40.準備の段階から大変でしたわ
夜会の招待状をもらった日から、晩餐はヴィクトール様と共に食べるようになった。遅い朝食をアンネと取り、午後にお茶と軽食で空腹を満たす。その際もヴィクトール様は仕事の都合がつけば、ほぼ毎日お茶をご一緒する。
大公家は居心地が良く、使用人達も皆優しかった。徐々にヴィクトール様との会話も増え、この頃はお茶をご一緒できないと寂しく感じる。気づけば、笑っている時間が増えた。
前世も含めて、こんなに穏やかな日々を過ごした記憶がないわ。
「今夜はいよいよ夜会です。徹底的に磨くので、お嬢様も気合を入れてください」
アンネが一番気合入ってるわね。宣言された通り、午後のお茶が終わるとすぐに入浴が待っていた。薔薇ではなく、鈴蘭の香りがする石鹸や香水が用意される。そこから全身マッサージで解された。痛みもあるけど、終わってみたら肌艶が増している。
「すごいわ」
「お嬢様はもともとお綺麗ですから。磨けばさらに光ります。自慢のお嬢様です」
得意げなアンネの言葉に、侍女達が頷いた。なんだか恥ずかしいわ。充てがわれた部屋に戻れば、着飾るための一式が運び込まれていた。
なんて綺麗なのかしら。トルソーに飾られたドレスの、あまりの美しさに息を呑んだ。滑らかな絹の光沢は、一目でそれが高級品だと分かる。細かな刺繍が施されたビスチェ部分から、体のラインを強調するような柔らかなスカートへ。スカートの刺繍は下へ向かって増え、裾は地の生地が見えないほど。
重そうなのに、手に取ったら思ったより軽くて驚いた。刺繍糸もすべて上質の絹みたい。コルセットはソフトタイプで、飲食が可能なようにと気遣ってくださったとか。ドレスを着せてもらい、最終調整を行った。
さすがにサイズを把握していない未婚女性の体に、ぴたりと合わせるのは無理よね。手慣れた様子でウエストや胸元を調整したお針子は、にっこり笑った。
「ほぼ問題ありません。どこかきつい場所はございますか?」
「いえ。平気よ、ありがとう」
一礼して下がるお針子に礼を言って、背中の編み紐を絞るアンネに合わせて椅子に腰掛けた。丁寧に引き寄せながら絞るラインが、ドレスの美しさを左右するわ。特にこういった体に合わせたデザインの服は、その差が顕著に出る。アンネと侍女の腕を信じ、私は言われるままに息を吸って姿勢を正した。
化粧が始まると目を閉じたり唇を横に引いたりと協力する。隣で若い侍女が丁寧に髪油を塗ってから編み始めた。引っ張られるんだけど、痛くはない。手際がよくて驚いた。普段から髪を編む侍女が多いから、女主人不在でも慣れているのかしら。
「お嬢様、少し前を……ありがとうございます。こちらで終わりです」
アンネの合図で目を開く。柔らかな印象を与える薄化粧の、見たことがない女性が立っていた。動くと同じように鏡の中の姿が左右に揺れる。これ、本当に私? 首を傾げたら、鏡の女性もこてりと首を傾げた。
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