王太子、独裁者を否定する

第11話 1

「――フラン君は本当に手際が良いねえ」


 迎賓室に花を飾っていたわたしに、コリオット大使が満面の笑みで声をかけてくる。


 やや小太りな体格に人の良さそうな顔つき。


 頭部がやや寂しいのが悩みだという彼は、駐ホルテッサ大使館のミルドニア大使だ。


「臨時といわず、このままずっと勤めてくれると助かるんだけどねぇ」


 彼の柔らかな物腰と表情に騙される人は多いだろう。


 こんな様子でも、経済大国ミルドニアの大使だ。


 笑顔で握手を交わしながら、背後でナイフを準備するような外交の世界で、人が良いだけの人物が大使にまで登り詰められるものではない。


 今も細められた目の奥で、わたしの素性を割り出そうと必死に思考を巡らせているに違いない。


 幸いなのは、彼がリリーシャ皇女の派閥に属していて、今回の件でも協力的であるという事か。


「お言葉は嬉しいのですが、わたしはクレストス家の侍女ですので」


「そうかい。それは本当に残念だよ……」


 わたしが笑顔でそう返すと、本当に残念そうに肩を落とすコリオット大使。


 そう。わたしは今、駐ホルテッサ・ミルドニア大使館に臨時侍女として派遣されてきている。


 表向きは第一皇子の来訪に際して、手が足りないという理由。


 そして実際の理由としては、ラインドルフ皇子の目的や計画を調べる為だ。


 コリオット大使はリリーシャ皇女を介しての協力者とはいえ、わたしが暗部だという事は伏せてある。


 あくまで大使館にホルテッサの連絡員を置いておきたいという体だ。


 とはいえ、コリオット大使もなにか察しているものがあるのか、わたしの行動を咎める事もなく、むしろ後押ししてくれている節さえある。


 彼としては今回の件でリリーシャ皇女が立太子されるところまでいかないまでも、政敵であるラインドルフ皇子の失脚は大歓迎といったところなのだろう。


 仕事を覚える為に三日ほど前から大使館に来ているが、少なくともこの大使が裏切る可能性は低いようだ。


 その裏取りもまた、わたしが与えられた任務のひとつだった。


 そういった諸々の下準備を終えて。


 今日、ついにラインドルフ皇子は大使館にやってきた。


 職員全員が玄関ホールに集められ、ラインドルフ殿下を出迎える。


 母親の血が濃いのか、父親のミルドニア皇王の青髪とは異なって、彼は肩まで伸ばした金髪をうなじの辺りで組紐で束ねていた。


 リリーシャ様の腹違いの兄だけあって、流石に容姿は整っている。


 目つきの悪いどこかのへたれとは違って、さぞかしモテる事だろう。


 いや、アレはアレで学生時代は、それなりに女子生徒に持て囃されてはいたのだったか。


 セリス様とソフィア様がいつもそばに居たから、直接行動に移す者がいなかっただけで。


 わたしは大使館の侍女達に混じって、コリオット大使に迎えられるラインドルフ皇子を観察する。


 調べられる限り調べたところ、彼はすでに二人の側妃を娶っているそうなのだが、彼のそばには四人の女性が侍っている。


 ドレス姿だから侍女ではない。


 左右で腕を組んでいるのが側妃なのだろうか?


 そうすると残る二人は妾?


 それともまだ決まっていないという正妃候補?


 わたしも一夫一妻が基本のホルテッサ人だからか、ああいうのを見るとどうしても不愉快に感じてしまう。


 ウチのへたれみたいに、女の好意に気づかず、自分から距離を置こうとしているのを見るのもイライラするのだけれど、少なくとも今、目の前にいるヤツのような不快感はない。


「――殿下、そちらのお嬢様方は?」


 ――ッ!?


 コリオット大使が知らないって事は、全員が妾って事!?


「ああ、私を慕う華達だよ。

 優れた男には自然に可憐な華が寄ってくるものだろう?」


 ラインドルフ殿下のその言葉に、四人の令嬢だけではなく、侍女達までもがうっとりと甘い吐息を漏らす。


 わたしには理解できないわぁ……


 男はもっとがっしりした――ロイド様のような方でないと。


 いや、ラインドルフ殿下も決してナヨいわけではない。


 それなりに鍛えられているのは、服の上からでもわかる。


 でも、あれなら鍛錬バカのウチのへたれのが締まってると思う。


 そんな事を考えている間にも、ラインドルフ殿下は大使に案内されて、四人の令嬢や側近を連れて応接室へと移動を始めた。


 わたしは人相隠しの為にかけていた眼鏡を持ち上げ、小さく鼻を鳴らす。


 ラインドルフ殿下が女を侍らせるのが好きという話は調べがついていたから。


 わたしは大使館では学生時代の格好で通していた。


 いわゆる『図書館の主』姿だ。


 ラインドルフ殿下が去った事で、侍女達も散り散りに仕事に戻っていく。


 わたしはコリオット大使に迎賓室での歓待を仰せつかっているので、厨房に向かい、お茶の用意を始めた。


 大使館の迎賓室には、王城のお嬢様やへたれの執務室のように、水場が用意されてないので、いちいち厨房から運ばなければならないのだ。


 カートを押して迎賓室を訪れると、大使とラインドルフ殿下が側近を交えて談笑していた。


 わたしはごく自然を装ってお茶を用意し、テーブルに並べていく。


「――それでリリーシャの様子はどうだ?」


「はい、楽しみながらも勉学に励んでいらっしゃるようです。

 ご友人もできたそうで」


 コリオット大使の当たり障りのない返答に、ラインドルフ殿下はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「まったく。国を放り出して良い気なものだな。

 私は政務で忙しい思いをしていたというのに……」


 彼がそう呟くと、側近達が同意するように苦笑する。


「――だが、アレの気まぐれのお陰で我が国に益がもたらされるのだから、今回は褒めてやるべきなのか?」


「国益とは……殿下、いったいなにを?」


 戸惑ったように尋ねるコリオット大使に対して、ラインドルフ殿下は胸を反らして見下すように腕組みする。


「おまえはそんな事もわからないから、ホルテッサのような田舎に赴任させられるのだ。

 ――いいか? リリーシャが掘り出した星船。アレを手に入れる」


「――殿下! アレの所有権はホルテッサにあります!」


「だから私が来たのだろう?

 聞けばアレは魔境さえ吹き飛ばす能力を持つというではないか。

 ただでさえ昨今、台頭してきているホルテッサにそんな危険なモノを持たせていたら、大戦の再来になるぞ」


 まるで自分こそが正義とでも言いたげな口ぶり。


 わたしは嫌悪感が表情に出ないよう、眼鏡を直す。


「幸いな事に、ミルドニアの血でアレが起動できるというではないか。

 ならばそこを軸に所有権を主張する事は不可能ではない」


「――殿下、どこでそれを!?」


「ゴルダ師がご丁寧にミルドニア大学にレポートを提出してくれていたよ。

 近似の遺物で再調査ができないかと、教授達が私に相談に来た」


 わたしは思わず舌打ちしそうになって、唇を噛み締める。


 あの巨属の先生め。


 確かに賢いのでしょうが、政治や人の欲というものにはとことん疎いようだ。


「――殿下。

 陛下はこの件をご存じなのですか?」


「私の一存に決まっているだろう?

 でなければ、私の功績にならない。

 なあに、国益となれば陛下とて文句は仰らないさ」


 ラインドルフ殿下はお茶を飲んで一息。


「さあ、まずは一手と行こうか。

 ――コリオット大使。

 王城に連絡を入れてくれ。

 ……王太子殿下に面会したい、とな」


 その言葉に、コリオット大使がチラリとわたしを見る。


「わかりました。手紙をしたためますので、少々お時間をください」


 わたしは無言のままカートを押して退室した。


 大使が手紙の用意をするまでの間に、王城へ報せなくてはならない。


「……さすがお嬢様だわ。ここまで予想通りなんてね」


 呟きながら、わたしは手近な空き部屋に身を滑り込ませ、イヤーカフに手を当てる。


「――ロイド様。聞こえますか?」

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