第406話 敵はスラムにあり

 ハッとした時、俺は何故か、ヘルの城の外にいた。


「なんっ、な、今、今何があった」


 周囲を見る。同じく、ヘルに向かい、なすすべなく支配領域に呑まれた仲間たちが、動揺と共にお互いに目配せしあっている。


「うぇ、ウェイド君。この状況は」


「分からん。おい、居ない奴いるか!」


 声を上げる。ここに参上した味方は、俺のパーティメンバー五人、師匠二人、あと敵にならなかったギュルヴィ一人。


 他の魔人たちは、全員、今は敵になったのだろう。


 裏切った、というのとは違う。奴らは、信念の下に敵になったのだ。


 そこで、トキシィが声を上げる。


「アイスちゃんがいない!」


「―――ッ」


 俺は息を飲む。アジナーチャクラで場所を特定する。


 一人、居城の中。それも、倒れている。


「トキシィ、ついてきてくれ! 他は待機!」


 俺は素早く命令を出して、トキシィと二人で居城に戻る。まどろっこしい壁を砕き、最初と内装がガラリと変化した居城を進む。


 そして、その先で、アイスを見つけた。


「アイスッ!!!」


 俺は我を忘れて駆け出した。そしてアイスにしがみつく。


 アイスは、血だまりの中に沈んでいた。腹部には穴と氷。恐らく攻撃に腹をやられ、しかし氷でとっさに塞いで戦ったのだろう。


「トキシィ!」


「分かってる! そんな泣きそうな顔しないの! このくらいなら、このトキシィ先生がちゃちゃっと治しちゃうんだから!」


「マジで愛してるトキシィ!」


「あーはいはい、いいから下がって! うわー、すごい血の量。でもこれアイスちゃんのじゃないね。アイスちゃんギリ息の根あるけど、これじゃ致死量超えてるし」


 トキシィは、ブツブツ気になることを言いながら、アイスの腹に開いた穴に手を突っ込んで、ベリッと氷を剥がした。それからヒュドラを出現させ、薬液をぶっかける。


「んで、縫合して、……っと! よし、息はあるね? 再生も、うん、スムーズ」


 俺はハラハラしながら、トキシィの肩口からアイスの様子を見る。アイスの腹部は、薬液のお蔭なのか、見る見るうちに塞がっていった。


「トキシィ~~~!」


「はい、泣かないの! ホント家族想いというか、私たちが弱点過ぎるというか……」


 ボロボロに泣く俺の頭をポンポンと撫でて、慰めるトキシィ。俺は涙をぬぐいながら、ソワソワしつつ問いかける。


「アイス、大丈夫だよな? 死なないよな?」


「死なないよ。意識失ってからすぐだったのが良かったね。何か思ったより胃が膨れてたのが気になったけど。朝ごはんあんなに食べてたかな」


「良゛がっだ~~~! アイスが死ななくて、本当に゛、良゛がっだ~~~!」


「ほら! 亭主ならドンと構える! アイスちゃんはもう動かして大丈夫だから、ウェイドが背負って!」


「背負う……!」


 俺は涙をぬぐいながら、アイスのことを背負った。アイスはトキシィの手当てで無事何とかなったらしく、俺の背中でスースーと安定した寝息を立てている。


「……っていうか、さ。俺たちが支配領域に呑まれたのに何とかなってるのって」


「アイスちゃんだろうね。何をどうしたのか分からないけど、助けられちゃったな。流石アイスちゃんだよ」


 単独で、魔王ヘルを破ったのか。そう思うと、俺はアイスに対してとてつもない尊敬の念を抱いてしまう。


 俺とサンドラが同時に仕掛けて、簡単に躱されたヘル。それを、どんな経緯であれ、単独で倒すとは。


「……でも、そのヘルはどこにいるんだ? 死んだら復活してるだろうし、死んでないはずなんだが」


「さぁ? 警戒はしなきゃだけど、今は仕掛けてくる気配もないし、何より時間がないから」


「そう、か。そうだな。ローロがゲームとかふざけたこと言って逃げたばっかりだ。あいつら捕まえて、説教してやらんと」


 俺が口をへの字に曲げて言うと「ああ、あんな感じのこと言われても、まだ説教で済むんだ、ウェイド」とトキシィが苦笑する。


 それに俺は、キョトンとして言った。


「まぁ、みんながたまにやる、ちょっと怖いノリとそんなに変わんないし」


「待って」


「よし、じゃあみんなと合流して、ローロたち探そう」


「本当に待って」


 汗だらだらで焦った顔のトキシィを置いて、俺は居城を脱出する。


 開けた大穴まで戻り、重力魔法で跳躍、着地。「戻ったぞ」と告げれば、みんなの注目が集まる。


 そこで、師匠二人が近づいてきた。ムティーが、淡々と俺に言う。


「ウェイド。オレたちは別行動をとる。いいな?」


「……理由だけ聞かせてくれ」


「集まって動いて、纏めて殺されたら困るからだ。ヘルにいいようにやられて分かった。今回の魔王退治は、『弱い者いじめ』にはならん」


 ムティーが真顔で言うだけで、緩んでいた緊張が戻ってくる。俺の中で、じりじりと久しぶりの感覚が湧き上がってくる。


「それに、いくつか気になることがあってな。その調査もする予定だ。都度問題があれば連絡する。お前の戦況も何となく見ておくから、困ったら言え」


「分かった。うまくやってくれ」


「おう。あと、にはオレが礼を言ってたって伝えとけ」


 ムティーの言葉に、俺は目を丸くする。


 最近分かったことだが、ムティーは認めた相手じゃないと名前を呼ばない。それだけ、ヘルを単独で倒したアイスに対して敬意を持ったのだろう。


「了解」


「ああ、じゃあな」


「じゃね! ピンチの時には駆けつけるよー!」


 ムティーとピリアが、素早く去っていく。それをさっと見送ってから、俺は言った。


「ヘルの所為で時間を取られた。さっさとあいつらを見つけて捕まえるぞ」


「そうだね。でも、どうやって探すんだい? アイスさんは気絶してるし、ウェイド君も魔王に邪魔されるとか言ってなかったかな」


「実はその魔王の邪魔、最近取り除いたばっかでな」


 クレイの疑問に、ニヤリ笑って俺は答える。それから、「ブラフマン」と起動した。


 第二の瞳、アジナーチャクラ。多くを見通す拡張された知覚能力。


 わずかでも関わった相手ならば、瞬時に距離を超越して見通すことができる。縁の深いローロたちなら、なおさらだ。


 俺はすぐさまローロたちを見つける。ローロたちは四人で、廃墟の続く中、何者かを追っている。


 ローロは、最後のピースと呼んでいた、追い詰めるべき相手。それは―――


「キリエたち……?」


「なんと」


 サンドラが声を上げる。俺は、さらに状況を注視した。


 クライナーツィルクスの三人と、もう一人。漆黒の肌をした女性が、三人を庇いながら廃墟を駆け抜けているようだった。


 だがその抵抗も、今の強くなったローロたち四人には通じない。時間が経てば、いずれ負けて取り込まれるだろう。


 俺は驚きつつも、「そうか」と何となく納得感を覚えた。


 キリエが、ローロと似ている、とは何となく思っていた。思えば、頬に鱗の巨人ガンド、獣人少女のリィルも、蛇に狼と、ヨルムンガンドやフェンリルに通じている。


 俺は事態を理解して、みんなに告げる。


「ローロたちは、キリエたちクライナーツィルクスを追っているらしい。だから先回りして保護すれば、ローロたちに一歩優位を取れ――――」


 そこで。


 ローロが、俺のアジナーチャクラに気付いた。


『ご主人様~? のぞき見は、ダ~メ♡』


 ローロの手がアジナーチャクラに伸びる。そして、掴まれた。


 アジナーチャクラが、握りつぶされる。俺の目が、激しく出血する。


「ウェイドっ!?」


「大丈夫! ローロに気付かれただけだ! けど、代わりに詳細な場所はしばらく分からなくなった!」


 俺は目からあふれ出た血をぬぐいながら、みんなに告げる。


「スラムだ! ローロたちは今、スラムにいる! さっさと見つけてとっ捕まえるぞ!」


「「「「了解!」」」」


 クレイ、トキシィ、サンドラ、そしてギュルヴィの声が上がる。


 急ごう。ヘルを通じて分かった。今回の戦いは、決して油断してはならないものとなる。

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