第3話
夕方、呉象賢は摂政の尚享に時間を作ってもらい、明の側から持ち込まれた話を説明した。尚享は困惑した様子で。
「そういうことも踏まえて、朝秀に一任したのではないか?」
と非難じみたことを言う。
「一任いただいたことは理解していますが、この件は一つ間違えれば大きな外交問題となりますゆえ」
「……明が誰かを押し付けてくるというのは、そなたの想像ではないのか?」
「しかし、このような条件を明が琉球に対する善意で提案してくると思いますか?」
「ううむ。しかし、我々は福建の海賊勢力からも狙われている。それに対抗するために最低限の海軍力をつけることは許されてしかるべきではないだろうか」
「それは琉球の理屈でございます。薩摩が容認するかどうかという保証はありませぬし、明からの者を受け入れることが認められるかとなりますと……」
「難しいか。では、諦めるよりないのではないか?」
「諦めるには、琉球の財政が苦しくございます」
「むう……」
交易に大きな制限を受けていることもあり、琉球の経済状態は決して良くはない。向こうの負担で交易ができるということは大きな魅力であり、逃すには惜しい。
「難しい、のう……」
尚享も打つ手なしという様子になった。
考えること四半刻、尚享が手を打った。
「こういうのはどうであろう? 琉球は、その者の身柄を引き取ることにはするが、琉球に来てもらうのではなく主として台湾で働いてもらうというのは。それならば薩摩に気づかれることはないだろうし、台湾までは琉球から向かうということで」
「……そうですな。向こうがこれを受け入れてくれるか、という不安はございますが」
呉象賢も同意した。
改めての協議の日、陳永華は再び鄭経とともに番所を訪ねた。
今度は呉象賢だけでなくより高位の人間もついてきている。
「摂政の尚享である」
「陳永華と申します」
「それで、先日申し出のあった件ではあるが、我々としては非常に魅力的な提案であるので受けたいとは思っております。ただ……」
尚享は琉球の事情、薩摩の事情などを説明する。陳永華も頷いて聞いていた。
「そうであるので、我々琉球は台湾までは出かけまして、そこで乗り換えをして広州に向かうという方法を取らせていただければと思うのですが、いかがでしょうか」
琉球側の主張に、陳永華は首を回して思案する。
(やはりそういう答えで来たか)
琉球と薩摩の事情はもちろん知っているので、こういう方法を提案してくることは予想の範囲内ではあった。
台湾から広州に向かうこと自体は問題ない。ただ、今回の琉球に対する提案は、鄭芝龍の活動先を探すものであったので、果たして鄭芝龍がこれを受け入れるかという問題がある。
(とはいえ、琉球に住まわせてほしいというのは無体な要求か)
妥協するしかない。後はうまく鄭芝龍を説得するしかないであろう。
「分かりました。その条件で引き受けましょう」
陳永華はその条件で了承した。
後はお互いの書面を作成し、調印をして終了となる。その場では尚享と鄭経が署名をした。
「しかし、個人的な見解でございますが、明の盛り返しには驚いております」
署名が終わり、お互いが一通ずつを保持すると雑談が始まった。
「はい。本年中には南京奪還を目指しております」
「そこまで行けば、我々も改めて明のみを決めることもやぶさかではありません。日本とはどうなのでしょう?」
「日本ですか……」
日本本土とは北京が占領される少し前までは朱印船貿易と呼ばれる貿易が行われていた。しかし、キリシタンの布教活動など本来の目的外のことで利用されることが多く、鎖国を打ち出すと同時に廃止されている。
「中々難しいのではないかと思います」
再開するためにはどうしても鎖国を止める必要がある。しかし、日本に止める必要性があるかというと、ない。
「貿易はともかくとして、行き来については制限付きでも認めていただきたいところではありますが」
陳永華の脳裏に由井正雪ら浪人達のことが浮かぶ。今となっては、日本に戻ることを考えてはいないだろうし、戻られたら困るのであるが、彼らにしても人間である。郷里を望む心はあるだろうし、最後は故郷でと考える者も多いであろう。
そういう気持ちが少しは報われるようなことになればいいのだが。陳永華はそう思った。
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