第444話 地獄からの帰還

 すべてが終わってから、俺たちは諸々奔走していた。


 まず、ロキだけが地上に出るという事を、復活した大怪物三人に話す必要があった。


「……って、いう感じで~……その、あの、ついていきたいっていうか~……あの」


 ロキはその話をするのが本当に心苦しいらしく、顔を真っ青にして、冷や汗をだらだらと流して、拙い段取りで説明した。


 魔王城の廃墟の、辛うじて立てる高台。そこで連中は話していた。


 最初に声を上げたのは、フェンリルだった。


「分かった。魔王とか城下街は、俺たちが何とかしておく」


「っ、ほ、ホント!?」


 フェンリルの快諾に、ロキは目を向いて顔を上げた。するとフェンリルは、獰猛な狼の顔を笑みに緩ませる。


「何で止める必要がある。大切な家族の門出だぞ。俺も可能ならついていきたいが……地上で俺たちはデカすぎるしな」


「フェンリル~~~!」


 ロキは感涙しながら、フェンリルの鼻先を抱きしめた。すると、ヨルムンガンド、スルトもまた、同様に頷く。


「そうだな。止める理由は自分にもない。どうせ数十年もしない内に帰ってくんだろ? ウェイドさんたち連れてよ。その時にまた土産話でもしてくれや」


「ええ。数千年となると長い気がしますが、数十年程度なら、どうぞ気にせず行ってきてください。ロキ様」


「みんな~~~!」


 またも感涙して、巨大すぎるヨルムンガンド、スルトに全身で抱き着きに行くロキである。


 みんな時間感覚が人間と違い過ぎて、「魔人ってやっぱ不老不死なんだな……」と改めて実感した次第だ。ちょっと長めの旅行みたいな返事だもんな。


 ということで、ロキは晴れて向こうの家族に門出を祝われた次第である。


「さぁって。じゃあ俺たちで城下街復興、取り掛かるか」


「せっかくだし造形には凝りたいもんだね。自分、このデカさでも結構器用ですぜ。魔王城づくりは任せてくださいよ」


「我々サイズで考えると、どれだけの大きさになるんでしょうね……」


 三人はそれぞれ、そんなことを言いながら歩き出す。それだけで地響きがして、こちらを眺めていた魔人たちが、悲鳴を上げて遠ざかっていく。






 一方、迎え入れる側の家族というのも、当然に存在する。


「……ということでございまして」


 敬語で、正座で説明するのは俺だ。


 元宿屋の廃墟だった更地の上。瓦礫すら俺はぶっ壊してマイクロブラックホールにしてしまったので、何にもない更地で、俺は正座していた。


 両隣は、正座するアイス、ロキという次第である。何で俺が真ん中なんだろうと思いつつ、俺から言うのが一番丸いだろう、という考えもあって、そういう運びになった。


「なるほど、ね」


 クレイはその辺に座る岩を作り出し、その上に腰掛けてそう言った。


 口調的には、反対でも賛成でもない雰囲気だ。そもそも、クレイはロキとさほど絡みないからな。ヨルムンガンドとはあったみたいだが。


「……まぁ、反対ではない、かなぁ……?」


 そう言ったのは、トキシィだ。ほどほどにロキとも会話し、ロキからも痛い目を見させられていない絶妙な立場。ある意味ではクレイに似ているともいえる。


 その意味では、実は割と会話していて、他方ロキとガチバトルをし、かなり痛い目を見させられた人間が居る。


「……」


 そう。サンドラである。


 サンドラは、俺は知らなかったのだが、裏ではロキとかなり絡んでいて、暇なタイミングでロキを誘って遊びに出ていたらしい。


 もちろん戦闘では、バチバチに目を潰されていた。いつも仲が良かった分、衝撃があったことだろう。


 自然、答えていないサンドラに、全員の注目が集まる。


 元々師匠二人は何も言うつもりがないのか、「次どこの地獄行くか」「冥府戻るー?」と違う話をしている。


「あたしは……」


 そして、サンドラが言った。


「大賛成。ロキをメイドにする」


 大賛成だった。まぁサンドラはそうだろうなと思ってたけど。


「メイドっ?」


 そして食いつくロキである。


「みんなを様づけしてるのにメイド姿じゃないの、ずっと違和感あった。神だろうが何だろうが知らない。ロキをメイドにする。ロキのままだと仰々しいからローロって呼ぶ」


「トキシィ、サンドラが暴走し始めたから止めてくれ」


「ウェイド! 人のことサンドラ係みたいに扱わないの! っていうかサンドラ係は絶対ウェイドもそうでしょ! 旦那なんだから!」


「ぐうの音も出ないわ」


「ロキ、ううん! ローロ、メイドになりたい! あれでしょ!? たまに質屋とかで売ってる、超高級奴隷用のひらひらした可愛い服! あれ一度着てみたかったんだ~♡」


 大興奮のローロ改めロキ改めローロである。うっとりした様子で飛び跳ねるのをサンドラが回収して、らんたったと二人で踊りだす。


「今までローロが着てきたの、何か毎回えっちな奴でさ~? 可愛い形の奴、全然着られなかったから、すっごく嬉し~!」


「アレはアレで仕方ない。ローロはエロい服が似合う」


「サンドラ様に褒められて嬉し~!」


 俺とクレイがそっと目を逸らす。アイスとトキシィが苦笑している。


「じゃあ、ひとまずロキ……じゃないな。ローロを受け入れて、連れていくってのでみんないいな?」


 俺が改めて問うと、クレイ、トキシィも頷いた。


「そうだね。思ったよりも禍根は残されていないようだし、僕も賛成でいいよ。ローロちゃん、と呼ぶのが適切なのかは分からないけど、今後ともよろしく」


「ローロ! 私が忙しくてあんまり話せなかったけど、こうなったからには面倒みてあげる! ローロも家族に貢献するように!」


「はいっクレイ様、トキシィ様!」


 ぴしゃっと背筋を伸ばして返事をするローロだ。神だか魔王だかの癖に腰の低い奴である。


「じゃ、ローロは晴れて家族に迎え入れたとして……これから、実際問題の話をしようか」


 俺が口を開くと、みんなが口を閉ざし、傾聴に入る。


「やることをやった俺たちは、これから地上に戻る訳だが、城下街までの道のりの物資確保とか諸々、覚えてるか?」


 俺がみんなに問いかけると、みんなが一様に嫌そうな顔をする。


「……そうだ。またあのなっっっっっがい道のりを戻る訳だ。少人数でこのメンツだからだいぶ早くなるとは思うが、ある程度覚悟は決めておく必要が」


「は? 転移陣使えよ」


 俺がそこまで話したところで、ムティーが割り込んだ。


「……転移陣?」


「いや、バカ弟子二人のヨーギー卒業試験で、それ使って帰ったろ」


「……使えんの?」


「そりゃピリアが使えるしな。だろ? ピリア」


「使えるよーん! みんなのことはお送りしてあげるー!」


「……何で城下街来るときは使わなかったんだ?」


「いや、だって城下街の転移先情報なかったしー?」


 なるほど、行ったことのある場所なら行ける、みたいな感じらしい。


 俺が納得していると、ムティーが「お前まだ若いから初めてのニブルヘイム城下街だったもんな?」とピリアをからかっている。


「ま、そういうことだ。そこまで含めてアレクさんからの依頼だったんでな。最後にそのくらいは面倒みてやるよ」


「転移陣書くのウチなんですけどー! っていうかウチが若いんじゃなくて、ムティーが年寄り過ぎるってだけだしー。やーいおじいちゃ~ん!」


「ハッ効かねぇな。生憎とそこに数千歳が居るからな」


「……あっ、ローロのこと~っ!?」


「こいつら幼いなぁ……」


 恐らく最年少の俺が言う。同い年なのアイスだけなんだよな俺。しかも俺の方が数ヶ月後。


 ともかく、そういう話の流れになって、ピリアは魔法陣を書き始めた。鼻歌交じりでドンドン書かれていく様子を眺めながら、俺は息を吐く。


 かなり長期間の地獄めぐりだったが、終わってみればあっさりとしたものだった。地上じゃできないような大規模なことをたくさんやったなぁ、と遠い思いになる。


 ……しばらく会えてなかったみんなにも、また会えるというわけだ。


 モルル、寂しくて泣いてないかなぁ。リージュも、嫁に迎えた瞬間この長期間放置は、流石に申し訳なさがあった。他のみんなも、屋敷に置いてきてしまった。


 そんなことを考えていると、俺の両脇を、アイスとローロが挟んでくる。


「ウェイドくん……っ。その、お疲れ様、でした……!」


「ご主人様ったら一人で黄昏てる~! くすぐっちゃえ~♡」


「うわっ、はははっ、くすぐったいな。この、やり返してやる!」


「にひひひっ、ひゃっ、んぃ、ま、そこ、ダメ……♡」


「予想外にエロい反応が返ってきて引く」


 俺はドン引きの顔ですっと手を引く。「悪ノリ嫌い……?」とウルウルした目で見られて、デコピンを返した。


「俺からも、お疲れ様だ、アイス。ローロは最後の大仕事の元凶だから言わないが」


「言ってよ~! ご主人様のお疲れ様、欲しいの~♡」


「言い方よ」


 この元気さなら、いつでもどこでも馴染めるだろう。そう思うと、少し安心する。


 となると、帰還後は年少(に見える)組に、モルル、リージュときてローロが加わるのか。うおおカオスだ。何が起こってしまうんだそれは。


 そんな風に思いながら、ふと俺は、アイスにこんなことを尋ねていた。


「なぁ、何でローロを連れていきたいって思ったんだ?」


「え?」


 キョトンとするアイス。それにローロも「あ、それローロも思った~」と前にかがんでアイスを見る。


「だって、アイス様、ローロのこと結構あしらってたっていうか~? ……実は、ちょっと心配してるんだ~。ヘルと、気持ちまで同化し過ぎたんじゃないって……」


 俺はそのよく分からない話に眉を寄せつつ、アイスを見た。アイスは俺とローロの視線を受け止め、ぽつりぽつりと話し出す。


「……あしらってる風だったのは、そうかも、だけど。……元々最近は、ローロちゃんのことは、結構好きだったのは、あるよ……?」


 その答えに、ローロは「嬉し~!」とアイスに抱き着いていく。そんなローロを受け止めつつ、アイスは「それに、ね……?」とローロを撫でながら言った。


「ローロちゃんは、先輩、だから」


「……先輩?」


「うん……。ウェイドくんを幸せにする方法を思いついて、ちゃんと実行した、先輩。わたしのワガママがなければ成功してた、すごい人」


 ローロはアイスから真正面に褒められ、「そ、そうかな~……?」なんて言って照れている。「うん……っ」とアイスが、強く肯定する。


 そんな二人の姿を見ながら、俺は思う。


 ローロとの戦いで、確信してしまった。俺はきっと、みんなの考える通りに破滅を迎えるのだと。


 俺は戦いが好きだ。弱い者いじめが嫌いで、強い奴と戦うのが大好きだ。


 そして俺は、強くなるのが


 成長が早い、という領域を、とうの昔に越えてしまっている。強くなりたいと思ったら、その次の瞬間にはそれができる。


 ゲームに例えるなら、まるでスキルポイントが無数に余っているような状態。


 恐らく、次の大きな戦い―――ローマン皇帝との戦いを経て、俺は誰にも負けなくなる。


 その時から、俺はきっと、耐え続ける日々となるのだろう。楽しかった戦闘はもうこの世界にはどこにもなくなる。戦うとしても、必ず格下との戦いになってしまう。


 そしていずれ、限界が来る。


 分かるのだ。俺は戦闘が好きすぎる。戦闘に身を投じるたびに、細胞のすべてが花開くような感覚に至る。相手が強ければ強いほどその感覚は強く、弱ければ弱いほど気持ち悪さが出てくる。


 俺は戦闘に憑りつかれている。


 これは一生、治ることはないと思う。近い未来に、戦闘の楽しさが俺の中から失われると思うと、どうしようもなく怖くなる。


「みんなー! 書き終わったよー」


 ピリアの声に、俺はハッとする。それから頬を叩いて気を取り直し、「よし、じゃあ全員で帰ろう。みんないるか?」と呼びかける。


 パーティメンバーが、俺含め五人。そしてローロを足して六人。


 師匠二人は、転移陣の外で、俺たちを見つめていた。どうやら、付き添って地上に戻る気はないらしい。


「ムティー、それにピリアも、じゃあな。また会おうぜ」


 俺がそう言うと、ムティー鼻で笑って手を振った。


「さっさと帰れよバカ弟子ども。お前らがローマン皇帝に殺されなきゃ、また適当なタイミングで顔見に行ってやるよ」


「縁起でもねぇよクソ師匠」


 こんなやり取りも、これでしばらくお預けか、そう思うと少し寂しい気もしてくる。


「じゃ、みんな元気でね! 転移陣起動!」


 ピリアが転移陣に魔力を流すと、俺たちの立つ足元が光りだす。


 そのどさくさに紛れて、アイスが俺の耳元でこう囁いた。


「安心して、ね……っ。ウェイドくんは、絶対にわたしが、幸せにする、から……!」


 俺は輝く足場に照らされながら、アイスを見た。アイスは力強い笑みを浮かべて、俺を温かく見つめている。


「……ああ。その時は、よろしくな」


 俺はそっと笑い返す。そうして光が大きく輝き、俺の視界は真っ白に染め上げられた。

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