第76話 喪失

買い物を済ませると、近くにあった休憩スペースに荷物を置いて一息つく。


本来であれば、直ぐに自宅へ向かうのだが、今日は違った。

というのも先ほど着信があった相手に、折り返しの電話をする必要があったからだ。


ポケットからスマホを取り出し、電話をかける。

2コール目で相手に繋がった。


「お疲れ様です。中道です」


「こんにちは、中道君。さっきは急に電話しちゃってごめんね。

 もしかして忙しかった?」


「ちょっと買い出しのために外出していただけなので、大丈夫です。

 それに、もう帰るところでしたので」


「そっかぁー。休日の外出中に申し訳ない! 今少しだけ大丈夫?」


「はい、問題ないです。もしかして、今朝出現した扉の件ですか?」


「ご名答! 勘の良さは相変わらずだね」


今から二時間前、午前八時頃に新しい扉が出たのは知っていた。

ただ、今回は自分の住んでいる場所から、それなりの距離がありそうだったので、

ファーストペンギンの仕事は諦め、買い出しに来ていたという経緯があった。


「確か、組織からのメールだと傷有り紅二の扉だったような」


一時間前に届いたメールの内容を思い出しながら話を続ける。


「もしかして、まだ誰も入っていない感じですか?」


「いや……実は、今から一時間前に一人の修復者が扉に入ってるんだよね」

水樹の声のトーンが少し下がった気がした。


「扉に入ってから、ちょうど一時間ですか…」


「うん、喪失ロストの可能性も出てきたんだ。

 最近は、ほとんど無かったから安心してたんだけど」


「なるほど…。

 要するにラストペンギンの仕事をすればいいってことでしょうか」


「そう…だね。

 中道君の能力に頼りっきりになっちゃって、

 本当に申し訳ないとは思っているんだけど、お願いできる?」


「わかりました。とりあえず、自宅に荷物を置いてから扉へ向かいます」


「いつもありがとね。

 時計の回収も大事なんだけど、身の安全第一でやってくれればいいから」


「任せて下さい。逃げることだけは、誰にも負けない自信がありますので」

その堂々たる発言に対し、苦笑する水樹の顔が電話越しでも容易に想像できた。

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