第70話 死の真相

「っ仕方がなかったんだ!!!!!」


 ミケラさんの大きな叫び声が、付近一体に響き渡った。その声はどこか悲しそうで、悔しそうな叫び声だった。


「仕方がなかった…言いなりになるしか…なかった…」


 …言いなり?ミケラさんは今、言いなりになったって言った…?


「い、言いなりって、一体どういう…」


 私は反射的に言葉を発した。ミケラさんは一瞬だけ私と私の後ろのスカイ君の方を見た後、うつむきながら再び口を開いた。


「…ある日、ある人物から突然伯爵様に誘いの声がかかった…自分の手伝いをしてはくれないかと…」


 スカイ君も含め、ここにいる全員が彼の言葉に耳を傾ける。


「…だが…その手伝いの内容というのは、不正も不正だった…真面目だった伯爵様は、その申し出を断った…」


 かすかにふるえるスカイ君を、私は全身で抱きしめる。


「…そしたら奴は、私に接触してきた…このままでは伯爵家は丸ごとつぶされ、伯爵はもちろん、私も、私の仲間の臣下たちもただでは済まないと…だから…だから私は…私は…!!!」


 ミケラさんは目に涙を浮かべ、震えながらそう話した。…彼自身も、自身の行いに思うところがあるのだろう。

 そんなミケラさんの胸ぐらをジンさんが強くつかみ上げ、核心を問う質問を突き付ける。


「誰だ!!!伯爵に不正話を持ち掛けてきたって言うその人物は!!」


 ミケラさんは涙を流しながら視線を下に落とし、答えない。…けれど彼は、不意に私とスカイ君の顔を見た。それによって心境の変化があったのか、彼はゆっくりと、恐ろしそうに口を開いた。


「…公爵だ…」


 私も、ジンさんも、スカイ君も、皆がその言葉に驚愕きょうがくした。…しかしただ一人、アースだけはそれが分かっていた様子だった。


「…やはりそうか」


 アースはそう言った後、その根拠について話し始める。


「あなた宛てに送られていた伯爵の遺産の一部、あれは公爵派の貴族を経由して送られていましたね?」


 ミケラさんは観念した様子で、否定はしなかった。…ちょ、ちょっと待ってよ…それって…


「…そ、それじゃああなたは…あなたは伯爵様を裏切ったの!?」


 スカイ君とともに、私はミケラさんをにらみつける。その視線にミケラさんは、やるせなさそうな表情を浮かべ、叫び声をあげた。


「っ仕方がなかった!!!!!!」


 こぶしを握り締め、両目から涙を流しながら、いろいろな感情が入り混じった表情で叫ぶ。


「相手は帝国でナンバー2のあの公爵だぞ!!!いったい誰が逆らえるというんだ!!!」


 うなだれ、絶望の様子で言葉をしぼりだす。


「…あの勇敢ゆうかんな伯爵様でさえ、あんな事に…ううぅ…」


 ミケラさんのその悲痛な様子の前に、皆黙り込む。そして同時に、公爵への怒りの炎が沸々ふつふつと燃え上がるのを感じた。

 …この場においてはミケラさんへの追及はおいておき、私は次の質問を彼に投げかけた。…スカイ君とメイラさんにとって、絶対に知っておかなければならない事について。


「…ミケラさん。伯爵様の死の真相を、教えてください」


 ミケラさんはうつむいたまま、静かな声で私の質問に答え始める。


「…公爵は…ただでさえ金遣いが荒い上に、不正に関わる仲間の貴族たちへ、賄賂を毎日のように送っていた…だから…公爵は常にお金が不足していた…」


 そう、それはまさにイリエさんとフィーナが不審に思っていたところだ。


「…そこで公爵が考えたのが…『負債飛ばし』だ…」


「ふ、負債飛ばし…?」


 彼の口から飛び出した聞いたことのない言葉に、私は思わず言葉を繰り返す。


「…簡単な事だ…内通者を使って、自身の負債を自分と敵対する貴族に付け替えるだけのこと…例えば、公爵がどこからか借金をして負債を抱えたとする…その負債を、内通者を使って敵対貴族の名前に書き換える。すると自分は負債が帳消しになる上に、敵貴族はいつの間にか多額の負債を抱えているってトリックだ…」


 …つまり、公爵はミケラさんを脅して内通者とし、伯爵家の財政資料を彼を使って書き換えさせた。公爵の抱える莫大な負債を、伯爵が正式に受け取ったという風に。そしてそれとそのまま帳尻が合うように、公爵は自身の財政資料を書き換え、結果的に公爵と伯爵の間で負債飛ばしが成立する…公爵が湧き出るようにお金を持っている裏には、そんな非道なトリックがあったなんて…

 それを聞いたアースはさらに一歩ミケラさんに詰め寄り、言葉を放つ。


「…伯爵は、あなたと公爵によって仕立て上げられたあの完璧な財政資料を見せられて、絶望したというわけですか?」


 ミケラさんはゆっくり首を縦に振ってその質問に答えた後、説明を続ける。


「…公爵は伯爵様に…何も言わずに死ねば家族の面倒は一生見てやると約束したんだ…それで…それで伯爵様は…」


 そ、そんなひどいことが許されていいはずがない…!!!あの公爵、裏でそんな事をしていたなんて…

 彼が行った答え合わせを聞いて、私たちは全員言葉を失っていた。その沈黙はしばらくの間続き、最初にそれを破ったのはジンさんだった。


「…それで、お前ここに何しに来たんだ?まさか今更謝りに来たわけじゃないよな…?」


「…!」


 …否定しないあたり、図星なのだろう。やはり彼は皆に罪の意識を感じていて、その感情のままにここまで来たんだ。

 うつむき沈んだ表情を浮かべるミケラさんに、ジンさんが強い声をかける。


「そんな情けない表情をしてる時間はない!!戦いはまだ終わってないんだぞ!!!」


 その声に私も気持ちを高ぶられ、続けて声を上げる。


「その通りです!!本当にあなたが罪の意識を感じているのなら、あなたにはまだやらなければならないことがあります!!」


 ミケラさんだけではない。私たちもまた、今度という今度は公爵に、相応の報いを受けさせなければいけない。

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