第69話 一息

淡い光となって怪物が消滅するのを確認すると、

やっとの思いで立ち上がる。


能力の時間切れによる倦怠感は、

何度経験しても慣れるものでは無いなと再認識させられる。


「大丈夫ですか?」


視線を前に向けると、

首から至極色の懐中時計を下げた藤堂が、心配そうにこちらを見上げていた。


「あ、ああ…」


いつの間にか普段通りの彼女に戻っていたので少し驚く。

あれだけの事をやっておいて、

今更仮面をつけても意味がない気がするが…。


ボーっと彼女の顔を眺めていると

「あのー、私の顔に何か付いてますか?」

と怪訝そうな顔をして聞いてきた。


「いや、何でもない。藤堂の方こそ大丈夫か?」


「はい! 

 中道さんの助言のお陰で、

 どこも怪我せずに怪物を処理することができましたから」


屈託のない笑顔を向ける彼女は、

さっきまで一緒に戦っていた人間と本当に同一人物なのだろうか。


「火月よ。貴様、さっきはよくもやってくれたな」


ねぎしおがちょこちょこと近づいて来る。

怪物が倒されたことにより、氷漬けにされていた状態が元に戻ったようだ。


「何のことだ? ちょっと思い出せない」


「この期に及んでしらを切るとは何事か! この外道め!」


プリプリと怒り始めるねぎしおを、藤堂が驚いた様子で見つめていた。


「中道さん、この子は?」


「組織から頼まれて、一時的に身柄を保護している怪物だ。

 害は無いから安心してくれ」


「へぇー! 喋る怪物なんて初めて見ました!」


即座にねぎしおを捕まえると、フワフワの身体に頬ずりを始める。


「な、なんじゃこの小娘は! 我に気安く触れるでない!」


藤堂の腕の中から逃げ出そうと、必死に藻掻もがいていたねぎしおだったが、

しっかりとホールドされていて抜け出すことができないようだ。


彼女に身体をずっと触られていたせいか、

数分後には、ぐったりした様子で地面に横たわる鶏がいた。


扉の修復が完了したことで、異界の崩壊が始まる。

まだ火月たちがいる場所まで崩壊が迫っているわけではなかったが、

ここで休んでいるわけにもいかない。


床に転がっているねぎしおを拾い上げると、

ついさっき出現したばかりの出口の扉へ向かう。


「それにしても、まさか中道さんが修復者だったなんて驚きましたよ」

隣を歩く藤堂が嬉しそうに話しかけてくる。


「それはこっちの台詞だ。こんな身近に同業者がいるとはな」


「やっぱり、報酬目当てでこの仕事を?」


「今のご時世、金を稼ぐ手段は幾らあっても困らないからな。

 そういう藤堂はどうなんだ」


「んー、内緒です」

少し考える素振りをしたかと思ったら、口元に人差し指を立てて答える。


「謎が多い女性って魅力的じゃないですか」


「はあ…。そういうもんかね」


相変わらず、よくわからない人だなと思いながら歩いていると、

出口の扉に到着した。


「それじゃあ、先に私から入っても?」


「ああ」


「ありがとうございます!

 今後も異界でお会いすることがあるかもしれませんが、

 その時はよろしくお願いしますね」


藤堂がぺこりと頭を下げる。


「本性をバラしたら、どうなるかわかってるよな」


去り際に耳元で、ドスの効いた声が聞こえる。

直ぐに顔を横に向けるが、既に彼女の姿は消えていた。


小さく溜息をついた火月は、その重い足取りで扉の前に立つ。


懐中時計が扉と呼応するように点滅を繰り返すと、

白い光が一瞬で周りを包み込んだ。

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