第3話 お掃除の時間

「さあ、あがってあがって!」


 お互いに簡単な挨拶を終えた後、私は伯爵に手招きされるまま、屋敷の中へと上がり込んだ。さすがは貴族家なだけあって、屋敷自体はそこそこ大きいように感じられた。ところがそれ以上に、気になるところが私にはあった。

 まず何より、鼻をつくこの匂い。床のホコリの具合を観察するに、一応掃除は行われているようだけれど、かなり雑に行われているようだ。この屋敷の掃除担当の使用人は、かなり雑な人なんだろうか…?


「エステル?どうかした?」


 妙な表情を浮かべる私の顔が気になったのか、伯爵は私に疑問を投げてくる。私は失礼に思われないよう、それとなく情報を集めることにした。


「あの、こちらのお屋敷にはどのくらいの方が住んでいらっしゃるのですか?」


 私の質問に、伯爵は分かりやすく目を泳がせる。


「え、ええと…今は僕だけ…だね」


「へ?」


 思わず、みっともない声を出してしまう。


「ま、まぁその…いろいろあって…ははは…」


 伯爵はバツが悪そうに、苦笑いを浮かべる。その返事を聞いて、きっと私はぽかんと口を開けていたことだろう。だってそんなことがあるのだろうか?地方貴族とは言っても、貴族であることに変わりはない。人を集めることだって簡単にできるだろうし、何より家族の人は一緒じゃないんだろうか…?


「は、伯爵はお一人でこちらに…?」


 伯爵はこくんと頷き、私に返事をした。にわかには信じられないけれど、それなら確かに説明がつくかも…洗濯や掃除を伯爵が一人でやっている上に、そのどちらも伯爵が苦手としているのなら、この惨状にも納得できる…

 私は反射的に、伯爵に一つの提案を持ちかけてみる。


「伯爵!私実はお掃除が大好きなんです!早速やりたいです!」


 決して掃除が好きなわけではないけど、やり慣れているから別に嫌いでもない。何よりも、この妙な匂いを早く取り除いてしまいたかった。


「き、君が来る前にやったばかりだけど、そう言ってくれるなら…」


 やっぱり!!!!もおおおおおおお!!!!と、心の中で叫ぶ。私の予想は当たっていたようだ。キョトンとした表情を浮かべる伯爵をしり目に、私は受け取った掃除器具を手に掃除を始める。


――――


「この汚れは、乾いたぞうきんでふき取ると効果的なんですよ」


「おお!」



「こういうタイプのシミは、水でなく油で先に処理するときれいにできるんですよ」


「おお!!!」



「少し匂いがありますので、消臭剤を置きましょう」


「で、でも消臭剤はここにはなくって…」


「うーん…では、スピリの薬草はありますか?」


「も、もちろん!スピリはどこの家にもおいてあるからね」


「それが消臭剤の代用になります。布にしみこませて干しておきましょう」


「おお!!!!!」


――――


 私の掃除の動作ひとつひとつに、伯爵は感嘆の声を上げてくれた。こんなことで喜んでもらえるなんて思ってもいなかったから、なんだか私まで嬉しくなる。


「エステルは博識だね!これをどこで勉強したの?」


「い、いろいろと…」


 今度は私の方が、バツが悪そうに苦笑いで答える。自室に汚水を日常的にまかれていたから、なんて言えるはずがない…けれどあの時の経験が、早速ここで役に立ってくれたようだった。

 伯爵家はみるみるうちにピカピカになり、数時間後にはほとんどすべての汚れと匂いが取り除かれた。伯爵は相変わらず掃除は苦手なようだったけれど、懸命に一緒に掃除をしてくれた。誰かに手伝ってもらえるという経験がほとんどなかった私の心には、不思議な気持ちが湧いていた。

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