第4話 無邪気な天才少年ダニエル
××年××月××日 カール・フォン・オットーの手記
とんでもなくクソッタレなものを見てしまった。普段から、売れる物なら親兄弟だろうが売れと発破をかけることはあるが、本気でその一線を自分の名誉を得たいがために簡単に超えやがった。
あの土地を担保にした適正な貸付金額で満足しなかったオットー家のご領主様は、『娘を担保に入れたらもっと借りられるか?』と聞いてきた。この俺ですら正気を疑った。
他所のガキなんざ心底どうでも良いが、ダニエルと同じぐらいの年齢の子だ。多少の憐れみは出るもんだ。だが俺は商売人だ、金が儲けられるなら何だってやってやる。娘の名前を書かせて追加で貸し付けてやった。あのガキはそれなりに容姿が整っていた、もし返済不能になった時は身体で返させてやる。しかし見込みがあるなら、ダニエルの良きパートナーとしてプレゼントしてやるのも良いな。
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「ねえダニエル、貴方って本当に物作りの方法を誰からも習っていないの?」
カールは料理をするために道具屋の倉庫で調理していた。そしてダニエルは黙々と帽子を作っていた。
「うん……何故だか分からないけど、作りたいって思ったらどう作ったら良いか頭の中で浮かぶんだ。僕は受け取った人が喜んでもらえる顔を想像していると、手が勝手に動いていくんだよ」
「きっと喜んでもらいたいっていう気持ちが手を動かしているのよ。まるで神様が与えた才能みたいね」
カリンは昔、領地内の工房を母に連れられて行ったことを思い出していた。工房では職人たちが必死に腕を動かし、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。それだけ物作りというものは真剣勝負であり、その上に立つ者の自覚を持つように教育されたのだった。
「神様かぁ……もし神様がそんな才能をくれたなら感謝しないと。でも先に好きに物を作らせてくれるお爺ちゃんに最初に感謝するよ」
「貴方のお爺さん、貴方のこと大好きだもんね。私の両親に接していた時と変わり過ぎよ……」
カリンはダニエルの手元を頬杖をつきながら見て文句を言った。本人に直接言えば大変なことになるので、文句を代わりに言っていた。
「僕のお爺ちゃんは本当は優しいんだ。僕はよくわからなかったのだけど、『優しくする相手と厳しくする相手を見極めているんだよ』って言ってた」
「私は厳しくする相手だったのかしらね?」
ダニエルは真水だ、何も混じっていない純粋さを持っている。カリンは彼から出てくる言葉に不思議な説得力を感じていた。きっと全て本心だからこそ安心して聞くことが出来るのだ。でもそれは危ういことでもあることを、充分すぎるくらい経験してしまっていた。
「僕ね……いつかお爺ちゃんを安心させてあげたいんだ。お爺ちゃんはこの道具屋の倉庫はとても大きいから、鍛冶場と裁縫場を作ってくれるって。どんどん物を作って、お爺ちゃんがもし何かあっても生きていけるようにって」
「至れり尽くせりね。知ってるダニエル? 確か独立してお店を持つためには、その道の職人さんの弟子として10年以上は修行をする必要があるらしいわ。私達が生まれて今に至るまでの年数を全部修行しても足りないわね」
「そうだね~」
ダニエルの暢気な声が、今まで平和に生きて来られたことを物語っていた。
「いつかお爺ちゃんを安心させてあげたいって言ったらね、『お爺ちゃんは最強だからな、死にたくても死ねんぞ、だからいつまでも甘えても良いぞ、ガハハハハハ!』って笑っていたからきっと死ぬことなんてないよ。だからお爺ちゃんが何かあるなんて思っていないよ」
「まあ死神でさえも煮ても焼いても食えぬ人だと思うわね」
ダニエルがカールのことを話すときは笑顔になる。それだけ愛情を注がれており、きっとあの男の唯一の弱点があるとすればこのダニエルなのだろうとカリンは思った。
しかし、誰だってあんな覇気のある人間が死ぬことなんて考えられないだろう。だからこそダニエルはこんなに安心していられるのだ。
ダニエルの手は止まらない。帽子を作っているダニエルの顔は職人が見せた真剣そのものといった表情ではなく、どこか愛玩動物を愛でているように暖かい表情だった。ダニエルは、自分の作る道具に愛情を込めながら練り上げているのだ。目の前で出来上がっていく帽子を、カリンは時間の流れをどこかに忘れてしまったかのように見つめていた。
「よし完成した! どうこの帽子? 結構自信があるんだ」
ダニエルの手元には毛糸で出来た帽子が完成していた。とても毛糸だけで作ったような簡易的な物ではなく、王室御用達と定められた店に置いてあるような上質な物のようにカリンは感じていた。父は特にそういった箔の付いた物に目が無く、『カリン、形を揃えることによって中身が伴うのだ。我々が更に高貴な立場になるには、高貴な物を揃えることが肝心だ』と言っていた情景がカリンの頭をよぎらせていた。
「ダニエル、やっぱり貴方は天才よ。私は腹立たしいことに“無駄に”高価な物を見る機会に恵まれていたわ。そんな私でもこの帽子は負けているとは思えないもの。
カリンは手に取ってまじまじと見る。ダニエルは自信に溢れており、次はどんな言葉が出てくるのかワクワクしていた。
「この帽子を使うことになるのが、あの鬼畜になることが悔しいわね。中に変な物を詰めてやろうかしら」
「ダメだよ! 僕のお爺ちゃんの頭が大変なことになるじゃないか! ただでさえ最近頭が寂しくなってきたってボヤいていたんだよ……」
ダニエルが少しいたずらっ子のように言う。カリンはダニエルの意外な一言につい笑ってしまった。だが悪事というものはすぐにバレてしまうものである。
「人の頭について随分と好き勝手言うもんだ。悪いことを言うのはこの口か!」
カールはダニエルには優しく頬を抓り、カリンには少し強く抓った。
「お爺ちゃんくすぐったいよ~」
「イタタタタイ! 私は何も言っていないわよ! それに私だけ強いわよ、理不尽!」
「うん? 俺は平等主義者だ、お前の頬が弱すぎるだけだろ?」
カールはニヤニヤしながら答えた。その表情が答えを言っているものだが、カリンが何を言っても言い負かされそうだった。
「お爺ちゃん、これ!」
ダニエルが帽子を差し出した。キラキラした眼で、褒められることを期待した子犬のようで可愛らしい姿である。
「これは……途中から分かっていたとはいえ、やはりダニエルは天才だな。お爺ちゃんのために作ってくれたこの世でたった一つの宝物だな。ありがとうダニエル、お前のおかげで今年の冬は寒くなさそうだ」
「えへへへっ、まだ毛玉はいっぱいあるんだよ! セーターも手袋も靴下もいっぱい作るんだ。それでね、それでね! 僕の作ったものでお爺ちゃんの全身をあったかくするんだよ! お爺ちゃんあったか大作戦だ!」
「全く、そんなものを着ていたら誰にでも優しくなってしまいそうだわい。身体も心も満足してしまったら、欲が無くなってしまうな。危険なものよなぁ」
ダニエルよ、なるべく早く作ってくれ。お前が早く作ってくれたらこの金棒をぶんぶん振り回す鬼畜が慈悲深き天使になってくれるんだ。カリンは“お爺ちゃんあったか大作戦”の電撃的な成功をダニエルに対して神に祈るが如く手をスリスリして懇願していた。
「なんだお前は、ダニエルに変なことをするんじゃない」
「僕は神様じゃないよ~」
「いえ、貴方は私を救う神様よ。おお神よ、悲劇の美少女を救いたまえ……」
怒っているようで幸せな顔をしたカールと、カールに褒められて満面の笑みのダニエル、自身の幸せのために必死に手をこするカリン。静かなような、騒がしいような情景が、道具屋を包み込んでいた。
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