第114話 アルバイト

あっけにとられて二の句が継げないでいると、

クスクスと笑いながら彼女が話を続ける。


「そこまで驚かなくてもいいと思うんだけど。君、面白いね」


「自分、そんなにわかりやすい顔してたっすか?」


「うーん、何か落ち込んでいるようには見えたかな。

 新入生が今の時期に悩むとしたら、講義の内容か、人間関係か、

 お金の問題かなーって思ってね。あとは適当に言ってみただけ」


「なるほど」


よく人のことを観察しているなぁと思ったが、

それにしたってピンポイントで自分の悩みを言い当てるなんて、

流石、大学の先輩だ。


素直に感心する。


「とにかくさ、悩み事があるなら誰かに話してみてもいいんじゃないかな。

 ここはお姉さんに任せなさい!」


彼女が胸を叩く。

その表情は自信に満ち溢れていた。


確かに、上京してから誰かに話を聞いてもらう機会なんて無かったので、

この際全てを打ち明けてしまうのも良いかもしれないと思った要は、

ぽつりぽつりと身の上話を始めた。


「実は……」



――――――


――――――――――――



「そっかぁー、要君も大変だったね」


構内のベンチに座り、上京してからの話を包み隠さず打ち明けると、

彼女がうんうんと頷く。


「誰にでも得意なこと、苦手なことってあると思うの。

だから、自分の得意なことでアルバイトができたら、それが一番だよね」


「そうっすね。でも、自分の得意なことなんて……」


何一つ思いつかなかった。

強いて言うなら、惰性で続けている杖道か、人助けくらいだろう。


地元にいた時は周りに年配の方が多かったため、

よく畑の手伝いや代理で買い出しなどをやっていた。


というのも、我が家の家訓は「善因善果、刻石流水」なので、

これだけは絶対に守るようにと祖母にずっと言われ続けてきたからだ。


もちろん、今まで自分がやってきたことでお金が稼げるなら

それがベストではあるが、そんなアルバイトが存在するわけが―――。


「あるよ。要君の得意なことで稼げるバイト」


彼女がジッとこちらを見つめる。


さっきまでの人懐こい表情は消えていて、

冗談を言っているような雰囲気は一切感じなかった。


「身体を動かして多くの人を救える仕事、紹介するよ。

 詳しい話はお店で伝えるね」


ベンチから彼女が立ち上がると、振り向いて右手を差し伸べてきた。

太陽の光に反射して光る白い髪が風になびき、

その顔には微笑を浮かべていた。


都会の人は何となく怖いイメージがあったが、

自分の思い過ごしだったのかもしれない。


初対面の人間に、ここまで親切にしてくれる人がいるなんて……

と胸がいっぱいになった。


「ありがとうございます! 是非、お願いするっす!」


彼女の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。

 私の名前は水樹。

 これから宜しくね、要君」

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