第7話 6

 俺はその場にいたメイドに、ソフィアとフランを呼びに行かせ、叔父上をソファに座らせる。


 サラは大人の話と察したのか、メイドに誘われて大人しく朝食だ。


 どうしたのか叔父上に聞きたい気持ちが逸るけれど、二度手間にならないようソフィアとフランを待つ。


 内容が暗部が必要というなら、俺が聞くより、あの二人が聞いた方が良いだろう。


 待っている間、叔父上は落ち着かなさげに膝を揺すり、窓の外を何度も見つめる。


 大至急と言伝しただけあって、二人は間もなくやってきた。


 ソフィアが俺の隣に腰を降ろし、フランが俺達の後ろに立つ。


「それで、急に暗部とはなにがあったのです?」


「――クリスが拐かされたらしい」


 叔父上が言うには。


 昨晩、宴を終えた叔父上は、城の馬車留まで彼女を送り、家人の馬車に乗せて見送ったのだという。


 だが、今朝になってルブラン家から、クリスティア嬢の行方を問い合わせる報せが届いたそうで、門の衛兵が叔父上に問い合わせたのだという。


「……犯人と目的に心当たりは?」


「正直なところ、心当たりはありすぎて困ってるんだ」


 それはそうだろう。出奔前に叔父上に潰された悪党は数しれず。


 だからこそ王都のギルドで勇者認定なんて話が持ち上がったのだ。


「だが、直近で考えると、昨日のアイツらだろうな……」


 その言葉に、ソフィアがうなずく。


「現状で、叔父様の帰還を知っているのは、昨日の式典や宴に参加していた貴族くらいです。

 そしてクリスティア様を拉致するメリットがあるのも、あの二人のどちらか……いいえ、両方が結託している可能性も……」


 そうしてソフィアはフランを仰ぎ見る。


「――フラン」


「すでに動かしております。一刻――いえ、半刻もあれば第一報が届くでしょう」


 一時間か……短いようで長いな……


 俺はメイドに王都の衛士詰め所に捜索指令を出すよう指示書を持たせて走らせる。


 これで表と裏、両面からクリスティア嬢の行方を捜索する体制が整った。


 焦燥感が募る時間が続き、俺達は苛立ちを募らせる。


 と、フランの予告通り、一時間を過ぎようという頃、やってきたメイドがフランに耳打ちして去っていく。


「――昨晩、ルブラン家の馬車をゴロツキが襲撃して、王都郊外に運び去るのを付近の住民が目撃していました」


 そう言ってフランは資料棚から王都地図を持って来て、テーブルに広げる。


「目撃情報を繋ぎ合わせた結果、連れ去られた場所はこの辺り……」


 彼女が指差したのは、王都西部のリュクス大河に面した港湾倉庫地区。


 ソフィアはそれを見下ろして。


「――オースティン家の倉庫もこの辺りにあるわね」


 それを聞いた叔父上が立ち上がる。


「そこまで分かれば十分だ。

 ――俺の女に手を出した事を後悔させてやる」


 そう告げて、叔父上は部屋を出ていこうとする。


「叔父上、俺も同行します。

 ソフィア! 衛士に連絡を!」


「わかったわ。気をつけて」


 俺自ら動く必要はないのかもしれないし、褒められた事ではないのだろう。


 けれど、事態は急を要する。


 衛士の到着を待ってはいられない。


 俺と叔父上は王城の廊下を駆け抜けて、紋章を潰したお忍び用の馬車に乗り込むと、港湾倉庫地区を目指した。


 オースティン家の倉庫の前までやって来た俺達は、馬車を飛び降りる。


 叔父上が左右開きの鉄扉を開こうとしたが、施錠されているのか、扉は開きそうになかった。


「――クソがっ!」


 呟いた叔父上は、一歩下がって身を回す。


 放たれた上段回し蹴りは、大気と地面を震わせて、鉄扉を直撃した。


 直後、倉庫の壁が音を立てて吹き飛ぶ。


 わずかに遅れて、残された鉄扉が重力に引かれて内側に倒れ込んだ。


 武を極限まで昇華させた<スキル>から繰り出された技の前には、レンガ積みの壁など、なんの障害にもならないらしい。


「――な、なんだ!?」


 倉庫の奥に敷かれたマットレスの上で、半裸のオースティンが上擦った声をあげる。


 その傍らには、両手を縛られてドレスを剥かれ、ボロボロの下着姿となったクリスティア嬢の姿があって。


 俺の視界が真っ赤に染まる。


 なんでこの手の連中は、こんな風に女を扱えるんだ!?


 俺でもこの怒りなんだ。叔父上はそれ以上だろう。


「ええい、なにをしている! お前達、さっさとあいつらを片付けろ!」


 やっぱりおまえも居たか。アドミシア。


 ヤツの言葉に応じて、ゴロツキ共が積み重ねられた貨物の後から姿を現す。


 さらにパルドス型の<兵騎>までもが、四騎ほど立ち上がった。


 あんなもん、どっから入手した。


 これはどうも、二人に詳しく聞かなければならなくなったようだ。


「――叔父上。俺が連中の相手をします。

 叔父上はクリスティア嬢を」


 すると俺の前に立つカリスト叔父上は、後ろ手に俺を制止する。


「いいや。

 いいやだ。オレア。

 好いた女ひとり助けられずに、なにが漢だ。

 ――おまえはそこで見ていろ」


 告げて、叔父上は無造作に踏み出す。


 剣やナイフを掲げたゴロツキ達が向かってくるが、叔父上はそれを巧みにかわし、すれ違いざまに拳や蹴りを叩き込んで昏倒させていく。


 すべて一撃だ。


「――あいつらの捩じ曲がった根性……俺が叩き直してやる!」


 叔父上の周囲に無数の火球が現れ、ゴロツキ共が炎上する。


 パルドス<兵騎>の一騎が大斧を振り下ろしたが、叔父上はそれを拳を打ち付けて反らした。


 ――すげえ。


 叔父上、マジすげえ!


 蹴りを叩き込まれた<兵騎>が吹き飛んで壁に叩きつけられて大穴を空ける。


 別の<兵騎>は拳一つで、四散して中身のゴロツキが転がり落ちた。


 人間、鍛えればあそこまで強くなれるんだな!


 残る二騎の<兵騎>も、瞬く間に捻り潰された。


「クソ! クソクソクソっ! このままで終わるものか!

 ――出よ! <伯騎>!」


 オースティンが叫び。


「いかに兄上とて、生身で<爵騎>の相手はできんだろう!

 出よ! <公騎>!」


 アドミシアも<爵騎>を呼び出す。


 いや、おまえのはもう、<伯騎>だろうが。


 二人の背後に魔芒陣が開き、オースティンの甲冑のような<伯騎>と、以前、グラートが使って、俺に壊された<伯騎>が現れる。


 それ、もう直ってたんだな。


「――叔父上!」


 助太刀しようと俺が叫ぶと、カリスト叔父上は獰猛な笑みを漏らす。


「大丈夫だ。そこで見ていろつったろ」


 二人を呑み込んだ二騎の<爵騎>を前に、叔父上は胸の前で拳を握りしめた。


「――目覚めてもたらせ、<古代アーティフィカル・アーム>」


 静かな呟きと共に、叔父上の背後に魔芒陣が広がる。


「まさか……」

 俺は息を飲む。


 古代遺跡などで、極稀に見つかる太古の<兵騎>。


 それが<古代騎>だ。


 俺の<王騎>も厳密にはそれに分類される。


「――させるものか!」


 起動したオースティンの<伯騎>が剣を抜き放って、叔父上に振り下ろす。


 ――だが。


 魔芒陣から現れた純白の巨腕がそれを弾き飛ばした。


 <古代騎>の全身があらわになる。


 白の装甲に獅子を模したかぶと


 たてがみの色は獅子にふさわしい黄金をしていて、<古代騎>が叔父上を呑み込むと、その白い面に金のかおが結ばれた。


『――面倒臭えから、まとめて一撃だ!』


 <古代騎>によって増幅された魔法が竜巻を生み出し、二騎の<伯騎>をその中心に捉える。


『オオオオオォォォォォォ――ッ!!』


 叔父上の咆哮が倉庫内に轟き、駆け抜けた<古代騎>が合わせた拳を突き出す。


 オースティンの<伯騎>が直撃し、それを貫いた双拳はさらにアドミシアの<伯騎>をも貫く。


 まるで巨砲の直撃でも受けたように、二騎の<伯騎>は四散して、アドミシアとオースティンがその鞍から転がり落ちる。


 ゴロゴロと転がった二人は、壁に激突して動かなくなった。


 俺は二人を確保する為にそちらに駆け出す。


 叔父上は<古代騎>を返還して地に降り立つと、クリスティア嬢に駆け寄った。


「……カリスト様……わたくし――」


 涙を殺して顔を背ける彼女を、カリスト叔父上はきつく抱きしめる。


「――帰るぞ。クリス」


「ですが、わたくしは――んっ」


 最後まで言わせず、叔父上はクリスティア嬢に口づけした。


「帰っておまえを抱く。文句は言わせない」


 そう告げると、叔父上はクリスティア嬢を横抱きにして、馬車に向かった。


「オレア、悪いが後始末は頼むわ」


 片手を上げて、俺にそう言う叔父上に、俺は黙ってうなずくしかなかった。


 ――かっけえ……マジかっけえ。


 その後、衛士がやってくるまで、俺は叔父上の格好良さに興奮して、拳を握りしめていた。


 ――あんな漢に俺もなりたい。


 心からそう思ったんだ。

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