王太子、侵災調伏する
第4話 1
一週間後、先行隊として、第三騎士団<地獄の番犬>隊がスローグ領へと出立した。
工廠局謹製の大型鉄馬車を牽くのは、狼型に変形した<狼騎>だ。
これなら馬車でも一週間はかかるスローグ領までの距離を、三日ほどに縮められる。
俺もまた、彼らに同行して先行する事にした。
どういう経緯があったにせよ、一年もの間、スローグ領の変化に気づけなかったのは、王城の――ひいては俺の怠慢だ。
俺はスローグ辺境伯に謝罪する義務がある。
そんなワケで、俺は今、むさ苦しい筋肉ダルマひしめく馬車内にいる。
隣に座るのは、ソフィアが付けてくれた、彼女の家のメイドのフランだ。
ソフィアは今、戦時並みの書類処理に忙殺されて城を離れられない。
そこで、俺の知恵袋代理として、彼女はフランを付けてくれたのだ。
ソフィアの家――クレストス公爵家に譜代で仕えるフランは、メイドの格好をしているが、実はクレストス家暗部の次期当主だ。
歳は俺達の三つ上の二十歳。
幼い頃はソフィアと一緒に遊んでもらって、俺達にとっては姉のような存在だ。
腰まである亜麻色の髪の先をリボンで束ね、黙っていれば貴族令嬢のような容貌をしているのだが――
「あはは! おめえ、そこで逃げるとか、本当に男かよ? タマなしかぁ?」
「――いや、そうは言ってもッスね、姐さん」
彼女は今、<地獄の番犬>の騎士らと共に、シモネタ談義に湧いていた。
ホント、黙ってれば、素敵なお姉さんなんだぜ。アレ……
こんなでも、仕事は恐ろしくできて、ソフィアの懐刀なのだ。彼女がもたらす情報に何度助けられたかわからない。
騎士どもはなぜか彼女を「姐さん」呼びだし。俺が知らない間になにがあった。
「――そういや殿下は、セリス嬢とはどうだったんです? ヤったんスか?」
デリカシーを母親の胎内に忘れてきたのだろう。騎士のひとりが俺に訊いてくる。
「殿下にそんな度胸あるわけないじゃん」
なまじ幼い頃から知られている所為で、フランもまた、ソフィア同様に俺に容赦がない。
「キスすらまだだよね~?」
ニヤニヤと目を細めて顔を寄せてくるフラン。
「……う、うるせえな」
キスでもしてたなら、俺もセリスに、もうちょっと執着できたのだろうか。
止めよう。これは未練だ。
「で、本当のトコはどうなんです?」
騎士は空気を読まずに、さらに追求してくる。
「あー、うっせうっせえ! どーせ俺は童貞だよ! 悪かったな!」
フランと騎士達は腹を抱えてゲラゲラ笑う。
「あー、おっかしい。殿下なら選り取り見取りでしょ? それこそ一夜だけのロマンスなんて、どこの貴族令息でもやってますよ?」
「ああいうのは、ちゃんと籍を入れてからだな……」
「はい、でたー。童貞くんの言い訳っ! みんな、殿下は結局のトコ、女を選ぶ度胸がないだけだよな?」
フランの問いかけに、騎士達はうんうんうなずく。
「殿下、今度一緒に下町行きましょうや。いい娼館を紹介しやすぜ」
「バッカ、おめえ。殿下くらいになると、下町じゃなく貴族街にある高級娼館に行くんだよ」
「そうそう、俺らの安月給で通える娼館に連れてってどうするんだよ」
「そうしてあわよくば、俺達もおこぼれに……」
「それだ!」
騎士達は再びゲラゲラと笑った。
それを尻目にフランは不意に真面目な顔になり。
「殿下、マジメな話、女じゃないんですから、男が『初めて』を後生大事に抱えてたって、なんの得にもなんないですよ?
むしろその所為で、初めての女に入れあげて、女の言いなりになってしまう、なんて事もあるんですから」
暗部でそうなった貴族を何人も見てきたのだろう。
フランの言葉には実感が伴っていた。
「貴族令嬢とじゃカドが立つっていうなら、アイツらじゃないですけど、高級娼婦はアリだと思いますよ。
彼女達はプロだから、客の秘密はしっかり守ってくれますし、初めてでも優しく導いてくれます」
なんでこいつはこんな必死に、俺に童貞を捨てさせようとするのか。
いや、国と俺を想ってなのだろうが。
「……考えておく」
俺は顔を反らして、そう呟いた。
「よーし、殿下が決心したぞ。野郎ども! 高級娼館のオススメ見繕っとけ!」
「わかりやした!」
フランが拳を突き上げて宣言すると、騎士達もまた拳を突き上げて応じる。
だから、なんでお前ら、そんなに仲良くなってるんだよ。
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