第403話 ゲームが始まる

 ローロの言葉に、場が一触即発の雰囲気になる。


 だが、この場でぶつかる、という事態になる前に、ローロはこんなことを言いだした。


「でね? ここからは、ゲームの説明~♡」


 ローロの言葉に、俺はどこか、団長キエロを想起する。


「こんな風に言われても、ご主人様は納得しないでしょ~? だから、ここからはゲームにしま~す♡」


「お前、何言って」


「ルールは簡単♡ ローロたちは、ヘルを除いて、全員まだ。揃ってない状態なら、多分ご主人様たちの方が強いでしょ?」


 だから~♡ とローロは続ける。


「ローロたちは、『最後のピース』を揃えに城下街に探しに行く。ここは北欧神話圏。最後のピースが揃えば、ローロたちは、ご主人様たちでも手に負えないくらい強くなる」


 だよ、とローロは言った。


「ローロたちは『最後のピース』を、ご主人様たちはローロたちを追いかける鬼ごっこ。勝利条件は戦って勝つことだけ。後は何をしてもいい、自由な鬼ごっこ」


 言われ、俺たちは意識を集中させる。俺はローロに問う。


「……ローロ、お前、俺たちのこと舐めてるのか? そんな風に言われて、俺たちがお前らを取り逃がすと思ってんのかよ」


「にひひっ♡ 思ってるよ~! だってこっちには、たった一柱でも、のがいるからね~♡」


 ローロはくるりと回って、玉座に座るヘルの肩を叩いた。


「ってことで、ヘル、よろしく♡」


 言うが早いか、ローロたちは揃って、謁見の間の窓から飛び出していってしまう。


 それを咄嗟に追おうとした瞬間、強烈な殺気に当てられ、俺たちは動けなくなった。


「……お父様は、昔から本当に勝手な人。でも、仕方がありません。あんな人でも、愛する家族なのですから」


 ため息をつきながら、魔王ヘルが立ち上がる。アイスとそっくりな姿をした少女の魔王。だがその腐敗した足は、立ち上がると同時に、ぐじゅ、と潰れる。


「そして、お客人の皆様には、失礼いたします。父はあのように言っていましたが、そのような形にはならないかと存じます。何せ―――」


 ヘルは手の内に、煌びやかな砂時計を手にしていた。砂が細かい氷の粒で出来た、クリスタルのような砂時計を。


「わたしが皆様を、屠ることになりますので」


 そこで走る強烈な怖気。我を忘れて、俺は走り出していた。


 振るうはデュランダル。第二の頭脳サハスラーラチャクラで纏うは切断の概念。大抵の概念防御ごと、極限の威力を有した一撃で、ヘルを仕留めに掛かる。


 同時に、サンドラも飛び出していた。手に雷を纏い、チャクラを複数同時稼働させて、一撃でヘルを殺そうとしていた。


 だがヘルは消えた。


 俺とサンドラが到底ついていけないほどの速さで、俺たちの背後に移動していた。


「支配領域」


 俺たちは振り返る。


 ヘルは俺たちに背中を向けながら、手に持った砂時計―――否。器も砂も、氷で作り出した『氷時計』を強い力で掴む。


 氷時計に、ピシピシ、とひびが入る。マズイ。俺たちは咄嗟に反転して襲い掛かろうとするが、しかし、遅かった。




「―――『時さえ凍りつくわたしの地獄ヘルヘイム』」


 言葉と同時に、氷時計が砕ける。




 瞬間、氷時計を起点に支配領域が広がった。一瞬で展開され、一瞬で閉ざされた支配領域。その、時すら凍り付かせるような強烈な冷気に、俺は悟った。


 負けた、と。











 ヘルは支配領域を展開し終えて、息を吐いた。


 そこにあるのは、ただ、氷の彫刻ばかり。父ロキが好きになったと語る、人間たち。


 ヘルの支配領域は、時を凍り付かせるもの。展開した支配領域内に限り、自分以外のあらゆるすべてを停止させる。


 この支配領域に抗える者はいない。ヘルはこのニブルヘイムを治める女王。ここでもっとも強い神であり魔王。あらゆる神が、この環境ではヘルよりも弱い。


 あとは、この者たちを適当に殺して回るだけ。それで父ロキの思惑は達成される。父は何やら、もっと楽しいことを考えていたようだったけれど。


「そちらの方が、きっと大変ですもの。ここで終わらせてしまいましょう。……あら?」


 そこで、ヘルは気づく。違和感。この凍り付いた時の中で、ヘルは視線を感じていた。


 視線を放つ者が、口を開く。


「こうなることは、予想して、ました……っ」


 その人物は、一歩前に出る。それに、ヘルは目を見開く。


「……あなたは、何故、ヘルヘイムの中で動けるのでしょう。それに、先ほどは気づきませんでしたが、その容姿、わたしと……」


「邪神召喚の儀での失敗をピリアさんに相談したら、こう説明、されました。『半死半生の神を呼ぼうとして、召喚に失敗した』と。『代わりによく似た、生きた魔法印保持者がいたから、世界がその情報を写し取って代替物とした』と」


 ヘルにそっくりな姿をした、真っ白な髪の少女。彼女は、冷徹な目でヘルに対面する。


「その瞬間、世界からわたしは、あなたと同一視されたん、です。ですから唯一、この支配領域の影響を、受けないでいられる」


「……魔法印。あなたは、じゃあ」


 少女は、手の甲をヘルに見せてくる。ヘルの魔法印。それも、完成に近いところまで成長している。


「魔王ヘル。わたしが、あなたを破ります」


 少女の周囲に、氷で出来た兵士たちが現れる。ヘルは僅かに笑い、言った。


「できるものなら、どうぞご自由に」


 ヘルは、力を振るう。

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