第343話 ある日のニブルヘイム・下
そこは、スラムとバザールの狭間にあるような場所だった。
路地には貧相な露天商が良く分からない品物を宣伝し、用心棒らしき魔人がちらほらと立っている。人は賑わい、細い道に何人も往来している。
ブラックマーケット。闇市。違法市場。商人ギルドの揺らぎで、特需に沸いた小さな市場だ。
俺はアジナーチャクラでローロの位置を確認する。もう少し奥の建物の中らしい。さらに歩き、建物の前に立つ。
すると、用心棒らしき魔人が、俺に警告してきた。
「おい、このオークションは招待制だ。招待券を提示しろ……ん?」
「招待券が必要なのか……それはそれとして、お前俺と会ったことあるか?」
「……ない」
ないと言いつつ、その魔人は冷や汗でびっしょりだった。
俺はその魔人の外見を、まじまじと観察する。牛のような角が生え、筋骨隆々で、デカイ斧を傍に控えたガラの悪い魔人。
「……お前、アレだな。彫刻盗みに来た百人のお頭だな。最後に俺がボコった奴」
バーカウのお使いで、キリエとの初対面を果たした時の敵だ。凍える大斧の魔術が印象的だった。大威力で楽しかった思い出である。
「……違う」
一方牛角魔人は、冷や汗だらだらだ。
「そういえば、招待券が必要なんだっけ? お前の角とかか?」
「……い、いや、招待券は、こういうのだ」
牛角は、俺の前に招待券を取り出した。俺はそれを素早く奪って、礼を言う。
「ありがとな、これは俺が落としたものだ。で、招待券が必要なんだったな? ほら、これでいいだろ」
「……、……。……どうぞ、お入りください」
かなり長めの葛藤を経て、俺は招待券を使って堂々とオークションの中に入った。
中は薄暗く、奥にはステージのような、高く照明に照らされた場所がある。
まるで前世日本で言うところのライブ会場のようだ。怪しさも相まって雰囲気抜群である。
「では! こちらの禁制魔獣の幼体は、大金貨一枚で落札ゥ~! おめでとうございまーす!」
司会者が大声で落札者を褒めたたえている。ステージに上がった落札者は、喜ばしそうにスライムの入った瓶を高く掲げている。
スライムが禁制魔獣……? しかも大金貨の大金だ。見た目通りではない何かなのだろうか。
俺は落札者を見送りつつ、オークションの奥の方に進む。途中で係の人に落札用の札を渡され、前の方でステージの動向を窺った。
ローロが出てきたら、どうしようかと考える。この場で暴れるのはあまり良くないだろう。暗いから顔が割れることないだろうが、いかんせん客が多い。
となると、落札者を後で襲って救出、というのがよさそうか……?
そんな風に考えていると、司会者が再び話し始める。
「ではお次の商品は~こちらっ! ドスケベメスガキ魔人奴隷です! 野良で捕まえたところあまりに慣れていた様子だったので、恐らく脱走奴隷でしょう!」
「いやぁ~ん♡ エッチな目で見られてる~♡」
紹介と共にノリノリで出てきたのは、局部だけ隠した際どい恰好のローロだった。
「……」
俺はため息と共に目を覆う。
「こちらの奴隷、どうやらかなりの奴隷経験の持ち主だそうで、調教師が『最高級の調教具合』と太鼓判を押すほど! 何よりこの美貌と蠱惑的な態度が魅力です!」
「あっは♡ みんな目が血走っててキモ~い♡ そんなにローロのことめちゃくちゃにしたいの~?」
ローロは煽りながら客を見回し、頬を紅潮させてくねくねと腰を揺らしている。
「ではこちらは大金貨一枚から! オークション、始め!」
「大金貨二枚!」「大金貨三枚!」「クソっ! 値段一気につり上がり過ぎだろ! どうなってんだ!」
周囲の客の盛り上がりはすさまじい。かなりの富豪たちが集まっているらしく、大金貨単位で値段がつり上がっていく。
しかし大金貨七枚から、勢いが衰え始めた。
「大金貨七枚に、金貨五枚!」「大金貨七枚、金貨六枚!」「大金貨七枚に金貨六枚……大銀貨五枚!」
ローロはため息をついて言う。
「みんなしょっぼ~い。お金ケチってローロのことを飼いたいなんて思うザコザコご主人様に~、ローロの調教なんてできるの~?」
クスクスと笑って、会場全体を煽るローロ。客は顔を赤らめて震え、再びオークションは過熱する。
「大金貨八枚!」「大金貨九枚!」「ああ、クソ! 白金貨一枚だ! これでどうだオラァ!」
「にひひっ、たんじゅ~ん♡ みーんなローロの手のひらの上で踊っちゃって~、恥ずかし~♡」
「クソッ! 白金貨一枚大金貨一枚だ! あのメスガキ、落札したらこの場でブチ犯してやる!」
客の熱狂がえげつないことになっている。俺は「ちょっと強引に動いた方がいいなこれ」と、落札後を考えていた救出作戦を棄却することにした。
「オブジェクトウェイトアップ」
『がぎゃっ』
この場にいる俺とローロ以外の全員を、重力で押しつぶす。「あれ……?」とキョトンとするローロに近づいて、俺は気持ち顔を隠しながら手を差し出した。
「帰るぞローロ」
「……あ、ご主人様?」
「ほれ、早く」
急かすと、ローロは蠱惑的な表情を引っ込め、からかうような、純粋に嬉しそうな顔で俺の手を取り、ステージから降りてくる。
「……にひひっ。ご主人様ったら~。助けに来てくれるなんて、ローロにメロメロなんだか、あたっ」
「あと自分の体は大事にしろ」
「いった~い! も~!」
俺に叩かれた額の辺りを押さえつつ、ローロは俺を睨む。けれどすぐに機嫌を直して「っていうか~♡」と俺に言う。
「ローロのこと、こんな格好で外に連れ出すの~? やぁ~ん♡ ご主人様の鬼畜~♡」
「ああ、流石にその格好だと寒いな……。こいつの服でいいか、温かそうだし」
「……アレ? 微妙に通じてない……。露出プレイ的な意味じゃなくて気温的な捉え方されちゃった……」
俺は客の一人から服を剥ぎ取ってローロに着せる。それから手を取って、オークション会場から退出した。
出ると、牛角が尋ねてくる。
「お、おい。中で何か、ものすごい音がしたんだが。……ん? そいつ落札したのか?」
「いや、全員潰して連れて帰るところだ。元々こいつは身内でな」
「……分かった。オレもここでトンズラする。お前を入れた以上、無傷で見つかったらとんでもない目に遭わせられるからな」
牛角はダッシュでいなくなる。俺は肩を竦め、「ローロ、寒くないか?」と尋ねた。
「この服もっこもこであったかいよ~? ご主人様も入れてあげよっか? ローロの人肌ともこもこで温めてあげる~♡」
「軽口が叩けるなら大丈夫だな。じゃあ行くぞ」
「ご主人様、いっつもつれな~い!」
俺が歩き始めると、ローロは駆け足でついてくる。
「ご主人様、どこ行くの~?」
「元々アイス探してぶらぶら散歩の予定だったんだ。買い出ししてるらしいから、多分この辺にいるんじゃないかと思ってな」
「買い出しってことは、食材? それなら、あっちの方だよ~」
ローロの指さす方向に進む。すると何となく売り物が食べ物系に変わっていく。さらに奥へと進むと、アイスの白いシルエットが見つかった。
「お、いたな」
ゆっくりと近づく。すると、周囲の光景に気付く。
氷槍で壁に縫い付けられ、凍り付かされた数人の魔人たち。氷漬けで、身じろぎ一つしない。
そして、それを気にする野菜商人と、気にもせず食材を目利きするアイスだ。
「じゃあ……こっちのジャガイモをお願いします……っ」
「あ、ああ……。毎度あり。……後ろの連中は、それでいいのか?」
やはりアイスに絡んで、逆にしばかれた魔人たちらしい。
しかしアイスは首を傾げている。その様子に、店主は「いや、何でもない」と触れるのをやめた。
「うん……っ、これで一通り買えた、かな……! あ、ウェイドくん……! それにローロちゃんも……」
ようやく俺たちに気付いたらしく、アイスは俺を見てパァァと表情を華やがせ、それからローロに気付いて微妙そうな顔をする。素直だなアイスも。
俺はアイスに近づきながら、軽く事情を話す。
「買い出しに出たって聞いて迎えに来たんだ。あとローロは何か奴隷オークションに出されてたから、ついでに救出してきた」
「出されてた……出品って、こと……?」
「すごかったよ~? ローロ一人に白金貨がついちゃったんだから~♡」
アイスはローロの自慢に、どういう顔をしていいか分からない、という苦笑をする。気持ちはわかる。
俺は周りを見ながら、つまり壁に氷漬けにされた魔人を見ながらアイスに聞く。
「で、こいつらは?」
「あ、うん……! その、襲われそうになった、から。殺しても復活されちゃうと面倒、でしょ……?」
「じゃあこれ生きてんだ……」
アイスはいつも通り、つつましくはにかんでいる。ローロは虚無の顔で「死ねなくされてる……」と魔人たちを見つめている。
「アイス、買い物は終わりか?」
「うん……っ! だから、これから帰るところ、だよ……っ」
「じゃあ荷物持ちをさせてもらうか」
俺はアイスの持つ袋を取る。中には肉に野菜と、食材がたくさん入っている。
「え……っ? い、いいよ、ウェイドくん……! 重い分は氷兵に持たせる、し」
「俺がアイスを手伝いたいんだよ。さ、行こう」
「う、うん……。……ありがとね、ウェイドくん……!」
アイスは、少し照れくさそうに言った。俺は「旦那なんだ、このくらいするさ」と微笑み返し、歩き出す。それにローロが「あっ、待ってよ~」とついてきた。
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