第113話 大学
大学の入学式から一ヶ月が経過した。
結論から言うと、
新しくできた友人と共に講義を受け、サークル活動に
なんて夢のキャンパスライフを満喫する余裕なんてなかった。
というのも、
まず入学式直後のオリエンテーションで配布されたシラバスに目を通し、
授業概要を理解するのに一苦労。
そして、慣れないパソコン操作を駆使し、
やっとの思いで必要科目の履修登録が終わったと思ったら、
一息つく暇もなく講義が開始。
講義の内容は初めて知る用語や内容が多く、ついていくだけでも精一杯だった。
そんな状況の中で友人ができるはずもなく……。
もちろん、入学してから一週間くらいはサークルの勧誘活動なども行われていた。
いくつか気になるサークルを覗いてみたのだが、
……いや、
サークルの活動内容に関しては、さほど重要では無かったのかもしれない。
どちらかと言えば、同年代の都会の人間と田舎出身の自分を比較し、
何か引け目のようなものを感じていたのだと思う。
こんな自分が本当に馴染めるのだろうかと。
また、大学生活を送る上でお金は必要不可欠なものである。
いくらか貯金があるとはいえ、アルバイトをして生活費を稼ぐ必要があった。
上京してから直ぐにバイトの求人募集に応募し、
家の近くにある飲食チェーン店で採用が決まったのは運が良かった……
と言いたいところではあったが、現実はそう甘くない。
未経験採用と言うことで、
接客担当がメインのホールスタッフの仕事をすることになった要は、
約二週間ホールとしての業務をこなした。
注文を取るくらいなら自分にもできると思っていたのだが、
実際にやってみると想像以上に大変だった。
とくに、来店が集中するピークタイムは、次から次へと注文が入るので、
自分が取った注文をど忘れしてしまうことも少なくなかった。
その後、店長から料理を作るキッチン業務をやってみないかと提案され、
そのままキッチン担当へ変更。
レシピ通りに調理するだけなので、今度こそ自分にもできると思っていたのだが、
同時並行して調理を進めることが多々あり、
料理を駄目にしてしまった回数が十回を超えたタイミングで
店長から呼び出しを受けた。
「元気は良いんだけどね……」
苦笑する店長から一ヶ月の研修期間でバイトの打ち切りの話が出たのは、
つい昨日の出来事だ。
何か一つのことに集中してしまうと、周りが見えなくなる……
それは自分でもわかっているつもりだったが、
ここまで酷いとは思っていなかった。
とにかく、次のバイト先を見つけなければと思った要は、
小さく溜息をつき、大学構内のベンチから立ち上がると駅に向かって歩き始める。
「すみません、これ落としましたよ?」
後ろを振り向くと、白髪碧眼の女性と目が合う。
髪は肩まで伸びていて、キリっとした目つきに鼻筋が通った顔が印象的だった。
面識のない人だったが、おそらく、この大学の先輩なんだろう。
差し出された右手には見慣れた懐中時計が置いてあり、
急いでズボンのポケットの中を探る。
どうやら、自分の懐中時計を落としてしまっていたらしい。
「どうも、ありがとうございます」
懐中時計を受け取ると、
軽く会釈をして再び歩き始めようとした要だったが、直ぐに呼び止められる。
「あのー、バイト先を探しているんですか?」
ハッとして彼女の方を見る。
そこには、満面の笑みを浮かべた女性が立っていた。
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