第二部 暴君社交編

王太子、祝福する

第6話 1

 最近、フランの俺に対する当たりが、やたらキツい。


「――チッ! へたれがっ!」


 と、わざと聞こえるように舌打ちはするわ。


「小便垂れる事にしか使わねえソレ――」


 などと、俺の肩に肘を置いて。


「あんまチョーシこいてっと、未使用のうちにもいじまうからな? あ?」


 恐ろしい事を言ってきたりする。


 しかも右手で指をわきわきさせて、捻るようなそぶりをするんだ。


 怖いからその手やめろよ。おまえ、本当にやりそうなんだよ。


「――な、なあ、フラン。俺、なんかしたか?」


 恐る恐る訊くと、彼女は恐ろしい形相で俺を睨む。


「あ゛? なにもしようとしねえからだろうが!」


「ええー? さすがに理不尽じゃね?」


「理不尽かどうか、胸に手を当てて考えろ!」


 出たでた。


 女の理不尽


 ――察しろ、考えろ、感じろ。


 それができるなら、俺は前世であんな死に方してないし、今世でもセリスに婚約破棄されてないだろう。


「そもそもおまえ、ソフィアのトコに居なくていいのかよ?」


 と、不意にフランは俺から離れると、よそ行きの声で。


「そのソフィアお嬢様の為に、おまえのトコに来てんだバカヤロー」


 口調はチンピラみたいな事を言い放つ。


 直後、ドアがノックされた。


 なるほど。他人が来るのがわかったから、声色を変えたのか。


 俺はジト目でフランを見るが、彼女は素知らぬ素振りで俺の背後に立つ。


 ノックに応じると、ドアが開いてロイドが入室してきた。


「殿下、午後の予定ですが――おっと、これはフラン殿。

 ――殿下、ご休憩中でしたか?」


 執務室にメイドが居れば、そう思うわな。


 まさかフランが俺をなじるためだけに、ここに居るとは思わないだろう。


「ええ。ちょうど今、お茶のご用意をするところでしたの。

 ロイド様もいかがですか?」


 おまえ誰だよ?


 フランは微笑を顔に浮かべ、先程までのドスと効いた声とは打って変わって、ほんわかしたソプラノでロイドに尋ねる。


 こうしてさえいれば、フランは綺麗なお姉さんだ。


 本性を知らないって幸せな事もあるんだな。


「殿下、ご一緒しても?」


 ロイドが尋ねて来た途端、背後から圧を感じる。


『――はいと言え』


 すぐ耳元でフランの声がした。


 思わず後ろを振り返ると、フランはこちらに背を向けたまま、鼻歌交じりでティーセットの用意を初めている。


『――はい、と言えと言っているだろう?』


 再びフランのドスの効いた囁き声。


 どうやらロイドには聞こえていないらしい。


 なんだよ、これ?


 どうなってんだ? また暗部の謎技術か?


『――三度目は無いぞ』


「あ、ああ。話し相手が欲しいと思っていたところだ。

 おまえも休憩にすると良い」


 俺はロイドにソファを指し示す。


『――わたしも誘え』


 あ?


『――わたしも……』


 さすがに俺もピンと来た。


 ほうほう。なるほどねぇ。


 まあ、確かにロイドは男の俺から見ても、イケメンだしなぁ。


『――余計な事は考えるな……』


 おまえは心でも読めるのか。こえーよ、ホント。


「フ、フランも一緒にどうだ?」


「え? よろしいのですか? それではご一緒させていただきます」


 俺を脅した事などおくびにも出さす、フランは笑顔でカップを三つ、テーブルに並べていく。


 カップにお茶を注ぎ、フランは満面の笑みでロイドの隣に腰を降ろした。


 ロイドは出されたお茶の香りを楽しみ、一口含むと、頬を綻ばせる。


「マリシア領の茶葉ですか。ここの茶葉、好きなんですよ」


 途端、フランは目を丸くして、口元を抑える。


「まあ、そうでしたのね。わたしもこのお茶が好みでして。爽やかな香りが良いですよね」


 ――本当に誰だおまえ。


 どうせロイドの好みを事前に調べてたんだろう?


「ええ、そうなんです!

 父が任務で赴いた際に土産で買ってきてくれて。それからもう虜ですよ」


 ロイドは興奮気味にフランに語る。


 正直、俺にはお茶の違いなんてわからん。


 前世の俺はコーヒー党だった。


 だから、その記憶が蘇ってから、コーヒーが飲みたくて仕方ない。


 あー、コーヒー豆、見つからねえかなぁ。


 この国では無いっぽいんだよなぁ。


 俺がそんな事を考えてる間にも、二人の紅茶談義は続いている。


 おやおや? これはロイドくんも憎からずという感触なのかな?


 なにやら二人は旨い紅茶を出す店の話で、盛り上がっているみたいだぞ?


 俺には銘柄なんて、ちっともわからないが、どうやらフランはロイドの好みを予習済みのようで、巧みに彼の好みの茶葉を挙げていっている。


「……もう、一緒に行ってくればいいじゃん」


 おっと、思わず口に出ていた。


 俺はフランに睨まれるのを覚悟したのだが。


「――そんな……わたしがロイド様とだなんて……」


 フランは顔を真っ赤にして、頬を抑える。


 おまっ! ホント誰だよ!?


 さすがにこれは演技なのか本気なのか、判断に迷う。


 突っ込まなかった俺を褒めて欲しいぞ。


 一方、ロイドは照れくさそうに頭を掻いて。


「フラン殿。もしよろしければ、ご一緒致しませんか?」


 誘いやがったーっ!


 なんだよ。ロイドもまんざらでもないのかよっ!


 ……なんだか俺の方がドキドキしてきたぞ。


「わ、わたしなんかでよろしいのですか?」


「これだけ好みが合うのです。一緒に行けたなら、きっと楽しいだろうな、と。

 もちろん、フラン殿のご予定に合わせます。

 ――よろしければ、ぜひ!」


 微笑みを浮かべて、ロイドは手を差し出す。


 フランはその手に右手を乗せて。


「それでは次の休日に。確認して参りますので、少々お待ち下さい」


 そう告げると、彼女は立ち上がって一礼し、部屋の外へ向かった。


『――へたれ。褒めてやる』


 耳元で再びフランの声が聞こえた。


 ……感謝するなら、へたれって言うのやめろよなぁ。


 俺は嬉しさにスキップでも始めそうな足取りのフランを見送り、苦笑した。

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