第119話 指名

現在の時刻は午後十時。


駅の改札を抜けた火月は、アタルデセルに向かうため

夜の街を歩いていた。


というのも、仕事終わりにスマホを確認したら、

水樹さんから一通のメールが届いており、


『昨日のファーストペンギンの仕事について、

 対面で話したいことがあるんだけど大丈夫?』

との文面が記載してあったからだ。


今日は休日出勤だったので、帰宅途中にお店へ寄れるのは運が良かった。


地下へと続く階段を下りていくと、

いつも通り『準備中』のプレートが扉の前に掛けてあったが、

そのまま取っ手を引いて店内に入る。


ドアベルが鳴る音に気づいたのか、

カウンター横に置いてある端末を操作していた水樹がこちらを振り向く。


「お、中道君。待ってたよ!

 適当な席に座ってもらって大丈夫だから」


「わかりました」


一番奥のカウンター席に腰を下ろした火月は、

肩にかけていた鞄を隣の席に置いた。


「せっかくの休日にごめんねー。

 これ、私の奢りだから遠慮なく飲んで」


カウンターに立つ水樹から、飲み物が入ったグラスを受け取る。

おそらく烏龍茶だろう。

喉が渇いていたので半分ほど一気に飲み干すと、グラスを机の上に置いた。


「飲み物、ありがとうございます」


「いえいえ。

 中道君には、ねぎしおちゃんの件でもお世話になってるから、

 このくらいのサービスはさせて欲しいな」

水樹が屈託のない笑顔で答える。


「それで、早速本題に入りたいんですが、

 昨日出現した扉のファーストペンギンの件、

 何か情報に齟齬そごがあった感じでしょうか?

 もし自分の得た情報が間違っていたなら、今回の報酬はお返しさせて頂きます」


ファーストペンギンの仕事は、それなりに長くやっているので、

ある程度の自信はある。


だが、この世に絶対は無い。

自分の持ち帰った情報が間違っている可能性も十分あり得るのだ。


火月がこなすファーストペンギンの仕事は信用が一番大事なものであり、

だからこそ、もし自分に落ち度があった時は、

報酬は受け取らないことにしていた。


「違う違う! 全然そんな話じゃないんだよ」


そう慌てて返事をした水樹は、

今回火月を呼び出した経緯について話し始めたのだった。



――――――


――――――――――――



「付き添い……ですか?」


「うん。他の修復者から中道君ご指名の依頼があってね。

 一緒に扉に入って欲しいみたい」


昨日の記憶を辿る。


確か、扉自体は傷有り紅二の扉で、

ターゲットの怪物もそこまでレベルが高いとは感じなかった。

火月にとって初心者向けの扉という印象だった。


「ほとんど戦力にならない自分が同行しても、意味が無い気がします。

 それこそ、藤堂や要に協力を要請した方が遥かにマシかと」


「うーん、実は私も同じように提案してみたんだけど、

 どうしても納得してもらえなくてね。

 過去に中道君の情報に助けてもらった経験があるみたいで、

 君をかなり信用しているみたいだよ」


「そうなんですか」


自分のやってきた仕事が誰かの役に立っているなんて、

あまり意識したことがなかったが、

こうやって人伝ひとづてに評判を聞くと何だか少し嬉しかった。


「別にこれは強制するようなものじゃないから、

 中道君がやりたくないっていうのなら、それでも全然構わないよ。

 でも、本人の口から話を聞いた上で、

 受ける受けないの判断をしてもらうことはできないかな?」


正直、誰かにそこまで必要とされる機会なんて無かったので、

どう返答したものか困っていた。

ただ、自分の情報を信じてくれた人が喪失ロストする未来は想像したくなかった。


「……わかりました。まずはお話を聞いてみます」


「ありがとうー!

 もうすぐその人もお店に来ると思うから、少しだけ待っててね」


まさか、今日話をする予定になっているとは思わなかった。

自分がこの件について了承することも織り込み済みってことか……

相変わらず食えない人だなと思う。


五分ほど待っていると、ドアベルが鳴る。

入口付近に視線を向けると、一人の男性が店内に入って来た。


何処かで見たことがある顔だったので少し考えていると、

その男性が、今朝カタバミをくれた女の子の父親であることを思い出した。

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