第396話 克己

 ギュルヴィは偽ウェイドと向かい合いながら、作戦を思い出していた。


「何だったか……。ニセモンが『ブラフマン』とか言いだそうとしたら、全力で邪魔すればいいんだったな?」


 そうすれば、偽ウェイドが本物を見つけることはない。そう本物ウェイドは言っていた。


 あとは、生き残ることを優先してくれればいい、と。残りはすべて俺がやるから、と。


「簡単だな。俺を舐めてやがるのかアイツは」


 ギュルヴィは口を曲げて、潰れた家屋の上に立つ偽ウェイドを見つめた。


 偽ウェイドは、ギュルヴィをじっと見下ろしていた。隙を見出そうとしているのか、あるいは。


 それから、口を開く。


「ブラフ」「なるほどなぁ! こういうことかぁッ!」


 ギュルヴィは咄嗟に竜巻を起こして、ニセモノを攻撃した。ニセモノは一瞬口を閉ざして回避し、再び「ブラフマ」と口を開く。


 だが、ギュルヴィもそれが分かっている。だからさらに竜巻を起こして素早く肉薄し、ニセモノの至近距離から攻撃を放った。


「聞かねぇ奴だな。そんな奴には、こうだ」


 竜巻に火を灯す。起こるは、轟炎の嵐だ。


「ッ?」


 回避不可能な大攻撃を食らって、ニセモノは吹き飛んだ。


 生身の人間が食らえば、全身散り散りになって炭化する。そう言う威力の攻撃。


 しかし奴の周囲には、弾く魔法が掛かっているのか、わずかに服と毛先を焦がす程度に落ち着いた。


「チッ、中々硬い守りを持ってんじゃねぇか……」


「……ギュルヴィ、今の攻撃……」


 ニセモノは、何かに気付いたような目つきで、ギュルヴィを見つめている。ギュルヴィは少し考え、ニセモノなら構わないか、と気にしない。


「なら、そうだな。避けてきた手段を、いくつか使っちまおう」


 拳を握りこむ。纏うは三つの属性。岩、氷、そして嵐。


「ウェイド、お前と拳をぶつけ合って勝てると思うほど驕っちゃいねぇが」


 ニィ、とギュルヴィは笑う。


「この三つなら、その防御くらいは破れんだろ」


 肉薄。風を伴った急接近に続き、ギュルヴィは拳を叩き込む。


「――――ッ」


 それにニセモノは、硬直した。ギュルヴィは弾く力を感じながらも、魔力でどうにかゴリ押しで貫通させる。


 直撃。かに見えた次の瞬間、ニセモノはギリギリで回避した。ギュルヴィの拳は嵐を伴い、ニセモノの服と薄皮を破り、凍らせ体を脆くする。


「まだまだ連打で行くぞぉニセモノッ!」


 ギュルヴィは一転攻勢で、ニセモノに連打を叩き込む。ニセモノは隙を突いてブラフマン、と言おうとするが、回避の難度に言い切れず口を閉ざす。


「あぁっ! 流石にうぜぇぞギュルヴィ!」


 ニセモノが拳を放つ。その威力をギュルヴィは知っている。だから必死で回避した。「あっぶねぇ!」と叫びながら避け、カウンターを放つ。しかしニセモノも回避。


「おせぇんだよ! この程度回避できないと思ったかギュルヴィ!」


 ブラフマン、という文言を言うのを半ば諦めたのか、ニセモノの動きが素早くなり始める。これはマズイか? と思いつつ、ギュルヴィはギリギリを攻めた。


 連打、連打、連打! ギュルヴィも百戦錬磨。引き際がどこかはわきまえている。そしてそれはここではない。まだ攻められる。もっと、もっと、もっと―――


「おい」


 そしてニセモノが声のトーンを落とした瞬間、ギュルヴィは引き際を感じ取った。


「いい加減にしろ、この―――っ!?」


「あーばよっ! じゃあなニセモノ!」


「あっ、テメッ、待ておい!」


 ギュルヴィは反転して、一気に距離を取った。だが完全には取らず、ある程度離れたところで踵を返す。


 そんなギュルヴィに、ニセモノは苛立ち始めているのが分かった。舌を打って、「ならよぉ……」と左手を構える。


「これなら……どうだぁっ!」


 ニセモノが左手を叩く。大量の結晶の剣が放出される。


「オブジェクトポイントチェンジ! これから逃げられるかギュルヴィ!」


「ハッ! ニセモノぉ! お前!?」


 ギュルヴィは懐に手を突っ込む。中から取り出されたのは、明らかに懐の中に収まるサイズではない、一振りの剣。


 それは、おどろおどろしい剣だった。真っ赤に染まり、棘がいくつも生えている。ギュルヴィの構えと共に伸縮し、そして鞭のようにうなりを上げて振るわれる。


「ホンモノにはあんまり見られたくないんでね。さっさとこれは潰しちまうぜ」


 ―――生き剣、ブラッディメアリ。


 ギュルヴィによって振るわれた禍々しい剣が、瞬時に結晶剣のすべてを破壊する。結晶の破片の中でさらに逃亡するギュルヴィに、ニセモノは唸る。


「これでもうあの結晶の剣は出さんだろ。サッサとしまっちまおう」


 一方逃げつつも、ちょっとビクビクしながらギュルヴィは剣をしまう。見られてないよな? と周囲を見るが、今のところ本物のウェイドの動きは見られない。


 ニセモノは、そんなギュルヴィを追ってきた。ギュルヴィは「よし」と呟いて、さらに離れる。


「はっはっは! おーにさーんこっちらてなァッ!」


 挑発を交えて、火の竜巻で攻撃する。ニセモノの弾く力の守りは貫通できないが、目くらましと挑発効果はある。


 果たして、ニセモノは怒り心頭という様子だった。大剣を振るって火の竜巻を打ち払い、ブチギレ笑顔でギュルヴィを睨みつけている。


「よーし、よーし……! よく分かった。なら、乗ってやるさ。ギュルヴィ、お前の実力の底は見たいと思ってたんでな……!」


 ニセモノは大きく息を吐く。冷静さを取り戻す。


 その鋭い殺意はギュルヴィを貫いた。全力で逃げようと考えても、逃げきれないと悟らせてくる。


 つまりは、ここだ。


 ここが、だ。


「うまくやれよ、ウェイド」


「とうとう俺を意識から外したなぁニセモノ野郎ぉぉぉおおおおおおお!」


 ニセモノはギュルヴィに集中した。つまり本物のウェイドを意識から外したという事。


 そこに、塔と見紛うほどの巨大な大剣が、目にも止まらない速度で振り下ろされる。











 ギュルヴィに頼んだのは、アジナーチャクラを使われそうだったら、徹底的に邪魔してくれ、という事だった。


 後は生き延びることを優先してくれればいい。それだけやってくれれば、どうにかする、と。


「ギュルヴィを信じよう」


 そう独り言ちて、ギュルヴィとニセモノの戦いを、俺は遠巻きに見守っていた。


 俺が一度逃げる、というのは、ギュルヴィの案だった。


 俺と俺との戦いで、俺が自分から逃げるという発想は出ない。というか、俺自身に逃げるという考えが生涯を通してあんまりない。


『だからだよ。お前は、自分が逃げたと知ったら動揺する。策があると信じて警戒を続ける。だから俺相手には全力を出し切れないし、集中力は散りっぱなしになる』


 ギュルヴィは、そう語った。実際、遠巻きに見ている今でも、ニセモノの動きは精彩を欠いていた。


 つまり、ギュルヴィの策は見事にハマッたということだ。そして、ここからが勝ちに行く戦いになる。


「狙い目は……警戒疲れだな」


 俺は自分のことが分かっている。トキシィをパーティに迎えた直後は、よく「猪」と呼ばれたくらい猪突猛進。根本的に、目の前の敵に集中したいタイプだ。


 だから、ギュルヴィと戦いながら、俺のことを警戒し続ける、というのには向かない。絶対に途中で飽きる。ギュルヴィと真剣にバトりたい、と考えにどんどん傾いていく。


 そして意識が完全にギュルヴィに傾いた瞬間を突く。そこを大技で突ければ、あとは勢いで押し切れる。


 そして、それが今だった。


「ここがお前の死に場所だぁぁぁあああ!」


「うぉぉおおおおおおおおおおおおお!?」


 俺はデュランダルを振り下ろし、ニセモノを両断していた。重力魔法をフルで掛け、武器単体での形状操作を加えたデュランダルは、リポーションを簡単に打ち破る。


 だが、一度両断した程度では、意味がない。アナハタチャクラがある限り、俺は無限に生き返り続ける。


 そして。


 俺はそういう概念攻撃として、かなり強い魔法を有していた。


「ディープグラヴィティ」


 指差しと詠唱一つで、ニセモノの中のアナハタチャクラが砕け散る。ニセモノは慌ててチャクラを復活させようとするが、そうはいかない。


「ぶらふま」「させねぇって言ったよなぁ!」


 ギュルヴィの炎の竜巻が、ニセモノの真言を押し流す。リポーションに守られていても、わずかな隙を作り出す。


 そこに、俺は飛び込んだ。リポーションがある限り、俺は火の竜巻を食らわない。だから轟炎に飛び込んで、ニセモノに肉薄できる!


「よぉニセモノ! トドメを刺しに来たぜ!」


「ぐっ、テメェっ!」


 ニセモノは肩口から右半身を失っていてなお、手甲のデュランダルで拳を放った。俺はそれを回避し、ニセモノの頭を打ち砕く。


「がふぁ……!」


「おっと忘れてたな! ディープグラヴィティ!」


 アジナーチャクラ、サハスラーラチャクラと、頭に宿っていた二人のチャクラをまとめて破壊する。


 俺を守り強化する、複数の概念機構。それらを破壊し、ニセモノは絶体絶命だった。俺はさらに踏み込み、ここから畳みかける―――


 だが、思い出すのだ。


 それでもなお、これはと。




 ―――真言なしで、ニセモノのアナハタチャクラが復活する。




「この程度で、死ねるかぁぁぁああああ!」


 ニセモノは吠え、全身を取り戻した。打ち上げた拳が、俺の肘関節を破壊する。


「ぎっ……!」


「本物ォッ! お前がこの程度の窮地で負けるかァッ!? 負けねぇよなぁ! なら俺だって負けねぇんだよバカがァッ!」


 ニセモノはそのまま俺の腕を掴み、俺に重力魔法を掛けて、剛腕で大きくぶん投げた。俺は、まるでボールのように軽々と宙を舞う。


 そこに、ニセモノは迫った。血走った目。血まみれの体。勝利を渇望する拳で俺に拳を振るい。


「おせぇ」


 俺は自分に重力魔法を掛けて空中で停止し、密かに呼び寄せていた大剣で、ニセモノを貫いた。


「ガハァッ!」


「確かにその程度の窮地なら、俺は負けねぇよ。だがなぁ、その窮地に追いやったのが、他ならぬ俺だろうが!」


 俺はデュランダルをニセモノの体に残して、手甲のデュランダルを纏った手でニセモノに掴みかかった。


 空中で二人落下しながら、俺はニセモノの胴体に連打をぶち込む。


「俺は! 俺がどれだけやられれば負けるかってのを知ってる! シグのあの容赦ない連打で死ぬ! 体に直接打ち込まれる死でも死ぬ! 思ったより脆い体してるよなぁおい!」


 連打連打連打! 俺はニセモノの体に拳を打ち込み、そのついでで内臓を引きずり出し、皮を、肉を剥ぎ取った。


 ニセモノが応戦してくるから、最後に俺は左拳を打ち込む。魔力を込めた左手。発生するは、結晶剣。


 ニセモノの体の内部に、三本の結晶剣を出現させる。それだけでも常人なら死ぬ。だが俺は、容赦をしない。


「がっ、ほんもの、お前」


「ディープグラヴィティ」


 アナハタチャクラを再び砕きながら、俺はニセモノを蹴り離した。ニセモノは落下し、俺は重力魔法で空中にとどまる。


 そして、言った。


「爆ぜろ、結晶剣」


 ニセモノの体の内側から、大量の結晶がニセモノを内側から破壊する。


 そうして結晶の塊と化したニセモノは、ギャリィィイン! という激しい音と衝撃と共に、さらに地面に落下した。


「……ふぅ。決着ってとこか」


 俺は、冷や汗をぬぐって、ゆっくりと地面に着地した。それから、ニセモノの様子を見る。


 ニセモノは、驚異的なことに、まだギリギリ生きていた。すべてのチャクラを失い、体のバラバラなのに、頭は無事だからとばかり冷めた目で俺を見つめている。


「……他人事みたいに言うけどさ、お前しぶとくね?」


「お前だよ」


「何も言い返せないな」


 俺は肩を竦める。ギュルヴィも駆け寄ってきて「どうだった!?」と聞いてくる。


「多分勝った。ニセモノ、俺の勝ちでいいよな流石に」


「ブラフマン。……無理だチャクラ起動しねぇ。お前の勝ちで良いぜ、本物」


「やりぃ」


「嘘だろこの惨状で生きてんのかよ」


 ギュルヴィは、ニセモノの様子を見てドン引きだ。俺は息を吐いて思う。


「しかし、こうやったら俺もちゃんと死ぬんだなってちょっと怖くなるな。まぁまぁしぶといつもりだったけど、最近防御なんて破られる方が多いし」


「ウェイド、それはお前が化け物とばっかり戦ってっからだ」


 ギュルヴィに言われ、俺は笑う。ニセモノもくくっと笑っている。


 するとそこで、ニセモノは口を開いた。


「……本物。お前に負けた理由を考えたんだが、何だと思う?」


「は? ……ギュルヴィだろ?」


 ギュルヴィの策が見事に刺さった結果の勝利だ。そんな俺の主張に、ニセモノは笑う。


「違うね。ここまでの流れを考えたが、もしギュルヴィが本物の敵に回ったとしても、ギュルヴィを起点に俺の隙を突いて、お前が勝っただろうさ」


「……何言ってんだ? だって、お前と俺は完全に同じ」


「違ぇよ」


 ニセモノは言う。瀕死の目を俺に向けて、続ける。


「俺になくてお前にあるものが、一つだけある。ニセモノには決して宿らないものが、たった一つ」


「……何だよ、それは」


「運命だ」


 ニセモノの言葉に、俺は口をつぐむ。


「運命は、まがい物の本物には宿らない。分かるだろ? 俺はニセモノとしてこの場に現れた時から、ずっといつもの―――『うまくいく感じ』がなかった」


「そうなのか? にしては……」


「強かったか? これがお前の素の強さだぜ、本物。けどな、同時に運命に欠けてた。運命が、勝敗を分けたんだ。失って初めて分かったぜ。なけりゃ負けるって、こんなのさ」


 カラカラと、ニセモノは笑う。楽しい感想戦に興じているというテンションで。


「いや、楽しかった。本当に楽しかった。お前もそうだろ、本物。やりにくいが、同時にこれだけヒリヒリする戦いも中々ない」


「……そうだな。楽しかった」


 俺は頷く。楽しかった。何をしても互角なのには困ったが、そのもどかしさが新鮮で。


「本物。お前は勝ち続けるよ。運命ってのはそういうもんだ。お前にゃ実感がないだろうが、これはなくした俺だから分かる特権だ」


 ニセモノは言う。そして「同時に」と続ける。


「もし、お前以上に強固な運命がお前の前に立ち塞がったら、何をどう足掻いても、きっと勝てない」


 その物言いに、俺は背筋の冷えるような思いをする。


 ニセモノは、目を細めて言った。


「運命ってのは、怖いな……」


 ニセモノの体が、光の粒子となって散っていく。


 同時に、俺たちを包む支配領域が消えたのが分かった。


「キリエ、団長キエロを食べた、のか……?」


「分からん。だが、決着はついたんだろう。ウェイド、さっさと様子を見に戻ろうぜ。俺は疲れた」


 俺とギュルヴィは示し合わせて、魔法で飛び上がり時計塔に登りなおす。それから、空いた大穴より侵入し、「キリエ!」と呼んだ。


「あの後、どうなった!? こっちはギリギリ何とか倒し……キリエ?」


 俺は、キリエを探す。時計塔の、歯車の回る簡素な床張りの空間。


 しかしそこには、もう誰もいなかった。


 キリエも、団長キエロも、誰も。

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