第445話 最後の要請

 ローロが、メイド服を着ていた。


「……思ったより似合うな。ロングスカートで清楚系のデザインなのに」


「でっしょ~♡ ローロはとっても可愛いから、何着ても似合うんだも~ん♡」


 そんな風にローロはくるりと回る。それに、同席していたモルル、リージュの二人が「「おぉ~」」と感心して拍手していた。


 地上への帰還を果たした翌日の、午前のこと。


 俺、モルル、リージュ、ローロの四人で、地獄出発前に過ごしていた屋敷の、衣装室の隣の部屋でのことだった。


 死闘続きの地獄の日々を終えて、突如訪れた休暇である。他の面々も思い思いに過ごしている。


 それで俺はモルルに引っ張られて、この三人がわちゃわちゃと戯れる姿を眺めていた、という運びだった。


「ローロ、メイド服似合う! 可愛い!」


「そうですわね。最初はあんまり扇情的な服を着てらしたので、難しいのではと思っていたのですが……流石は元変幻自在の神、と言ったところでしょうか」


「や~だ~♡ 二人とも照れちゃうよ~!」


 モルル、リージュに褒められて、ローロは嬉しそうにくねくねしている。


 初対面では「え!? パパ、魔王連れて帰ってきちゃったの!?」「ご、ご主人様? 義理の娘がいるって話は聞いてたけど、古龍とは聞いてないよ?」とお互いあたふたしていたのが、僅か数十分前のこととはとても思えない馴染み方だ。


「……にしても、パパ、最近ハーレム入りする女の子が小さい子率高くなってきてる」


「そうですわね……。ワタクシの時期から、顕著に……」


「やめろやめろ。ローロは別にそういう感じで迎えたんじゃないし」


「違うの!?」


 ジトっとした目で見るモルル、リージュに、俺の否定に涙目になって驚くローロである。クソ、どっちの立場とっても逃げ場ないぞこれ。


 と思っていたら、リージュが言う。


「ウェイド様。ワタクシは決して、物申す意図で賛同したのではございませんわ。ワタクシの影響で幼女趣味に目覚めたのだとすれば、ワタクシからすればこの上ない名誉です」


「それもそれでどうなんだ」


「だからリージュのハーレム入りは反対だって言ったのに! パパのバカ!」


「モルル~違うんだ~許してくれぇ~!」


 俺はモルルに縋りついて許しを請う。モルルはしばらく頬を膨らませていたが、何とか機嫌を直してくれたようで、俺を抱きしめ返しながら「ふふん」と笑う。


「まぁどう転んでもモルルがパパに一番愛されてるから、許してあげる」


「っ!? ひっ、卑怯ですわよモルル! 唯一無二の娘の立場を確保してその言いぐさは!」


「モルルが最強!」


 悔しがるリージュに、勝ち誇るモルル。この二人は基本的にモルルが勝つからな、と俺はいつもの光景にほっこりする。


 そんな中に、一石を投じる存在が一人。


「え~? モルル様、娘なんて立場に甘んじてていいの~?♡」


「っ?」


 ローロの挑発に、モルルがビクリと反応する。


「な……何……? パパは一人娘のモルルにメロメロなのに、ローロ嫉妬しちゃった……?」


「にひひっ♡ 煽る割には警戒しちゃって、可愛いんだ~♡」


 言いながら、ローロはするりとモルルから俺を奪って、こんな風に言う。


「だってさ~? 娘って、つまりご主人様と親子ってことでしょ~? 親子ってことは~……こんな風に、えっちなこともできないよ~♡」


 言うなり、ローロは俺にキスをしてきた。


 しかも、舌を入れるディープな奴を。


「「「っ!?」」」


 俺、モルル、リージュの困惑を置いて、ローロは俺に一方的で煽情的なキスをする。舌が絡まり、水音が響く。ズゾゾゾとか言ってる。吸うな。


 それがたっぷり数秒間。ローロは、俺から突き飛ばされないギリギリのタイミングで口を離し、「ぷは♡」と息をして艶めかしくモルルを見る。


「こんなことできるのは~、ハーレムメンバーの特権だよ~? でも、モルル様は娘だからできないの。可哀想~♡」


「は、はわ……」


 ローロは煽るが、モルルはそれどころではない。分不相応に成長し賢くもあるのだが、生まれてまだ一年前後の幼子である。


 モルルは真っ赤になって、何も言えなくなっていた。これはモルル、ローロにやられっぱなしかもしれないな、など。


 そこで、リージュが言う。


「―――ローロ! あなた、こんな白昼で何をなさるの、はしたない!」


「えっ」


 リージュは真っ赤になりながらも、正面からローロを叱りつけた。ローロはそんな風に言われるとはつゆとも思っていなかったようで、キョトンとしている。


「いいですかしら!? そういうことは閨で行うものと相場が決まっているのです! 女の安売りは処世術としてよいものではありませんわ! あなたのためにも、恥を知りなさい!」


「え、あ、うん、ごめんなさい……」


 ちょっと呪術的視座も混ざっていそうなリージュのお叱りに、ローロはたじたじだ。貞操観念オンリーで叱られても響かなかっただろうが、理由付きだと意外に効くらしい。


 俺も教育に悪いことすんなと叱るつもりでいたのだが、これは役目を取られてしまったな、と苦笑いである。


 にしても、思ったよりもこの三人、相性がいいのかもしれない。リージュに強いモルル、モルルに強いローロ、ローロに強いリージュ……。うまいこと三竦みになっている。


 そんな風に思っていると、メイドさんが中に入ってきて、俺たちを呼んだ。


「ウェイド様、ローロ様。陛下がお呼びです」


「アレクが? 分かりました。ローロ、行くぞ」


「あ、うん♡ ってわけで、リージュ様、お叱りはまた今度~!」


「あっ、もう! 逃げないでくださいまし!」


「はわ……」


 怒り心頭のリージュ、いまだに真っ赤のまま放心しているモルルを置いて、俺とローロはメイドさんについていく。











 アレクが居るという執務室に通され、俺とローロは、アレクに向かっていた。


「おう、来たな。改めて、お帰りだウェイド。地獄はどうだったよ」


 書類に目を通してハンコを押してから、アレクは俺に目をやった。その左脇には山のような書類が積み重なり、メイドさんが忙しそうに外へと運び出している。


「ああ、ただいま。まぁ、地獄だったって感じだな……その書類の山は?」


「今ちょうど終わらせた仕事だ。皇帝ともなると仕事が積み重なっててな。カッカッカ!」


 そんな風にアレクは笑う。それから立ち上がり、「まぁ座れよ」と言いながら、長いソファに腰掛けた。


 俺たちが正面に座ると「さて」とアレクはローロに向かい、片膝をついた。


「話は聞いている。偉大なる神ロキよ、あるいは権能から離れ魔人へと転身した魔王ロキよ。こんな場での出迎えで失礼する。我が名はアレクサンドル。アレクサンドル大帝国皇帝、アレクサンドルと申すものである」


 アレクなりに最大限ローロに―――ロキに対する敬意を払った挨拶を受けて、俺たちは面食らっていた。


 それから少しして、ローロは口を開く。


「……神に対する王の敬意、か~……。―――ありがとう、何だか懐かしい気持ちになったよ。でも、普段通りに話してもらえる~? ローロはただの、ご主人様のメイドだから」


「そうか。ではそのように扱わせてもらう―――ごほんっ」


 アレクはソファに座り、いつも通りの気さくな表情で話し始めた。


「ま、何だ。ウェイドが魔王連れて帰ってきたって聞いた時は、俺もシグたちも総出で度肝を抜いたもんだが、悪意がないなら俺は大歓迎だ。ぜひゆっくりしていってくれ」


 思い出すのは昨日のこと。


『おう! 長旅ご苦労だったなみんな。……そいつは? 魔人でも連れて帰ってきたか?』


 そう、怪訝そうにアレクに聞かれて『いや、これ魔王』と返した時の皆の反応ったらなかった。


 アレクは顔から血の気を引かせて停止するし、シグは『ヘルはこんな小さいのか……? 下半身が腐っていないようだが』と首を傾げるし、ロマンたち四天王は『厳戒態勢を敷いてください!』と騒ぎ出すしで散々だった。


 結局説明で事なきを得たが、いまだにローロを見る目が戦々恐々としている人も多い。その中でアレクの反応は、かなり落ち着いている方だろう。


「……悪意はない、よな? 具体的には、ラグナロクは起こさないでくれるな?」


「地上で起こしたら、それこそご主人様に嫌われちゃうでしょ~? そんなことしないよ~!」


 ……そうでもないかもしれない。内心まだまだビビっているようだ。


 そんなやり取りを交わしていると、お互い打ち解けてきたのか、ローロがアレクにこんな質問をする。


「にひひっ。それにしてもアレク様って、ご主人様の王なんでしょ~? メイドごときにそんな親身にしたら、勘違いされちゃわな~い?」


「カッカッカ! 王っていや王だがな。実際の話、俺はウェイドの兄貴分ってくらいのもんよ。なぁウェイド?」


「アレクが王ってのは、いまだに実感わかないからな……」


「とまぁこの通りだ。アットホームな国家なんだよ」


「アットホームの規模がだいぶデカいな」


 俺とアレクのやり取りに、ローロは可笑しそうに笑っている。


「ホントに仲いいんだね~♡ それで~? 改まって挨拶ってだけ? アレク様~」


「流石はロキだ、勘がいい。と、ローロって呼ぶのがいいんだろうな。失礼した。じゃあせっかく水を向けてもらったし、ちょいと本題の話をしようか」


 アレクは傍らにあった呼び鈴を鳴らす。するとメイドが、丸めた紙を持ってくる。


 広げると、それは地図だった。巨大な城塞都市のそれ。俺は少し考え、思い至る。


「アレク様、これは~?」


「これはな、ウェイドの次の目的地、ローマン帝国、その帝都の地図だ」


 俺は顔を上げる。アレクが、ニヤリと俺を見る。


「ウェイド。お前は俺が課した三つの最強の敵の内、二つを破った。一つは約束された勝利『誓約』アーサー。もう一つは攻め入ってくる可能性があった魔王ヘル」


「ヘルは何かアイスが気付いたら倒してたけどな……」


「ふたを開けてみたら、一番の障害はロキだったってんだろ? ともかく、ラグナロクによるアレクサンドル滅亡を防いだ。大金星だ。これだけでも、公爵にふさわしい働きだ」


「公爵ねぇ……」


 実感がわかないまま、どんどん爵位が上がっていく。にしても公爵って、王族の身内みたいなところなかったか? 流石に兄貴分って話で、公爵と言い張るのは無理がある気がするが。


「全部コトが終わったら、俺の娘と結婚してやってくれ。それで晴れて公爵だ」


「嘘だろ」


「まだ八歳だが、玉のように可愛い一人娘だ。お前に託すぞ」


「待て待て待て」


 ツッコミどころが多すぎて渋滞している。


 え? 俺八歳の子と結婚すんの? いやリージュも似たような年だけど……っていうかアレク、お前そのナリで八歳の娘いんの!? 早くね!?


 ……い、いや、それでいえば、クレイも第一子が生まれるとか何とか言ってはいたけど……。異世界、諸々が早すぎる……。


「ま、その辺りの話は、全部うまくいった後だ」


 アレクは縁談を横において、本題に戻る。冗談とかではないんだろうな、今の話……。


「最後の最強……いいや、もうウェイドも分かってる頃だろうし、お為ごかしはやめるか」


 アレクは、まっすぐに俺を見る。


「今この世界を統べる、狂った『絶対』。ローマン皇帝、ユウヤ・ヒビキ・ローマンの打倒。それが、お前に託す最後の大仕事だ」


 それを聞いて、ローロがガタッと音を立てて立ち上がった。目を丸くして、ローロはアレクを見つめている。


「……それ、本当に~……?」


「ああ、本当だ。ウェイドには、ローマン皇帝に挑んでもらう」


「……そっか~……」


 言って、ローロは呆然としながら座り込んだ。俺はローロに尋ねる。


「ローロ、知ってるのか?」


「……数十年前、地獄すべての魔王を殺しまわった大勇者だよ。ヘルは閉じこもって難を逃れた。反対に、立ち向かったあらゆる魔王は、勇者ユウヤ・ヒビキに殺された」


「え、だとしても、殺されたって生き返るだろ、魔王は」


 俺が言うと、ロキは首を振った。


「大半の魔王は、あまりに凄惨に殺され続けて、塩化したんだよ。それでも生き残った魔王は、奴隷にされて連れてかれた。地獄で勇者ユウヤ・ヒビキの名を聞いて、震えあがらない魔人はいないよ~……」


「……」


 想像以上の話に、俺は絶句する。


 死なないはずの魔王に、生を飽きさせるほどの苦痛を与えて殺し尽くし、それでも死ななければ奴隷にしたというのか。


 それは、何というか……勇者とは、とても言い難い存在に聞こえるが。


「あいつを殺さなければ、俺たちは、この世界は先には進めない」


 アレクが言う。


「奴を倒すためには、あらゆるすべてをかき集めて挑む必要がある。ウェイド、お前はその中心に立つ一人だ。シグと並んで、ローマン皇帝を殺す矛になってくれ」


 アレクに言われ、俺は頷く。それからアレクはローロに向かった。


「可能なら、ローロ、お前にも力を貸してほしい。お前が極めて強力な魔術師だっていう話は、ウェイドの仲間たちからも聞いている」


「……老成した勇者ユウヤ・ヒビキ、かぁ~……。ご主人様が挑むのでもなかったら、絶対に拒否ったところだけど」


 ため息をついて、ローロは俺の腕を抱きしめる。


「仕方ないから、力を貸してあげる~! ご主人様に感謝してよね~!?」


「ああ、助かる。本当に助かる。ありがとう、二人とも」


 アレクは、そう言って深く頭を下げた。


 俺は地図に目を向けながら、想いを馳せる。


 覇権国家の大君主。狂える絶対。勇者皇帝、ユウヤ・ヒビキ・ローマン。


 ムティーでさえ、今の俺には敵わないと断言して見せた。いずれ勝てるが今ではないと。


 きっと、ボコボコにされるのだろう。まかり間違えば、殺されるような手ひどい痛手を負うかもしれない。


 だが、それ自体はいつものこと。大したことではない。


 違うのは、絶対と呼ばれるローマン皇帝よりも強いものは、もしかしたら世界のどこにもいないかもしれないという事。


 俺は思う。もしかすればローマン皇帝は、俺が挑むことができる、最後の格上の敵であるかもしれないと。


 きっと、楽しい戦いになる。戦って、強くなって、頑張って打ち倒して―――


 ――――その先は?


 俺は、背筋に冷たいものが降りるような感覚に、ぶるりと震えた。


 それが武者震いなのか、あるいはその先に訪れる未来への恐怖なのかは、俺には分からなかった。

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