片思いの代償

 涙、先輩、僕でイルカショーを見終わった後のこと。


「私売店で買いたいものがあるから二人とも待ってて」


 涙はそう言って、水族館のグッズ売り場に駆け込んでいった。多分お目当てはぬいぐるみ。

 家族を失った後一時期涙はぬいぐるみを集めるのに凝っていた。多分家族がいない寂しさを紛らわせるために。

 僕も何個かぬいぐるみを誕生日プレゼントで送ったことがある。

 と、色々考えてしまうのは先輩と二人きりになってしまったからだ。

 片思い相手の彼氏と二人きりって気まずすぎるよ。

 でも、ある意味ちょうどいいかもしれない。聞いてみたいことがあったんだ。


「先輩さん」

「君に先輩と呼ばれると変な気分だ。あと、さんはいらない。で、なんだ委員長」

「同じセリフをお返ししますよ。とりあえず聞いてみたいことがあったんですよ」

「なんだ」

「涙のこと、愛していますか?」


 これを聞きたかった。いや聞きたいことはもっと別にあったんだけど。最初に聞く質問はこれだと決めていた。


「愛してる。と言うより、あいつ以外を好きになることはないだろうな」

「同じ穴の狢ですか」

「どういうことだ」


 先輩さんが困惑するのもよくわかる。先輩さんの反応は間違ってない。


「僕のことは、この際どうでもいいんですよ。涙を泣かせたら、僕は、貴方のことを、一生許しませんから」

「泣かせるな、は無理だろ」

「ええ、無理でしょうね。涙は感性豊かですぐに泣きますし。でも、貴方なら僕の言ってることもわかるでしょう?」


 これは先輩に対する試験のようなものだ。涙のことをどれくらい知っているのかと言う問いかけだ。もし違う答えを口にしたら、僕は認めない。


「俺はあいつの前からいなくなるつもりはない。死ぬつもりもない」

「そうですか。ならいいんですよ」


 そう、僕の求めていた答えはこれだった。涙は家族を亡くしたことで、無意識のうちに大切なものを作らないようにしていた。高校に入学してからも、僕以外に友達は作っていない。

 その涙が、彼氏を作った。大切な存在を自分で望んで作ったんだ。

 そして、涙に二度目はない。

 今度、大切なものを失ったら。涙は二度と戻ってこない。心が死ぬか、肉体が死ぬか。そのどちらかか。

 僕は、気が付いたときにはもう。涙の大切なものになっていた。

 この片思いを告げることで、僕が涙の大切なものではなくなることを知っていた。

 僕が想いを告げることで、涙が死んでしまうとわかってしまった。

 だから、僕は片思いを辞めることができなくなってしまった。


「後は二人で仲良くしててください」

「おい、まて。俺からも言いたいことが」

「先輩なら気が付いてるでしょう。僕の気持ちに」

「そうじゃ無い。ありがとう」

「何がですか?」


 なんで、この先輩は感謝なんかするんだろう。


「お前が、何も言わなかっから。俺は後輩と出会えた。だからありがとう」

「別にあなたのためじゃない。涙のためです。いえ、僕のためかもしれませんね」

「後輩のためだろう」

「言い切りますか」


 僕以上に涙のことを知っているようだ。いや、それこそ同じ穴の狢だからか。僕が先輩の気持ちがわかるように、先輩も僕の気持ちがわかるから。


「本当に、涙はいい人を選んだみたいですね。涙が帰ってくるまえに、僕は退散しますよ。涙、今日デートのつもりだったらしいですよ。最後に彼氏らいいことをしたらどうですか。どうせ、デートだと気が付いていないんでしょう」

「そうだったのか。わかった、何かする」

「後で涙から何もしなかったと聞いたときは、殴りに行きますから」


 足早に僕は、その場を立ち去った。

 もうあの場所に僕はいない方がいい。

 涙の隣に、僕はもう必要ない。

 涙を僕が守る必要はない。

 涙の心をもう守らなくていい。

 学校ではその限りではないけど。

 少なからず、学校の外は彼に任せよう。同じ人を好きになった、信頼できる人なんだから。


 水族館を出て、吐き出した息は白く。

 少しその場にとどまりながらも、虚しく空気に溶けて消えて行った。


 片思いの代償。


 それは、自分では幸せにすることができないということだ。

 どれだけ相手を思い、どれだけ相手を傷つけることはないと言っても。

 幸せにはできない。

 ただ、守ることしかできない。

 近いうちに僕はお役御免になるだろう。

 結局僕は、この片思いに別れを告げることはできなかった。

 片思いに別れを告げていないから、殴りに行くなんて言ったんだ。

 結局僕は、涙のことが好きなままだった。

 僕はなにも変わることができなかった。

 涙に彼氏ができて、涙が変わり始めて。

 僕も変われるかと、期待をしてけど。

 無理だったらしい。


「僕にも、素敵な彼氏ができるだろうか」


 自分に向けて放った言葉もまた、虚しく空気に消えた。

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片思いの代償~ボクはただ君をオモイ~ 幽美 有明 @yuubiariake

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