第3話 7
「――ユリアン!」
ボクを呼ぶその叫びで、ボクは王族席を振り仰ぎ、殿下が指さしてるのを見て、そちらに視線を向けた。
――瞬間、黒くて巨大な影が降ってくる。
大量の砂埃を舞い上げたそれは、まるでボクを護るようにスコット様の<伯騎>の前に着地する。
漆黒を塗り込めたそれは、巨大な狼のようで。
けれど、目の前で音を立てて形が変わり、甲冑のような<騎兵騎>の姿へと変貌する。
「――<狼騎>ッ!? どうして!?」
まるでその言葉に応えるかのように、<狼騎>が周囲に結界を張ってボクに背を向け、誘うように鞍への装甲を開いた。
「の、乗れって事?」
ボクは王族席の殿下を見上げる。
目の前の出来事に、スコット様は歯ぎしりして、ボク同様に殿下を振り仰いだ。
『殿下! これはどういう事でしょうか? この<狼騎>は優勝者に下賜されるものでは?』
殿下は呆れたように肩を竦めて答える。
「<伯騎>まで出して、いまさらルールか。
優勝者はすでに決まってるんだよ! 景品の先渡しだ」
『で、ですが! 彼女は女です! 獣属です!
それが騎士など、聞いたことがない!』
「スコット、俺が敬愛するイステーリア三世の言葉にこういうのがある。
――前例がないなら作ればいい、だ」
殿下はニヤリと笑って、スコット様を見下ろした。
「おまえがやらかしてくれたアレコレ。
俺は知っているぞ。もし、おまえがユリアンに勝てるなら、見逃してやろう」
「な、なにを――」
「――真実の愛なんだもんなぁ?」
底冷えするような声色で殿下は告げて、それからボクに視線を向けた。
「ユリアン、おまえの努力を、鍛錬を、俺はよく知っている。
おまえが女? 獣属? そんなものは関係ない」
ああ。殿下は……見ていてくださったんだ。
まるですべてが赦されたような気がして、心が晴れていく。
「<狼騎>はその熱き魂に形を与える騎体だ。
――俺の宝物、ダチのおまえに貸してやる」
そこで殿下は拳を突き出す。
「――真実の愛とやらを打ち砕けっ!」
ウソで塗り固めていたこんなボクを、殿下は友人とさえ呼んでくれる。
――だからっ!
ボクは胸一杯に息を吸い込んで。
「はいっ!」
叫んだ返事に、殿下はうなずいてくれた。
<狼騎>に飛び乗り、以前乗せてもらった時のように面を着ける。
手足が拘束されると、面の内側に外の景色が映って、感覚が<狼騎>と同調するのがわかった。
無貌の面に赤の文様が走って、
起動を終えると、結界は残滓を残して消失した。
ボクは動かなくなった<騎兵騎>から、長剣と短剣を拾い上げて構える。
『ジュリア! 私が居なければ、君の領地がどうなるか……』
「――もう、貴方には従わない!」
スコット様の言葉を遮って、ボクは声をあげる。
頭おかしいのに優しくしてくれた隊のみんなが、努力を認めてくれた殿下が、ボクの心を支えてくれる。
『ならばやはり、少しくらい痛い目を見るべきだなっ!』
<伯騎>の長い右手に握られた長剣が振るわれる。
ボクはそれを短剣で受けて、騎体を回す。
右の長剣で斬撃。
<伯騎>の左手が吹き飛ぶ。
さらに身を回して、<伯騎>が握る長剣を弾いて、短剣で右脇を下から突き刺した。
肉薄した二騎。
いつもならばここで距離を取るのだけど。
「――吼えろ! ユリアン!」
殿下の声が会場に響く。
面の内側に兵装選択の文字。
「――うおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
ボクの叫びに応えて。
<狼騎>の両手の装甲が変形して、狼の
『――――ッ!!』
両手から金属を鳴り響かせる甲高い音が響いて。
次の瞬間、肉薄していた<伯騎>が吹き飛んだ。
「――ブラストハウリング! 見事だ、ユリアン!」
殿下が満足げに叫び、ボクは両手を上げて応える。
観客達が湧き上がって歓声をあげた。
四散した<伯騎>の残骸に埋もれるようにして、スコット様が目を回して倒れていて、衛兵がやってきて連行していく。
ルールを無視して<伯騎>なんて出したんだから、当然だろう。
「ありがとう。これから……よろしく」
面を外して鞍を撫でると、ボクは頭を振って汗を飛ばし、<狼騎>の外に出て、殿下の前で跪いた。
途端、殿下はぽかんとした顔をして。
「おまえ、銀髪だったんだな」
言われて髪に触れると、染料が汗で流れ落ちてきていた。
汗のかきにくいボクだけど、ずっと狭い鞍上にいて戦闘したら、さすがに汗も出る。
「このたびは、この身と名を偽っていた事をお詫び申し上げます」
頭を垂れて、ボクは告げた。
女人禁制の騎士団に、性別を偽って所属していたんだ。お咎めなしとはいかないだろう。
ボクは地面を見つめたまま、殿下の言葉を待つ。
「そうだな。じゃあ、罰はふたつだ。
ひとつ、<狼騎>の主として、後に新設される部隊の隊長となれ」
ボクは驚いて顔を上げてしまう。
「我が国初の女性騎士だ。断ることは許さん」
そう言って、殿下は<狼騎>を見る。
「そうすると<狼騎>もおまえの髪に合わせて、銀色にした方がいいか?」
「――いえっ!」
ボクは慌てて否定の声を上げた。
「今のままがいいですっ!」
「そうか?」
不思議そうにする殿下に、ボクは何度もうなずいて見せた。
とても言えそうにないけれど。
あの子は黒のままがいい。
殿下がくれた殿下の宝物。
その色は殿下の髪と同じ黒のままが良いんだ。
「そして、もうひとつの罰だが――」
殿下は言葉を切って、王族席から飛び降りると、ボクの手を取って立ち上がらせる。
「改めて、ユリアン。俺のダチになってくれよ。暴君の友人。イヤか?」
握手を求めて伸ばされた手を。
ボクは込み上げてきた涙を拭って握りしめた。
「なに言ってるんですか。ボクはとっくにそのつもりでしたよ!」
「そうか? 実は俺もだ」
ふたりで笑い合って、握りしめた手に力を込めた。
殿下は笑みを濃くしてボクを見つめ、そして告げる。
「それじゃあ、ユリアン。
――おまえの家のゴタゴタ。ダチの俺にも手伝わせてくれよ」
「……ご存知だったんですか?」
「ついさっきな。気づくのが遅くなってすまん。
だが、憂いはここまでだ。
――やるぞ。侵災調伏!」
歓声あがる闘技場の中、風に黒髪をなびかせる殿下に、ボクは心の中で忠誠を誓う。
この方に尽くそう。
この方を支えるんだ。
「――はい! 殿下!」
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