第11話 9

「――サラ様、どちらですかーっ!?」


 というメイドさんの声で、サラは柱の陰に隠れたよ。


 なんかね、お城が攻撃されるかもで危ないんだって。


 オレアお兄様が悪いヤツを退治する為に頑張ってるんだって聞いたんだ。


 そんな時にね、サラだけ隠れてるのって違うとサラは思うんだ。


 しゃがみながら見上げた窓の向こう。


 雲ひとつない青いお空で、白い羽をもったヤツと紅いおーきが戦ってる。


 おーきはコラおばあちゃんのお家で見せてもらったから、サラ知ってるよ。


 あの時はあんな黒くて虹色に光る羽根はなかったけど、前より格好良くなってる。


 ――オレアお兄様、待っててね。


 サラが近くで応援したら、きっとお兄様はもっと頑張れると思うんだ。


 目指すのはお城の一番高い塔。


 いつもこっそり探検してたからね。


 サラ、行き方は覚えてるよ。


 訓練用の木剣も持ってきたから、危ないことなんて無いよ。


 メイドさんの声が遠ざかったから、サラはまた廊下を走り始めたんだ。


 スカートで走っちゃダメって、先生達は言ってたけど、今はひじょーじたいだから良いよね?


 塔を目指して走っていたら。


「――どうなさるのですか!?

 このままではせっかくログナーの席が空いても……」


「なんとかラインドルフが逆転できれば……

 ――む、そこを行くのは、ガル公爵の……」


 って、廊下で窓からお兄様達の戦いを見上げていたおじさん二人が、サラに声をかけて、前を塞いで来たんだ。


 もう! サラ急いでるのにっ!


「……そうか! 殿下はこの娘をたいそう可愛がっていた!」


「――この娘を捕らえておけば……」


 あ、サラ、この目知ってる。


 サラをどれーにしようとしてた人達と同じ目。


「娘、私達と一緒にちょっとお話しようか?」


「そうそう。お菓子も用意してあるぞ?」


「……子供をお菓子でつろーとするヤツは悪いやつなんだよ?」


 サラがにっこりそう言うと、おじさん達は不思議そうに首を傾げる。


 ……そういう人達はぶっ飛ばして良いって、オレアお兄様は言ってた。


 腰の後ろのリボンにさした木剣を抜いて、サラは右のおじさんの足に打ち付けたよ!


 ここを打つと、すごく痛いんだよね。


「――ガァッ!?」


 打たれたおじさんが跳び上がって、サラはもうひとりのおじさんの股の間目がけて、木剣を振り上げた。


「グプゥッ!?」


 この攻撃が強いのは、じごくのばんけんのみんなや、あの金髪お兄さんでじっしょー済み!


 股を打たれたおじさんは顔を真っ青にして、床に倒れちゃった。


「――こ、このっ!」


 足を打ったおじさんが、サラを捕まえようと手を伸ばしてきたけど、サラはジュリアお姉様に教わった通りにっ!


 相手の勢いに逆らわず、身体を回しながら――その腕を打ち付けるっ!


「あだっ!」


 そしてできた隙を逃さず、股を目がけて――


「――えいっ!」


「――プアッ!?」


 もうひとりのおじさんも、げきたいかんりょー!


 肩から下げたポーチからメモを取り出してっと。


 机がないから、お行儀悪いけど、床でいっか。


「……こ、の、ひ、と、たちは~、わ、る、いやつですっと」


 かてーきょーしの先生達に教わったからね。


 サラ、もう文字も書けるんだよ。


 メモを破いて、床でビクビク気持ち悪い動きをしてるおじさん達の上に置いて。


 それからサラは、オレアお兄様からもらった、『ぼうはんブザー』って魔道器の紐を引っ張ったんだ。


 これ、すごくうるさい音がするんだよね。


 これ置いておけば、誰かが駆けつけてくるはず。


 メモがあるから、捕まえてくれるよね。


 サラは塔に行かなくちゃ。


 窓の向こうで戦ってるおーきを見上げる。


「――オレアお兄様、待っててね!」


 今、サラが応援しに行くからね!





 王城の中央にある塔の屋上で。


 わたしとソフィアお嬢様は空を見上げていた。


「……まさか放置してた組織が、あそこまでのモノを生み出すようになっているなんてね」


 悔やむようなソフィアお嬢様の声に、わたしは苦笑してしまう。


「だからわたしはあの時言ったじゃないですか。

 作ったなら、最後まで面倒を見るべきだって……」


「だって、わたしあの時七つよ?

 あそこまで大きくなるなんて想像してなかったし、大人達がわたしを崇めてきて、怖くなったのよ!

 ……しかも肝心の情報は手に入らなかったし……」


 拗ねたように唇を突き出すお嬢様。


「まあ、それは良いでしょう?

 今はもうわたしとは関係のないモノになっちゃってるわけだし。

 ――それよりみんなは?」


 お嬢様に問われて、わたしはうなずく。


「先程連絡がありました。

 王立大劇場でシンシア様、エリス様が避難民達への演説を終え、大闘技場への避難民にはジュリア様が説得に当たったそうです」


「……相変わらず、あの三人の庶民人気はすごいわね」


 ソフィアお嬢様はそう言うけど。


 パルドス戦役の時、民はお嬢様を取り返す為に、声をあげ、立ち上がってくれたのですよ。


 あの時の光景を見せてさしあげられないのが、すごく悔しい。


「あとは大聖堂でセリス様が民達を煽ったようですね……」


「――セリス様が!?」


 お嬢様が驚きの声をあげる。


「フラン。あなたが伝えたの?」


「いいえ。あの方ご自身の意思でしょう」


 なにも知らされていないというのに……あの方はお嬢様達と志を共になさっている。


 それがなぜか、ひどく嬉しい。


 お嬢様と同じく、幼い頃から見てきたからだろうか。


 一度は見限り、そして見直し――今、わたしは確かにあの方を尊敬に値する乙女だと思うようになっている。


 それだけの事をあの方は示して見せた。


「……それならなおの事――勝つわね」


 お嬢様が笑みを濃くなさった。


 すべては想定外が起こった場合に備えての、ユメさんの計画。


 王都北端の王城を頂点に、東端の大闘技場、西端の大劇場を結ぶ三角形を用いて、大魔道儀式を成そうというのだ。


「……王城の民の説得をアリーシャ様がなさったのは意外だったわ」


「本当はお嬢様の役目でしたものね。

 ……悔しいですか?」


 からかうようにわたしが尋ねると。


「いいえ。お陰でこうして特等席で観覧できるもの」


 黒羽根の扇で口元を隠して、ソフィアお嬢様は顔を背けた。


 変わらないですねぇ。


 それってお嬢様、悔しがってる時の仕草ですからね。


 それからわたし達は黙って。


 空を駆け巡る紅と白の軌跡を見上げる。


 ……カイくん。


 みんながアンタを応援してるよ。


 あんなワケのわからない押し付けの愛をうそぶく野郎なんかじゃなく。


 ただただ民の為にって頑張ってきたアンタをね。


 アンタはそろそろ気づくべきなんだ。


 ――『へたれ殿下』、なんてふざけたあだ名に込められた、民達の親愛に。


 みんな、アンタを身近に感じているからこそ、そんな風に呼ぶんだよ?


 アンタはそれこそを誇るべきなんだよ。


「――あー! お姉様達っ!」


 下への階段へと続く扉が開いて。


 サラ様が飛び出してくる。


「――サラ様!? どうして……」


 駆け寄ってくる彼女を抱き止めると。


「サラね、オレアお兄様を応援したくて!

 んふふ。ここなら近くで見えるでしょ? ソフィアお姉様達もそう思ったの?」


 きっと、お付きのメイドの目を掻い潜って、抜け出してきたのだろう。


 最近のサラ様のお気に入りの遊びは、お城探検だ。


 小さな頃のカイくんみたい。


 ソフィアお嬢様も同じ事を思ったのか、苦笑を浮かべて。


「ふふ。それなら仕方ないわね。サラ、いらっしゃい」


 わたしはサラ様を抱き上げて、お嬢様と並ぶ。


「サラ。あれが見えるかしら?」


 お嬢様は扇子で城下を指し示す。


「――うわぁ。きれー」


 王都のあちこちから、色とりどりの精霊光が舞い上がっていく。


 その時。


『――うん、準備は整ったみたいだね』


 遠視の魔道器のような映像板が開いて。


 ユメさんの顔が映し出された。


『それじゃ、始めようか。

 ――わたし達の魔法だ!』


 わたしは空を駆け続けている真紅を祈るように見つめる。


 ――カイくん。頑張れ!


 アンタには王都十六万の民がついてるんだ。

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