第2話

 ゼーランディア城では、ニコラス・フェルバークが前年に任期を終えて帰還しており、コルネリス・カエサルが総督となっていた。


 総督となった彼は、前任者の状況をある程度まで受け入れていたが、当然、前任者と同じことをしているだけでは成果として取り上げてもらえない。


 とはいえ、台湾の日本人、原住民などは鄭成功と通じているため、台湾支配を強めることは不可能である。そこで、彼は鄭成功との束帯を強くする方向性を打ち立てることにした。そんな折、鄭成功が南京攻略に向けての兵をあげたので、その協力をすることを思いついたのである。


 とは言っても、オランダには陸戦に参加できるほどの兵はいない。出来るとすれば海戦のみである。しかも、小回りが必要となる長江まで入っていくだけの自信はない。


 そんな折、長江と東シナ海の入り口にあたる崇明島で清軍が抵抗しているという話が入ってきた。いや、正確には由井正雪から加藤市右衛門を通じて伝わってきた。


 カエサルは乗ることにした。崇明島を攻撃するために大型船を動かすこととし、杭州にいる施琅に話をもちかけたのである。



 施琅はいきなりの申し出に驚いた。


 当初はむしろ否定的であったと言っていい。鄭芝龍の時代から東アジアの海は自分達のものと思っている。その方が早く解決するとはいえ、紅毛人の力を借りるというのは言語道断といってもよかった。


 しかし、加藤市右衛門からの手紙を見て考えが変わってきた。加藤は由井正雪が金井半兵衛の代わりに残していった人物である。由井正雪のことを評価している施琅にとって、彼の計画を無碍にすることはできない。


 また、カエサルの申し出も決して居丈高ではなかった。彼らはこう主張した。『かつて日本は原城に籠る反乱軍の鎮圧に我々の力を借りました。明も同じく我々の力を借りるべきではないでしょうか』と。


 実際、十六年前にはオランダが島原の乱の鎮圧のために艦船を出し、原城を砲撃していたことがある。それでいて、オランダは大きな見返りは要求していない。確かに鎖国した日本の唯一の取引相手となっているが、日本の広い領土を租借したなどの事実はない。


(そうした事実を踏まえて、由井殿が了承したというのなら)


 という考えから、施琅はオランダ船の援軍を受け入れることにしたのである。



 崇明島の城兵にとって、それは突然のことであった。


 夜明け方、遠く海上に大きな船影が見えたかと思いきや、突然轟音とともに城壁の方に巨大な砲弾が飛んできたのである。


 その命中精度は決して高くはなかったが、一発が城の中の兵営を直撃した。これで兵営が火に包まれる。死傷者は少なく、消火活動も迅速であったので被害は少なかったが、城内の兵が恐慌状態に陥った。城内の兵営が被弾する以上、安全な場所は城内にないのではないかと。


 梁化鳳にとっても、予想できる事態ではなかった。彼がとった行動はというと、島原の乱で、原城の反乱軍が行ったことと同じであった。鄭成功に対して、「夷狄の力を借りるとは卑怯ではないか」という弾劾の文を矢文で送りつけてきたのである。



 矢文を見た鄭成功は、大声で笑った。


「はっはっは。卑怯と来たか。だが、天朝のために助けに来てくれた相手を拒むこともなかろう。返事には、明日一日攻撃を行い、しかる後、オランダ軍の艦船とともに明後日に総攻撃をかけると伝えよ」


「同時に攻撃をするとなると、オランダ船の砲弾を我々が受ける可能性もないでしょうか?」


 甘輝がけげんな顔をして進み出た。オランダ船の砲弾は、威力こそ物凄いが、命中精度は決して高くないということを彼らもよく知っている。


「同時に攻撃するというのは言葉の綾だ。実際にはオランダ船で耕した後に、我々が総攻撃をかける。何からもう少し近くに来てもらって、壁か門を破壊してもらえばいいわけだしな」


 鄭成功の説明に、甘輝も「そういうことなら」と了承した。



 崇明城内に、鄭成功からの最後通牒が届いた。


 梁化鳳は顔をしかめる。オランダ船からの攻撃は命中精度こそ低いが、一発当たればとてつもない被害が出るということが既に明らかになっている。しかも、命中精度が低いのはかなりの遠距離から撃っているからであって、多少近づいて城壁や城門を集中的に狙えばかなりの確率で命中する恐れがあった。そこから鄭成功軍が乗り込んできた場合、防げる見込は全くない。


「援軍もいない以上、これ以上持ちこたえることはできないか」


 六月八日、梁化鳳は遂に諦めて、開城を決定したのである。

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