第3話 8

 武技大会が終わると、俺はユリアンを連れて、ソフィアの執務室に向かった。


 部屋の主は現在、スローグ辺境伯領の侵災調伏に向けて、大臣達や将軍達と会議中だ。


 俺? 俺は会議結果を聞いて判断するだけだ。


 侵災調伏は決定事項だからな。


 部屋のドアに近衛のロイドが警備に立ち、俺は執務机の前に並べられたソファに腰を下ろす。


「あの、殿下」


 ユリアンにもソファを進めたのだが、彼女は立ったままで。


「お聞きしたい事が、いくつかあるのですが」


「なあ、ユリアン。俺達はダチつっただろ? 名を呼ぶ事を許す。あと、敬語も良いぞ。

 おまえだって、俺にジュリアって呼ばれたくないだろ?」


 俺に訊かれて、ユリアンはコクコクとうなずく。


 <地獄の番犬>隊の中でも、ユリアンは特に言葉が丁寧だ。他の連中なんて、俺相手でももっと言葉が砕けているというのに。


「け、敬語は崩すと、その……女言葉が出てしまうので。

 その――オレア……様」


「様か。まあいっか。

 で? 聞きたい事って?」


「なんで<狼騎>は勝手に動いたんですか?」


 ああ、そんな事か。


 俺は目を細めて、遠い目をする。


「騎士の危機に応えて駆けつける乗騎。格好いいだろ? ついでに変形機構も組み込んだ。

 ――ロマンだよなぁ」


「――は? そういう機能があるっていう事ですか? けど、ボクはあの時まだ、<狼騎>の主では……」


「前に試乗させてやったろ? あの時、騎士登録したのをそのまま残しておいた」


 本当は何度かユリアンを乗せて、動いてるトコを写真に撮ろうと思ってたんだけどな。


 まあ、それは内緒だ。


 武技大会で別の奴が勝ったら、その時に登録し直せば良いと思ってたんだ。


「オレア様はボクが勝ち残ると、信じていてくれたんですね!」


「お、おう。そんなトコだ」


 ユリアンがキラキラした目で見つめてくるから、真相は言えない。


「<狼騎>が駆けつけてきた時に使った結界は?」


「ああ、<兵騎>って、乗るまでと乗ってから起動まで、少し無防備になるだろ? そこをカバーする為につけた機能だ」


 戦なんかだと、周りがカバーして起動させて行くんだが、特殊部隊では単独任務も考えられるからな。


「じゃあ、<狼騎>が最後に使ったアレ。なんですか?」


「――狼咆ブラストハウリングな。

 ロボ――<騎兵騎>にも必殺技が欲しいと思って付けた」


 左右の手から異なる二種類の振動波を放ち、目標内部で衝突させて破壊する必殺兵装。


 正直、俺には理屈とかよくわからないから、概念だけ伝えたら、オルセン局長がノリノリで実現させてくれたんだ。


 実際に使ってるとこを見ても、あれは良い仕事をしてくれたものだと思う。


「ユリアン。<狼騎>には俺の夢とロマンが詰まってるんだ。

 壊しても工廠局が直してくれるが、大事にしてやってくれ」


「それはもちろん!」


 何度もうなずくユリアンに苦笑し、俺はメイドが淹れてくれたお茶に口をつける。


 そんな話をしていたら、部屋のドアが開き、書類を山積みに抱えた執事達が三人ほど入ってきて、執務机にその書類を積み上げていく。


「あら、殿下。いらっしゃってたのですか」


 執事達の後に続いて、ソフィアがやってきて、俺の向かいのソファに腰を下ろした。


 メイドがお茶を追加で煎れていく。


「ずいぶん時間がかかったな」


 俺がそう言った途端、ソフィアは俺をギロリと睨んだ。


 な、なんだよ。おっかねえな。


 彼女の背後にいるユリアンやロイド、メイドはそんなソフィアの表情には気づかない。


 ソフィアはため息をつくと、髪を掻き上げて。


「もう、本当にイヤになるわ。見てよ、あの書類の山! 早期に調伏できてたなら、あんな戦時処理みたいな事しなくていいのに!

 発生から一年も経ってるから、第三騎士団総動員しなくちゃいけないのよ」


「ご、ご迷惑をおかけします」


 ユリアンが恐縮して、ソフィアに背後から声をかける。


「あなたは別に悪くないわ。むしろ問題は第二騎士団よ!」


「どういう事だ?」


「スコットを調べてたついでに、暗部ウチの者に近場の監査隊を調査させてみたんだけどね。

 どこの隊も大なり小なり、今回のようなマネして利益を得ていたのよ」


「あの、スコット様がなにか?」


 ああ、ユリアンはひょっとして事情を知らないのか?


「実はな……」


 俺がスコットの目論見をユリアンに説明すると、彼女は絶句して固まってしまった。


「そんなことの為に、スローグ領は一年も……」


 拳を握りしめて、悔しそうに呟くユリアン。


 ソフィアがお茶をひと飲みして、もう一度ため息。


「殿下。例の特殊部隊の話、予算を取ってきたわ。早急に実現させるわよ」


 笑みを深くして、ソフィアは告げる。


「そ、それは嬉しいけど、急にどうした?」


「特殊部隊には監査隊の監査をしてもらう。本当に正しい報告をしているか、ね。今後は領主からも報告を上げてもらって、三重チェックで行くわ」


 ソフィアは笑みを浮かべて宣言するが、それって文官達の仕事が増えるんじゃ。


 まあ、こいつがやるって言うんだ。必要な事なのだろう。


「ユリアン。特殊部隊の隊長になるあなたには、侵災調伏が終わったら、調査の訓練と並行して、暗部の訓練も受けてもらうわ。あと政治判断もできる必要があるわね」


「は、はい!」


 ユリアンの返事にソフィアは満足げにうなずく。


「おい、それじゃユリアンが俺と訓練する時間が……」


 言いかけた途端、またすごい目で睨まれた。だからこえーって。


「正式発足は一年後を目処に。それまでに隊員の選別と隊騎、足の確保ね。

 工廠局と造船局の最優先に回します」


 こうして、俺の夢とロマンを詰め込む予定だった特殊部隊は、ソフィアの手によって、非常に現実的な部隊に作り変えられて、実現する事になりそうだった。


「――それじゃあ、次は侵災調伏についてよ!」


 怒ったソフィアは俺でも止められないんだ。





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