第45話 フィーナの思い
――フィーナ視点――
…公爵様とお母様が、また終わりのない口論を繰り広げている。それを止めるすべを持たない私は、ただ隣で事の成り行きを見守ることしかできなかった。…そんな二人の様子を見ながら私は、つい先日のカーサ皇帝府長との会話を思い出す。
――数日前――
皇帝府会議の事前説明のため、皇帝府長室を訪れた私。机を挟んだ向かい側に、カーサさんが腰掛ける。
「本日ははるばるお越しいただき、誠に恐れ入ります」
非情に丁寧な口調で、私に挨拶をするカーサさん。
「お母様から話は聞いております。…私がアース様の、妃となるのだと…」
私はお母様の決めることには逆らえない。ゆえに今回も、お母様に言われたとおりに行動する。ただそれだけのこと…
そんな私に突然、カーサさんが疑問を投げる。
「それについてお話をお伺いしたいのですが…セフィリア様のそのお考えに、あなた自身はどのようにお考えなのですか?」
「…私、自身…?」
予想だにしていなかったカーサさんからの質問に、硬直してしまう。…しばらく何も答えないそんな私の姿を見て、カーサさんはさらに続ける。
「…これは私の推測ですが、あなたは今回の話に、あまり前向きではないのではありませんか?…お母様がお決めにられれた事だから、仕方なく従っている…という事ではありませんか?」
…そんなことはありませんと、否定しなければいけない…私は私の意思で、ここにいるのだと、はっきりと明言しなければいけない…
けれど、私の全てを理解しているかのようなカーサさんの優しい問いかけの言葉の前に、私は素直に首を縦に振ってしまう。私の反応を見て推測が確信に変わったであろうカーサさんは、さらに疑問を投げ続ける。
「…これまでも、そうだったのではありませんか?…お母様の決定に、あなたは逆らえなかった。…それこそ、お屋敷でエステル様を攻撃していたあの時から…」
「…」
カーサさんの言葉を聞き、あの屋敷でのある一日の出来事が、脳裏に鮮明によみがえる。
――数年前――
お姉様のお洋服をボロボロに引き裂くお母様の姿を見て、私は思わず抗議の声を上げる。
「お、お母様!?いったい何をなさっているんですの!?」
制止を訴える私の言葉に、お母様は逆上する。
「なに!?あなたもあいつの味方なの!?実の母である私を裏切るって言うの!?」
「わ、私はそんなつもりじゃ…」
なんとかお母様の心を落ち着かせようとするものの、お母様は興奮してしまっているためか、全く聞く耳を持たない。
「私の味方なら、あなたもあいつを攻撃なさい!決して死なない程度に、ともに苦しめてやるのよ!」
「で、でもそんなこと私には…」
「…できないのなら…そうねぇ、二人で一緒に仲良く知り合いの娼館ででも働いてもらおうかしら?」
「っ!?」
…想像だにしていなかったお母様の言葉の前に、私は全身が凍り付く感覚を覚えた。
「あそこはおぞましい男たちばかりが訪れるところだから、きっといい経験になるわよぉ?」
「そ、そんな事…」
「…それが嫌ならやりなさい!!っさあ早く!!」
――――
「なるほど、やはり…」
私の過去の話を聞いて、カーサさんは深いため息をつく。…その後カーサさんは、真剣な表情で私にあることを告げたのだった。
――――
…公爵様とお母様が、別室へと移っていく。部屋には私一人が残され、カーサさんに告げられたある言葉を思い出しながら、私はボソッとつぶやく。
「…無理ですよ、カーサさん…私には…そんな事…」
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