第116話 距離感

「おはようございます」


パソコンの電源を入れてメールを確認していると、

声が聞こえたので顔を上げる。


すると、ジャージ姿の藤堂が出勤してきた。


休日出勤は基本的に二人体制のため、

今回のペアが彼女だったことを思い出す。


お互いに修復者として活動していることは分かっているのだが、

それ故に気まずかった。


というのも以前、一緒に扉の修復をしてから、

ただの先輩社員と後輩の関係ではなく同業者となったので、

今一距離感が掴めずにいた。


それに彼女の本性を知ってから、自分が常に監視されているような、

背中に視線を感じるようになった気がする。


なるべく周りに怪しまれないよう、普段通りに接しているつもりではあるが、

藤堂がどう思っているのかはわからない。


なんにせよ、あまり関わるのは得策ではないと判断した火月は、

モニターに視線を戻す。


「中道さん、そんな恰好で大丈夫なんですか?」


後ろを振り向くと、藤堂が怪訝そうな顔をして立っていた。


「ああ、休日出勤は私服で問題ないのは知ってる。

 でも、スーツで仕事する方が落ち着くんだ」


むしろ、藤堂の格好の方が気になった。

いくら私服が許されているとはいえ、仕事をするのにジャージはないだろう。


「お仕事をする時はスーツでも良いと思うんですけど、

 今日はごみゼロ運動の日ですよ?」


「あっ……」


藤堂に言われてハッとした。


うちの会社は社会貢献活動の一環として、

隔月に開催される地域のごみゼロ運動に参加しているのだが、

今日がそのごみゼロ運動の日だったのを完全に失念していた。


約一時間、ご近所の住民の方々と一緒に清掃活動をし、

その後会社に戻り仕事を開始するのがいつもの流れである。


なので、ごみゼロ運動がある日は基本的に汚れても良い、

動きやすい服装で来るのが暗黙の了解となっていた。


つまり何が言いたいのかと言うと、

今日に限って言えば、藤堂の服装が正しいということになる。


「もしかして、ごみゼロのこと忘れてたんですか?」


面白いネタを見つけたと言わんばかりに、

藤堂がニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。


「私、一応軍手を二双持ってきているので、良かったら、お貸ししますよ」

藤堂が自席に戻ると、リュックの中から軍手を一双いっそう取り出して手渡してきた。


「……ありがとうございます」

軍手を受け取り、感謝の言葉を述べる。


「それじゃあ、先に集合場所の公園へ向かってますね」


フロアを出ていく藤堂を見送る。

自分も遅れないようにしなければと思った火月は、

少しでも動きやすいようにとスーツの上着を脱いで、シャツのそでをまくる。

ネクタイも外し、軍手をズボンのポケットに突っ込んだ。


あまり関わらないようにと思っていた矢先に借りを作ってしまったが、

こればかりは仕方がない。


あとで飲み物でも差し入れをしようと心に決めた火月は、

小さく息を吐くとエレベーターホールへ向かって歩き始めた。

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