56.見えてはいけない人なの?

「断罪対象の特定、並びに公爵家の処罰はすべて、アルブレヒツベルガー大公に一任する」


「承知した」


 国王陛下が話はここまで、と終わらせる。膝に乗って寛いでいたシャルロッテ様が立ち上がり、夫に微笑みかけた。


「あなた、シャンパンが欲しいわ」


「それはいい」


 すぐに侍従が運んできたシャンパンを、私達は4人で飲み干す。グラスを寄せて祝杯を上げるように、微笑み合って。退場させられた元家族と元夫のことは誰も、口にしなかった。いえ、違うわね。口に出せないの。だって、うっかり共犯にされたら大変よ。


「アウエンミュラー侯爵、貴殿の土地を通行する許可をいただきたく」


「先ごろ発見された鉱山の件で」


 私がアウエンミュラーの当主である。そう認識された証のひとつ。領地に関する権益を握る私へ、さまざまな事業の話が持ち込まれた。前世がもし同じ時間軸なら、発見された鉱山は隣国に攻め込まれる。金をかけて作り上げた坑道ごと、すべて奪われた。


 あの時は国王陛下も動かなかったし、父だった男は採掘関係に金をかけて、護衛を置いていなかったわ。今回はどうしよう。悩みながらも、こういった話が出来ることを嬉しく思う。


「僕のローザ、難しい話は後にしないか?」


「ごめんなさい、ヴィル。そうね……今日は疲れたから」


 この場で決断することは危険だと思ったから、ヴィルの提案は助かった。曖昧にぼかした部分を勝手に想像するのは、貴族の得意技。疲れた理由を推測する彼らに一礼し、さっさとこの場を後にする。途中で国王夫妻に挨拶をして、控え室へ戻った。


 大公家のために用意された控え室は、誰もいない。侍女や侍従も下げた部屋は広く、静まり返っていた。


「やったわ! ありがとう、ヴィル。私だけでは無理だった」


 涙ぐむ私は、ようやく取り返せた家督と爵位に感動していた。国王陛下を動かしたヴィルの存在がなければ、どうなっていたか。リヒテンシュタイン公爵家は、第二の王家、王族の控えと呼ばれてきた。国王一家に何かあれば、王位継承権が生まれる。そんな高位貴族相手に、売られた侯爵令嬢が出来ることなんて、なかったの。


「いや、ローザが頑張ったからだ。よくあの場で耐えたね」


 人の視線が絡みつくような感覚も、裏を探る眼差しとやり取りも、すべてが勝利のため。満足した体から、力が抜けていく。興奮しきった体がぐにゃりと倒れ、膝をつきそうになった。


『おっと危ない』


 ふわりと支えられた。ヴィル? いえ、違うわ。彼は目の前にいるのに、誰かが左側から支えてる。でもこの部屋に誰もいなかったのに? 左側へ目を向けると、半透明の人影。小柄な……子どもの姿に見えた。


「ありがとう、透けてるのね」


『君、僕が見えるの!?』


 え? 見えてちゃまずいのかしら。心配になってヴィルを見ると、彼も驚いた顔で私を凝視していた。

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