第7話
オランダ軍の艦船は、崇明島の砲撃を終えた後、由井正雪の依頼で広州へと向かっていた。役割はただ一つ、海上から陸地にいる清軍を大砲で攻撃するのみである。
オランダとしても、既に崇明島攻撃をした時点で清との関係ははっきりしている。何としてでも明に勝ってもらい、中国貿易で有利な立場を引き出したいと考えていた。従って、否も応もなく引き受けて、中国沿岸を南に広州まで駆けつけたのである。
城内の兵士達は清軍に向けて発射される大砲に狂喜していた。
中華皇帝たる自分達が異国の助けを受けるなどもっての他、という考え方もあるのだが、当の永暦帝も「当たれ、当たれ!」とはしゃいでいる。
逆に城外の清軍にとっては災厄以外の何者でもない。
「異夷の力を借りるまでに落ちたか!」
と呉三桂が叫んでいるが、叫んで砲弾が止まるわけでもない。現実的な対処策というと、距離を取るしかないが、そうなると城の包囲がままならない。
広州について三日と経たないうちに、清軍は進むことが無理な状況に置かれてしまった。
「我々は艦船もないし、大砲もない。あのオランダ船がある以上、広州を攻撃どころか、近づくことも満足にできぬ」
尚可喜が諦め気味に語る。
「うむむむ……」
呉三桂が唸り声をあげた。
「何か妙案でもあるのか?」
「ない」
「であれば、撤退するしかなかろう。幸い、永暦帝に軍を率いることはできない。孔有徳のような目に遭うことはないだろう」
かつての同僚であった孔有徳は一度の敗戦から一気に李定国の攻勢を受け、最終的には自害する羽目となってしまった。しかし、永暦帝にはそこまで如才ない軍隊指揮はできないはずだ。
「だが、一か月以上かけて進軍してきて、オランダ船が来ただけで尻尾を巻いて逃げるというのは清の沽券にかかわる話だ」
「それはそうなのだが……、どうすればよい?」
「ううむ」
結局、その部分での解決策は見つからないまま、悪戯に時を費やすこととなった。
広州湾にオランダ船が現れたという情報は、衡陽の李定国にもすぐにもたらされた。
「そういうことであったのか」
鄭成功の意図を悟り、李定国は感心しながら報告を受けていた。ここでも、「外国の力を借りるなど」というような言葉は出てこない。
「そうであるなら、むしろ攻勢に出る好機か」
清軍にオランダ船に対する対処はできないであろう。いや、自らも含めて、この内陸の地にオランダ船と太刀打ちできる者はいない。何とかするとすれば、マカオのポルトガル軍を動かすしかないであろう。清軍にそんなことができるとは思えない。
そうである以上、清軍は必ず撤退するはずである。その途上を急襲すれば、あるいは。
「馬進忠よ。二万の軍を与えるゆえ、広州から成都への帰路にあたる部分に潜み、もし通ったら急襲するのだ。うまくいけば……」
李定国の顔が緩む。馬進忠もニヤッと笑った。
「呉三桂と尚可喜を討ち取ることが可能ですな」
「うむ。この二人、あるいはどちらかだけでも討ち取れれば、雲南や貴州などが再度こちらにつくかもしれん」
「分かりました! 必ずや将軍の期待する戦果を!」
馬進忠はその日のうちに二万の軍勢を率いて出発した。
衡陽に動きありという報告は、すぐに広州にも届いた。
永暦帝をはじめ、城内の兵士は意気軒高となり、清軍を指さして「早く李将軍に討たれる様が見たいのう」と大喜びとなる。
その状況を見て、清軍も不審感を抱く。
「あの城内のはしゃぎようはおかしくないか?」
尚可喜の言葉に呉三桂も頷く。
「ひょっとすると、李定国が動き出したのかもしれぬぞ」
「その可能性は高いな」
呉三桂も頷いた。ことここに及べば、彼も反対はしない。
既に清軍は誰も城を落とせるとは思っていない。ただ撤退の理由を探しているだけの状態である。
李定国が動き出したという情報は撤退に向けての理由としてはこのうえない。
その日の夕方には清軍は撤退を開始した。
「李定国の軍は素早いぞ。早く逃げるのだ」
と、速足で逃げていく。広州に来るまでに膨れ上がった軍は瞬く間に解体していくが、元々忠実な部下ではない面々であるから誰も気にしない。一か月後には李定国の下で働いているかもしれない。
呉三桂と尚可喜はどうにか馬進忠の接近をかわして、貴州から四川方面に撤退することに成功した。
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