鍛錬は続けてるんだろう?
ロイドから聞いたぞ?
今日の鍛錬を言い出したのはおまえだって」
「もう習慣みたいなものなんですよね。
やらないと落ち着かないというか……」
いつもならへとへとになるまで走って、それから素振りだ。
「魔道の方はどうなんだ?
リステロ魔道士長の直弟子なら、かなりできるんだろう?」
殿下に問われて、僕は答えに詰まる。
「――その……中級攻性魔法と肉体操作系を少々……」
師匠の弟子の中では、僕は底辺だ。
いつも先輩達にバカにされている。
「――なによ、全部中途半端じゃない」
パーラくんが鼻を鳴らして、不機嫌そうにそう告げる。
「……はは。そうだね。僕はなにをやってもダメなんだ」
僕は笑いながら頭を掻くと、なぜかパーラくんに頭をはたかれた。
一方、殿下は。
「いや、おまえの歳で中級使えるってすごくね?
俺、最近ようやく初級の複合が使えるようになったトコだぞ?」
「――へ? でも、先輩達は宮廷魔道士になった時には上級が使えたって……」
「んなもん、後輩相手にデカく見せようと、話盛ってるに決まってるだろ。
おまえの周りで中級使える奴がどれほどいる?」
言われてみれば。
まったく居ないわけでもないけど……あれ?
「……少ない?」
「だろ? そもそも学生で上級なんて使えるなら、貴族に早々に囲い込まれるに決まってるだろ。
おまえはなまじ早い内から、リステロ魔道士長に弟子入りしちまって、評価のハードルが上がっちまってるんだよ」
殿下が仰るには。
普通の学生で卒業までに汎用魔法が使えるようになるのが普通で。
魔道の道で食っていこうとする学生でも、攻性魔法は初級辺りで卒業を迎えるのだという。
「そもそも宮廷魔道士試験は、攻性部門は初級複合習得者から資格を与えられるって、リステロ魔道士長が言ってたぞ?
俺、今、あの人から魔法教わってるからな。
あの人が魔道に関して、ウソつかないのは、弟子のおまえも良くわかってるだろ?」
そう告げてニヤリと笑い、殿下は。
「――けど、いいね。
おまえのような奴を探してたんだ」
僕の肩に両手を置く。
「――おまえは中途半端なんかじゃない。
剣と魔法、両方が使える
殿下の言葉が、まるで電流のように僕に響く。
こんな風に僕を肯定してくれた人なんか、これまで居なかった。
僕自身でさえ、僕はなにをやらせても中途半端なダメな奴だって思ってたんだから。
「僕が……僕なんかが?」
「おう。その証拠を見せてやる」
そう告げて、殿下は立ち上がって、腰から剣を抜いた。
夕焼けの空の下。
その姿はひどく絵になって見えて。
ああ、きっと僕はこの日を一生忘れないだろう。
殿下が……僕なんかに道を示して下さった日となったのだから。
殿下の肩の上に火球がふたつ現れて、中段に構える殿下の周囲を旋回する。
「……ライル、わかるか?」
僕はうなずく。
「はい! 攻撃の起点が三つあって――」
「そうだ。それだけで相手は戸惑う。
人相手だろうが、魔獣や魔物相手だろうが、手数は絶対的に有効な手段なんだ」
ホルテッサでの主流剣術である、アールベイン流の型をなぞって剣を振るわれた殿下は、その剣に合わせるように、火球を飛ばす。
「――俺はふたつが限界だけどな。
中級使えるおまえなら、もっといけるだろう?」
どうだろうか?
できるだろうか?
いや、できるようになりたい!
「なあ、ライル。
なってみないか? 魔法剣士」
――魔法剣士というのか。
「……なれるでしょうか?」
「剣なら旅の間、俺が教えてやろう。
あとはおまえの努力次第だ。
その代わり……」
殿下の言葉を待って、僕は息を呑む。
「俺に中級魔法教えてくれよ。
家庭教師の選別がまだでさ。
……おまえなら頼めそうだ」
照れくさそうに頭を掻きながら告げられる殿下に、僕は思わず苦笑してしまう。
殿下は本当に変わったお方だ。
やれと命令すれば良いのに。
あくまで僕の意思を尊重してくださる。
差し出された殿下の手を取って、僕は大きくうなずいた。
「――よろこんで!」
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