第26話 名前

「…お前、名前はあるのか?」

自分のことから修復者に関することまで、大方の話がついたところで

ふと気になり質問をする。


「当たり前であろう!

 我に相応しい高貴で高潔な名前が…名前があったはずなんじゃが…」

と勢いよく話し始めたと思ったら、

終いには自分の名前を思い出そうと必死に頭を捻る鶏がいた。


「…やはり、名前が思い出せぬ。

 あの箱に入っていた以前の記憶もすっぽり抜けているようじゃ…。

 ただ、我が高尚な存在であることは間違いないのじゃが…」


数分待った後に、少し落ち込んだ様子で回答が返ってきた。


人であれ、怪物であれ、自分の記憶が無くなれば

不安になるのは当たり前なのかもしれないが、

そんな状況でも自己評価だけは高いので、

その自信は一体何処から来るものなんだろうと不思議に思った。


「お前以外にも怪物はいるわけだし、

 区別する意味でも名前を決めておいた方がいいんじゃないか」

と提案をする。


「本当の名前が思い出せぬ以上、それもやむを得ぬか…。

 ならば、お主に我の名前を決める権利をやろう。

 聞いたら誰もが平伏すようなやつを頼むぞ」

とキラキラした目でこちらを見る。


今まで動物なんて飼ったことがないので、

どんな名前をつけたらいいのか全く見当がつかない。


犬や猫ならまだしも、鶏につける一般的な名前ってあるのだろうか。


やっぱり、鶏と言えばひよこを連想するし、

ピヨピヨから引っ張って「ピーちゃん」とか…。


鶏の方を一瞥し、頭を振って自分の考えを改める。


こいつのビジュアルからピーちゃんは絶対に無い。

むしろ全世界のピーちゃんに失礼な気がした。


となると可愛い系じゃない名前の方がいいだろうか…。


そういえば一週間くらい前に、

鶏肉とネギ塩ダレの相性が抜群に良いとラジオでやっていたのを思い出す。


タレの作り方も非常に簡単で、

いつか自分も試してみようと思っていたが、すっかり忘れていた。

後で冷蔵庫にメモでも残しておこうと考えていると、ハッと名案を思いついた。


「…よし、お前の名前が決まったぞ」


「意外に早かったの。それで、どんな名前なんじゃ?」


「ああ、この名前を聞いたら少なくとも俺は絶対に平伏す…」


「ほほぅ。それは良いことを聞いたな。

 常に仏頂面のお主が平伏すくらいなら、

 さぞ多くの者が我を畏怖の目で見ることになるじゃろう。

 さっさと教えるがよい」


「…わかった。お前の名前、それは…」大きく息を吸い込む。


「…それは?」期待に胸を膨らませた鶏と視線が交錯する。


だ」と自信満々に答えた。



…我ながら良い名前をつけたと思う。


なんせこいつの名前を呼ぶ度に、タレのことを思い出せるんだからな。


「ねぎしお…聞いたことのない響きじゃ。

 それは一体どんな意味があるのだ?」と鶏が疑問を投げかけてきたので

「そうだな…。要するに最高に素晴らしいってことだ」と簡潔に答える。


「うむ……。お主の言葉から嘘の空気を感じぬから、

 その意味は真であるようじゃな。ならば、名前に異論はないぞ」


鶏が言葉の真偽を判別できる力を持っていることに驚いたが、

とりあえず納得してくれたようで安心する。


まぁ、解釈は人それぞれかもしれないが、

少なくとも自分が嘘を言っていないのは事実だ。


ねぎしおが名前の由来に気づく頃には、自分の役目も終わっていることだろう。


窓の外には雲一つ無い青空が広がっていて、家の中にいても蝉の鳴き声が聞こえる。

もう夏本番というこの時期に、修復者と怪物による予測不能な共同生活が

幕を開けようとしていた。

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