第398話 祝杯と

 結局、誰も残されていないし支配領域は解かれているしで、俺たちはさっさと時計塔に掛かった魔王城の保護を解いて、帰路についていた。


 時間はすっかり夜。キエロが消えたせいで、魔王軍も俺たちが雇った魔人も知っちゃかめっちゃかで、しばらくは魔王軍もマヒ状態が続くだろう。


 それでなくとも、将軍とされる三人の内、二人はスールがどうにかしたという。しかも、懸念材料の姉一人はその後消息知れず。


 だから、もはや俺たちの前には、魔王しか敵は残されていない、と考えてもいいはずだ。


「さて、全部終わったし祝杯だな!」


 そんなことを考えていたら、ギュルヴィに誘われて、家に帰る前に祝杯という形になった。


 二人だけで先にするのはどうか、と少し迷いはしたのだが「何だぁ~? 借りは返してくれないってのか~?」と言われれば俺も弱い。二人で一足先に祝杯となった。


 ギュルヴィはもう、容赦なく酒だ飯だとかきこんだ。俺は懐が心配になりつつも、二人で大いに盛り上がった。


 さて、食べ終わって飯屋から再び帰路につきつつ、俺はギュルヴィに文句を垂れていた。


「おいギュルヴィ、何で奢った。俺が奢って貸し借りなしって話じゃなかったかおい」


「あ~~~? んなこたぁ忘れた~~~! はっはっはっは!」


 ギュルヴィは赤ら顔の千鳥足で、比較的混乱の少ないバザールの大通りを歩く。まだ魔王軍の麻痺を知らない魔人たちは、大通りでは騒ぎを起こさず歩いている。


「クソぉ~……! ギュルヴィから借りが増えるばっかりだ! お前! いつ返させてくれるんだ! お前から借りてばっかりで、俺はいつ返せばいいんだ!」


「はっはっはっは! はーっはっはっはっは!」


「わーらーうーなー!」


 酔っぱらった俺は、よく分からないテンションのまま、千鳥足のギュルヴィをゆする。ギュルヴィはゆすられて高笑いを上げ、何だか俺も楽しくなってくる。


「はははっ、あははははははっ!」


「はっはっはっはっは!」


 最終的には全部どうでもよくなって、俺とギュルヴィは肩を組みあって、大股でバザールの大通りを闊歩していた。


 そうしていると、気付いたら拠点としている宿が目の前にあって、俺たちは二人して「ただいまー!」「おかえりー!」と言い合いながら、宿の入り口に倒れこむ。


「わっ、ウェイド帰ってきた! えっ、その人誰?」


「トキシィちゃん、さっき話した、ギュルヴィさんっていう……ウェイドくんの、友達……?」


「すごい酒臭い」


 嫁三人が俺の帰宅に気付いて、わちゃわちゃと寄ってくる。俺はへべれけのまま顔を上げて―――


「そうだ! サンドラ! お前腕大丈夫なのか!?」


 俺はハッとして立ち上がる。サンドラは五体満足な姿で、無表情のままどや顔をして言った。


「あたしは最強」


「うぉぉおおおおお! サンドラ! ってことは~? アナハタチャクラも~?」


「習得した」


「サンドラ最強! サンドラ最強!」


「サンドラちゃん最強サンドラちゃん最強!」


 俺とギュルヴィで、拳で何度も天を突きながら、サンドラ最強と唱える。サンドラは気分を良くしたのか、俺たちと同じく「あたし最強」と言いながら踊りだす。


「酔っ払いが三人に増えた……」


「トキシィちゃん……、サンドラちゃんは、一滴も飲んでない、よ……っ」


「その方が性質悪いって! ああもう! 酔っぱらいは散って! 別の部屋に隔離するよ! アイスちゃん準備して!」


「う、うん……!」


 そんな訳で、俺はギュルヴィ、サンドラと引きはがされて、自室へと運ばれていった。


 俺は運ばれながら、丁寧に俺を抱える氷兵の胸元に頬をくっつけつつ、感想を一つ。


「アイスの氷兵、ひんやりする~」


「ごめん、ね……っ。ウェイドくん、結構重いから、わたしが運ぶよりは、こっちの方が安全かな、って……」


 アイスは氷兵に俺をお姫様抱っこさせつつ、その後ろからついてきて声をかけてくれる。


「つべたい……かき氷食べたい……」


「ウェイドくん、けっこう飲んだんだね……っ。うん、祝杯を楽しんだみたいで、よかった……!」


 アイスは俺に声を掛けながら部屋まで運んでくれて、そのままベッドの上に安置した。俺はそろそろ視界がぐるぐる回り始めていたので、「あ~……」と唸る。


「アナハタチャクラで……酔いを克服したっていい……したっていいが……しなくてもいい!」


「ウェイドくん、お水持ってくるから、大人しく待っててね……?」


「待ってます!」


「過去一番で酔ってる……。早く持ってこなきゃ」


 パタパタと、アイスが部屋から出ていく。俺は暇を持て余し、ベッドの上でグラグラと左右に揺れる。


 すると、アイスに変わってローロが現れた。


「にひひっ♡ ご主人様、滅茶苦茶酔って帰ってきたって聞いたよ~? うっわ~♡ お顔真っ赤~! ご主人様ってこんなに酔うんだ~!」


「ローロ! 今日は怪我とかしなかったかー!?」


「しなかったよ~? え~♡ ご主人様、ローロの心配してくれるの~? 魔人なんだから、死んでもすぐ復活するのに~」


 可笑しそうに笑うローロに、俺は断言した。


「する! 何故なら、ローロは見てて危なっかしいからだ!」


「……えっと、その、正面から心配するって言われちゃうと、ちょっと照れちゃうっていうか……」


「するったらする! お前は可愛いんだから、もっと自分を大切にしろ!」


「……かわ、いい……」


 ローロは目を右往左往させ、人差し指を合わせながら、顔を赤くする。


 俺は言った。


「ローロものんでたのか……なかなかのあかさだ……」


「えっ!? いやあの、これはちが、いや、そう! ろ、ローロも~! たくさん飲んで酔っ払っちゃった~!」


 ローロは言いながら、俺に向かってダイブしてきた。俺は良く分からないまま受け止めて、そのままローロを抱きかかえる。


「わ、ご主人様、ムキムキ……あでもお酒臭い」


「きょうは……みんなとってもセンカをあげてたので……いまからしゅくはいをする……」


「え~、絶対無理だって~。やめよ? ほら~、今日はこのまま~、ローロと一緒にスヤスヤ眠っちゃお~?」


「するったら……する……みなのもの……さけをもったか……」


 言いながら、俺は何となくまぶたを下ろした。まだまだ騒げるのだが、落ち着いていてもいい気がしてくる。


「……ご主人様、寝ちゃった……?」


「……」


「にひひっ♡ ご主人様、かわい~……。こんな顔もするんだね~……。やっぱりさ~……ローロは、間違ってなかったなって、思っちゃう……」


「……」


「ね、ご主人様……。ローロ、真剣に、ご主人様と一緒になりたいな……♡ もちろん、みんなとも一緒に、ね……。みんなで、幸せな家族になりたいなって、思うの……」


「……」


「だから~……楽しみにしててね……? ローロ、ちゃんとご主人様のこと……幸せにしてあげるから……♡」


 ちゅっ、という音と、唇に短い間隔。それから、腕の中から小さな温かさが抜けていった。俺はそのまま、静かに意識を落としていく。

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