第40話 ノーベ公爵の野望

 私だけに聞こえる小さな声で、アースが説明を始めた。 


「ノーベ公爵は、すべての貴族をたばねる貴族院の院長で、かつ自身も公爵位の貴族家だ。その影響力はすさまじくて、実質的にはこの帝国中のかなりの権力を掌握しょうあくしていると言われている…言ってみれば、彼は陛下に次ぐ帝国のナンバー2…」


「な、ナンバー2…」


 そ、そんな人物がこんな所にいただなんて…もしあの公爵様が本気で私たちをつぶしにかかったなら、私たちは…


「…それにあの男、連合王国の侵攻時にはカーサと同じ攻撃派だった。その点からも、きっとカーサとの距離も近いはず…」


「そ、そんなのって…」


 これだけでも信じられないほどの情報量であるのに、アースの話はまだ終わらない。


「それだけじゃない…あの男、次期皇帝の座を狙っているという話さえあるんだ。貴族家たちはもちろんの事、馬が合って皇帝府に顔が利くカーサに、それが実現するように根回しさせているって噂まである…」


 …つまり私たちは、公爵の前に完全に詰み状態にあるという事…なんだろうか?


「このままじゃまずいな…何か手立てを考えないと…」


 …ここまで追い詰められた表情のアース、私は初めて見たかもしれない…私は自分に何かできることがないかを必死に考える。しかしそんな私たちに構わず、公爵はここで驚きの発言をする。


「みなさん、本日は参考人として、エステル様をよく知る人物に来ていただきました」


 それが合図だったのだろう。私は久方ぶりに、本能的に拒絶するその女の声を聞くこととなった。


「皆さまはじめまして、エステルの母のセフィリアでございます」


 賛成派の人たちにはもちろん、私の過去の話をしている。ゆえに皆、セフィリアに対して敵対的な視線を送る。しかしそんな視線などもろともせず、セフィリアは自分のペースを崩さない。


「私が断言します。エステルは決して、妃などにふさわしい女ではありません。ここにいる者の中で最も彼女をよく知るのは私です。その私が断言するのですから、反論などできぬはずですわ。大体この女は…」


 向こうにいた時、何度も何度もこんなやり取りがあった。私が反論しないことを良いことに、一方的に攻撃的な言葉を並べるセフィリア。幾千ものシーンが私の脳裏に呼び起される。みんなのおかげでそんな苦しい過去から解放されかけていたというのに、私の頭の中は再びセフィリアに蹂躙じゅうりんされた過去で満たされる…

 けれど、今の私にはみんながくれた勇気がある。力がある。隣に一緒にいてくれる人がいる。…一緒に、未来を約束してくれた人がいる…!!

 …その時、私の中で何かが吹っ切れた。


「黙りなさい!!!!!!」


 …急に大声を上げて立ち上がった私に、皆が驚きの視線を送る。


「…お母様、失礼を承知の上で申し上げます」


 もう、止められはしない。


「屋敷であなたが私にしてきたことをお忘れですか?あなたに頼まれて用意した食事を台無しにされたり、部屋に汚水をまかれるなんて日常茶飯事。ずっと閉じ込められていた私は屋敷の外に出られたことなんてほとんどなくて、知り合いも友達も全然できなかった…!」


 反対派の人たちを中心として、会議室が少しざわつき始める。


「ま、まあ!そんな事私はしていませんわ!勝手なことをでっちあげて私を攻撃するのはやめなさい!」


「ならば答えなさい!!あなたは今言いました!ここにいる誰よりも私の事を知っていると!では私の好きな食べ物はなんですか!私の好きな場所はどこですか!私が…心から愛する人物は誰ですか!さあ答えなさい!!」


「う…ぐっ!!」


 悔しそうな表情を浮かべるセフィリアであったが、ほんの一瞬だけ、彼女が不敵な笑みを浮かべていたことに私は気づかなかった。そして私の反論を皮切りに、賛成派の人と反対派の人が同時に声を上げ、収拾がつかなくなる。その状況のさなかで公爵は、詰めの言葉を発する。

 

「こうなってしまってはらちがあきません!!もはや、この会議の議長でもあり皇帝府長でもあられる、カーサ様に決めて頂くのがよろしいのではないか?」


 …しまった!!!最初からそれが狙いだったのか…!!

 私を煽ってあえて感情を爆発させ、議論が混乱した時を見計らってカーサさんにパスを送る…完璧に計算されたその行動の前に、私もアースも、もはや打つ手はなかった。

 会議室が一気に静まり返り、皆の視線がカーサさんに向けられる。一貫して沈黙を貫いていたカーサさんが、ついに口を開いたのだった。

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