第21話 ねえ、呪いのカードって怖い話、知ってる?②
「なに……?」
救助要請者が逃げている? まさか……、猟犬使いか!? いや、そうでなくとも関係ない! とにかく急がなくては!
「すぐに向かうぞ! いや、ユウキだけ先に先行してくれ! すぐに追いつく」
「はい!」
走り去るユウキを見送り、アンナたちへと連絡を取る。
「こちら北川、救助要請者の気配を発見。どうやら他の冒険者に追われている模様!」
「! 了解! 場所はどちらへ?」
「……ちょっと待て」
俺はユウキとのリンクからの情報とスマホのマップアプリを照らし合わせて答えた。
「マップ4の9-6だ! 南西方向へ移動中!」
「了解ッス! すぐに向かいます! ……万が一猟犬使いであれば、可能な限り戦闘は避けてください。場合によってはすぐに緊急避難を……」
「……わかった」
俺は一瞬だけ逡巡しつつ、頷いた。
……緊急避難の魔道具で逃げることができるのは、使用者とそのカードだけだ。
アンナの言っていることは、いざという時は救助要請者を見捨てて逃げろというものだった。
俺はそれに頷きつつも、実際に救助要請者を見捨ててすぐ逃げられるかは、少し自信がなかった。
もっとも実際にその場面になったら一も二もなく逃げだすかもしれなかったが……。
その時になってみなければ、自分がどうするか、自分自身でもわからなかった。
『マスター、そろそろ接触します……人狼形態に変身しますか?』
『……いや、やめておこう』
ユウキの提案に俺は少し考え断った。
人狼形態に変身することでユウキは飛躍的に戦闘力を上げることができるが、代わりに高等忍術の一部を使えなくなるというデメリットがあった。
すべてが使えなくなるわけではないが、変化の術や分身の術などの特に使い勝手のよい術が使えなくなってしまう。
俺が砂原戦でユウキを変身させなかったのも、そういう事情があったからだ。
ライカンスロープの人狼形態とは、人間形態の小器用さをすべて捨て去り近接戦闘力に振り分ける能力でもあった。
『それよりも、そろそろシンクロを使うぞ』
『はい!』
目を閉じ、自分をユウキと重ね合わせていく。目を開けた時、俺はユウキでユウキは俺となっていた。
複雑に入り組んだ道を、レーシングカーすら悠々と追い抜くスピードで縦横無尽に駆けていく。
壁も天井もこの体には関係ない。地面と同じように走ることができる。
それはこの体の性能が良いというだけではなく、高等忍術の力も大きかった。
変化の術や各種遁術だけが忍術ではない。自身の持つ俊敏性のすべてを引き出す体術もまた、れっきとした忍術であった。
とその時、微かな声がユウキの耳に届いてきた。
————ハァハァ、なんなわけ、アンタ! 急に襲ってきて……!
若い女の声。こちらが救助要請者の方だろう。その声に俺はどこか聞き覚えのあるものを感じたが、その既視感も次の声を聴いたことで吹き飛んだ。
————ハハ、すげぇ上玉。やっぱ勿体ねぇよなぁ。カードだけ奪って殺しちまうなんてさ。せめて一発ヤってからじゃねぇと……。
ざわり、と背筋が泡立った。思考が急速回転する。
……カードだけ奪って殺す!? おい、コイツ、まさか……!
より一層足を速め、通路を風のように駆け抜ける。
そうして曲がり角の先で俺が見たモノは、地に組み伏せられた救助要請者らしき女性と、その上に覆いかぶさる金髪の若い男の姿だった。
傍らに立っていたリザードマンとボアオークがこちらへと振り返る——よりも早くその脇をすり抜けたユウキの右足が、男を強かに蹴りぬいた。
手加減抜きの、走る勢いも利用した全力の一撃。弾かれるようにぶっ飛んだ男は、ピンボールのように壁や床を何度も跳ね、最後には壁に磔になるように叩きつけられ、停止した。
「……ガッ!?」
一拍遅れ、男のカードたちが激しく吐血。リザードマンがそのままロストし、ボアオークが膝をついた。
生命力と頑丈さに優れるリザードマンとボアオークと言えど、人間が何度も死ぬようなダメージのすべては受け止められなかったようだった。それでも、一枚は残ったのはさすがというべきか。
「あ、が……なに、が!?」
混乱の声を上げる男をよそに、俺は襲われていた女性の方を向いた。
時間的に『致す』余裕はなかったはずだが……そう思いながら女性の顔を見た俺は驚愕に思わずシンクロを解きそうになった。
「え、え……?」
ぽかんと口を開け、狼狽えるその女性……いや、少女の顔は俺もよく知るものだった。
……四之宮さん!? なんで、ここに!?
そう問いかけそうになって、すんでのところで堪える。
今は、まずこの男の相手が先だ。
振り返ると、混乱から立ち直った男が憎々し気にこちらを睨んでいた。
……年のころは二十歳ほどか。短めの色あせた金髪に、ピアスと腕の入れ墨……一見して遊び人という印象を受ける。その軽い雰囲気は、あのアヌビスから感じたマスターの気配とはあまりに違い過ぎた。
やはり、猟犬使い本人ではない、か。使っているカードもリザードマンとボアオークだしな。
だが、奴の仲間である可能性は高い。同僚か、あるいは部下か……。救助要請を送られていることといい、この軽率さから考えて下っ端か?
俺は少しだけ考え、ユウキを人狼形態に変身させることにした。
高等忍術は使い辛くなるが、もしも猟犬使いが犬系のカードを使うことにこだわっているのなら……!
心臓が痛いほどに強く鼓動し、体が張り裂けそうなほどのエネルギーが内側から膨れ上がっていく。それは決して錯覚ではなく、それを証明するように身体が急速に膨張。ゴキゴキと音を立てて骨格が変形していき、ざわざわと艶のある体毛が全身を覆っていく……。
「う、ぐ……!」
その人間ではありえぬ感覚にシンクロリンクが途切れそうになるのを、必死で繋ぎとめる。
時間的には数秒だが体感的には数分ほどの時間、荒れ狂う嵐の中で踏ん張るような感覚に耐え抜いていると、突然晴天になったような爽快感が訪れた。
変身が終了したのだ。シンクロも安定している。
突然の変身に驚愕している男へと、俺は問いかけた。
「……おい、一体何をしている?」
「あ、な……ライカンスロープ、まさか!?」
俺の問いかけに、いや、ライカンスロープの姿を見て明らかに動揺する男に俺は確信を強めた。
コイツ、やはり猟犬使いを知っている……!
次に、なんと問いかけるべきか。できるだけ情報を引き出すことができ、なおかつ疑問を持たれない質問を考えろ……!
「……こんなことをしろ、という命令はあったか?」
どうだ!? 今までの被害者に性的被害はなかった。つまりこれはコイツの独断の可能性が高い! 執拗なまでに自分の痕跡を消すことが上手い猟犬使いから見て、こんな特定につながりかねない行為を容認するわけがない!
「あ、いや……!」
男はもはや完全な狼狽状態であった。
「すいません! その言われた通りターゲットが迷宮に潜るのを見張ってたら、スゲータイプの女だったもんで……つい!」
……!!!
そうか、コイツ、見張り役だったのか!
おそらくは、コイツのような下っ端がどの迷宮にターゲットが入ったかを見張り猟犬使いに報告する仕組みなのだろう。
いいぞ、やはり、コイツはあまり頭がよくないようだ。
そもそも、救助要請が送られ他の冒険者が救助に向かっている中、悠々とレイプしようとしている時点で相当なアホとわかる。
……いや、そうか、もしかして救助要請が出されていることに気づいていないのか?
ライセンスから出される救助要請は、着信拒否することもできる。
アラーム音は結構大きいので深夜に鳴れば普通に迷惑だし、そもそも救助に行くつもりが欠片もない人間などはずっとオフにし続けることも多い。俺も、寝る前や学校に行っている間などは着信拒否にして、時々そのまま解除を忘れる時もあった。
しかし、それを踏まえてもなお、アホだ。
なにより猟犬使いのようにグレムリンを用意していない時点で話にならない。
もっとも、それはコイツがただの見張り役であれば、そんな下っ端までグレムリンを配布しないのもわかる話ではあるが……。
コイツがアホだと確信した俺は、より深く突っ込んだ質問をすることにした。
「……ふざけるな! 俺がどんな命令をしたか言ってみろ!」
ところが、その質問をした瞬間、男の顔色が変わった。
「……あ? 俺? お前、男か!? あの人じゃないな!?」
「ッ!?」
男が一気に警戒を強め懐からカードを取り出す。
猟犬使いは女だったのか……!
「来い! アヌビス!」
「なッ!?」
コイツもアヌビスを!? 馬鹿な! こんな下っ端までBランクを配るなんてどんだけ余裕があるんだよ!?
だが、現れたのは紛れもなくアヌビスであり、男が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「……チッ!」
俺は舌打ちすると隠れていた曲がり角から飛び出した。
実はここまでの会話中にすでにここに到着していたのだ。
「四之宮さん!」
「マロっち!? どうしてここに!?」
驚愕する彼女を問答無用で抱き寄せドラゴネットの上に乗せる。
Bランクカードとの戦闘となれば彼女も巻き添えとなる。さすがに、庇いながら戦う余裕はなかった。
だが、ここでさらに状況が変わる。
「——先輩!」「状況はバッジで聞いていたぞ、お手柄だったな!」
「アンナ! 織部!」
別行動だった二人が合流したのだ。
しかも、俺と反対側の、男を挟み撃ちする形。
このタイミングと位置、さすがに偶然ではないだろう。
バッジで中継していた俺と男の会話を聞いて隠れていたのだ!
「な……!」
突然退路をふさがれ窮地に陥った男が、アンナたちと俺を焦った様子で見比べる。
後方には、エルフとペガサスに土蜘蛛のCランクカードが三枚。前方には、ライカンスロープとドラゴネット。
「……アヌビス! そこのライカンスロープを速攻で蹴散らして俺を逃がせ!」
男が選んだのは、当然俺たちの方だった。この状況下でコイツが助かるためには、手薄な俺たちの方を強引に突破するしかない。
……だが。
「アヌビス! 何をしている早くしろ!」
なぜかアヌビスは動かない。冷静に俺たちとマスターである男を見比べ……。
「……やむを得ない、か」
そう小さく呟いて、男の首を跳ね飛ばした。
『!!!!?』
何が起こっているのかわからないといった表情で宙を舞う男の首を、俺たちは呆然と見るしかなかった。
それは、経験を積んだ冒険者でも、いや、経験を積んだ冒険者だからこそ我が目を疑う光景で……。
自分が絶対だと信じていた世界が、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
馬鹿な……! カードは何があっても自分のマスターに危害を加えられないはず……。
本当はコイツのカードではなかった? いや、確かにこの目でコイツが召喚するのを確認した。コイツが召喚するのに合わせて本来のマスターが遠隔で召喚したのか? それもあり得ない。カードは手元からしか召喚できず、離れたところからの召喚は不可能だ。
混乱する俺の前で、男の首が地面へと落ちる。その瞬間、アヌビスとその存在をすっかり忘れ去られていたボアオークがその首から血を噴き出し、ロストした。
カードへのダメージのフィードバック。それは、この二枚のカードが男のカードであることを証明するものだった。
「……キャ、キャァァァァッ!」
そこで静寂を切り裂くように甲高い悲鳴が上がった。悲鳴の主は、四之宮さんだった。
俺やアンナたちと違い、彼女は正真正銘のただの女子高生だ。突然の惨殺にパニックになるのも無理はない。
だが、そんな彼女を慰める余裕は俺たちもなかった。
カードに対する絶対安全神話とも呼べる信頼……それを裏切る目の前の光景に、誰も何も言うことができなかった。
やがて、アンナがぽつりと呟く。
「……呪いの、カード」
それは、いつ頃か囁かれるようになった都市伝説だった。
ある日迷宮で手に入れた奇妙なカード。いつの間にか手持ちに紛れ込んでいた見知らぬカード。街角で怪しい女から押し付けられるように買わされた激安のカード……。
話の導入は様々だが、その過程と結末はどれも同じだ。
呪いのカードを手に入れてしまったものは、さまざまな不幸に襲われ、最後にはそのカードに殺されてしまう……というもの。
冒険者ブームの広がりとともに囁かれるようになったこの都市伝説は、迷宮とカードという得体の知れないものに対する漠然とした不安から生まれたモノとされていた。
だがそれがもし、くだらない都市伝説などではなく、れっきとした実話から生まれたモノだとしたら……?
呪いのカードにまつわる話の中には、カードに操られて家族や知人を襲う殺人鬼になってしまう……というものもある。
カードに操られる……それは俺自身も覚えのある感覚で……。
「馬鹿な……!」
頭に過った疑いを振り払う。
だが、蓮華や鈴鹿のそれは、まさに呪いのカードのそれで……。
「……おい! 一体、なんだよ、これ! ま、まさかお前らがやったのか!?」
そこで、他の救助要請でやってきた冒険者たちがやってきた。
戦慄の眼差しでこちらを見つめてくる彼らに対し、俺はこれから大変なことになりそうだ……と、どこか他人事のように思うのだった。
【Tips】呪いのカードの噂
――とあるオカルトスレより抜粋
これは、俺の友人の友人の話。冒険者をやってるソイツがある日迷宮を攻略していたら、一枚のカードが落ちているのを見つけた。他の冒険者が落としたらしいそのカードは、Cランクカードだというのに所有者登録もされていなくて、これ幸いとソイツはそれをネコババすることにした。そのカードはちょっと普通のカードとは様子が違っていて少しだけ不気味だったが、Dランクカードしか持っていなかったソイツにとって、そのカードは主力になった。
そのカードを使い始めてからしばらく経って、ソイツの周りで妙なことが起こるようになった。数日に一日くらいの間隔で、何をしていたか思い出せない日があるようになったらしい。記憶がない日の次の日は、決まって嫌なことが起きる。家の近所で虐め殺された野良猫の死体が見つかったりとか、そういうの。怖くなって病院に行っても、肉体的には問題なし。精神的なモノだろうってことになった。
そうしているうちにも、どんどん記憶がない日が増えてきた。自宅の周辺の動物の死体もどんどん増えていく。そのうち、近所で動物を殺しているのはソイツらしいという噂が立つようになった。俺はそんなはずがないと思いつつ、記憶がない日に何をしているか不安になって、自分の様子を動画でとることにした。
記憶がない日のよく朝、動画を見てみたら……そこには野良猫を殺して生のまま食べている自分の姿が映っていた。その時、カードから声が聞こえたんだ。「気づいたか……だがもう手遅れだ」……って。
俺はすぐにそれを捨てようとしたけど、そうすると意識がなくなる。もう、一か月のほどんど意識がない。なあ、俺は一体どうすれば良い……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます