第92話 始動
先ほどまで歩いてきた坂道を、全力で走って下る。
「火月よ、あんなものが出てくるなんて聞いておらんぞ!」
「口を動かす暇があったら、黙って足を動かせ!」
走って逃げる三人の後方から、道幅いっぱいの大きさの黒い鉄球が迫り来る。
そこまでスピードは出ていないものの、追い付かれるのは時間の問題だろう。
まさか、こんな古典的なトラップに引っかかるなんて思いもしなかった。
もう少し周りに注意を向けていれば…と後悔し始める火月だったが、
頭を振って考えを改める。
『この面子じゃ、どう足掻いても同じ結果になっていただろうな』
自分の置かれた状況を冷静に分析していると、
二十メートルほど前方に、通路へ出るための出口が見えた。
「よし、あそこまで行けば何とかなるかもしれない」
「了解じゃ、こんな所で潰されるわけにはいかないからの」
ねぎしおが返事をしたと思ったら、目的の出口付近で何かが動いているのが見えた。走りながらジッと目を凝らして観察していると、ある異変に気づく。
「まずい…。両側から出口を塞ぐように壁が動き始めたみたいだ。
このままだと、逃げ道が無くなる」
「何じゃと? とにかく急ぐのじゃ!ここに閉じ込められたらお終いじゃぞ!」
更にスピードを上げ、全力で移動する二人だったが、
その努力も虚しく、あと少しのところで完全に出口が塞がれる。
右手の短剣で塞がった壁を攻撃するが、鈍い金属音だけが響き渡った。
後ろを振り返り、向かってくる鉄球を見据える。
それなりの高さがある建物なら、
ジャンプして回避することもできたのかもしれないが、
道の高さと幅いっぱいの大きさの鉄球が転がってきている今の状況では、
何処にも逃げる場所なんてなかった。
ふと足元をみると、ねぎしおが火月の後ろに身を隠していることに気づく。
「おい、お前何やってるんだ?」
「せめてお主が我の盾となれば、
生き残れる可能性が少しは上がるかもしれないからの」
あの大きさの鉄球じゃ、いくら自分を盾にしたところで助からないだろう…
と考えていると、一緒に逃げていた要が話しかけてきた。
「お二人とも、ここは俺に任せてくれないっすか?」
要が火月とねぎしおの前に移動すると、
足元にローマ数字の時計の文字盤が浮かび上がった。
腰を落とし、その場にしゃがみ込むと、
右手で握った青竹色の懐中時計を床の文字盤の中心に向かって押し当てる。
一瞬の眩い閃光と伴に白い煙が周囲を覆い隠し、
懐中時計が4尺ほどの長さはありそうな、棍のようなものへと変貌を遂げた。
よく観察すると両端三十センチが青竹色になっており、
黒い稲妻のような模様が刻まれているのが印象的だった。
それ以外の部分は焦茶色の木目が見えたので、おそらく木製なのだろう。
要が両手で得物を構えると、右足を思いっきり前に踏み込み、
目前に迫った鉄球の中心に向かって棍を突き出したのだった。
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