第275話 約束された勝利を超えて
デュランダルの一撃を腹の半ばまで受けてなお、アーサーはその場に直立していた。
「ああ……」
やり遂げた、という顔で、アーサーはいた。俺はデュランダルを引き抜きながら、アーサーに歩み寄る。
「ウェイド。君の本気を、見せてもらったよ。すごかった」
「俺の本気でもあるが、皆の本気でもある。今朝急ピッチで大ルーンをデュランダルに刻んだテリンとかな」
「……なるほど。彼女は君の話題になる度に様子が変になっていたのだけれど、まさか、まさかだった」
アーサーの出で立ちは奇妙だった。体が半ばまで断ち割られていながら、血がほとんど流れていない。零れ落ちる内臓もない。
その体は、空洞だった。アーサーは苦笑する。
「無理をし続けて、生かされていた体だった。エルフだって私以上に生きている人は居ないんだ。神話の生き証人として、生かされ続けていた」
「……お前とは、仲間として話したかったな。俺の知りたいことをたくさん知ってそうだ」
「そうだね。ウェイド、君とは仲良くやれたはずだ。けれど、後悔はないよ。剣士として生き、剣士として死ねた。それも、君ほどの傑物にやられて、だ。こんな光栄はない」
「そう言ってくれると、こっちも気が楽になる」
「ああ。本当に、楽しい戦いだった。これで死ねるのなら、本、望……」
どう、とアーサーは前に倒れた。俺はそれを前に、目を瞑る。
「アーサー!」
そこに、駆け寄ってくるものが居た。アルケー。アーサーの相棒。
アルケーはアーサーを抱きしめ、その様子に気付き、涙を流す。
「そう……。あなたは、全力を出して敗れたのね……。エクスカリバーを振るい、その呪われた生から、解放された……」
「……アルケー」
「あなたには、礼を言わねばならないわね、『ノロマ』。アーサーはずっと死を望んでいた。死にたどり着くための生だった。でも、まさか、こんなに安らかに逝けるなんて」
アルケーは微笑みがちに、涙を流す。別離の悲しみと同時に、愛すべき人の成就を嬉しく思っているのだと思った。だが、それも推測だ。俺はアルケーの涙を見抜けない。
となれば、俺にできるのは、その別れを邪魔しないことだろう。戦いに勝った以上、俺は速やかにこの場を辞すべきだ。
「ここ、任せてもいいか」
「ええ。アーサーを終わらせてくれた恩人ですもの。承ります。そして、ローマン皇帝からの依頼も、手を引きましょう。あとは、好きにしてちょうだい」
俺は頷く。それから姿勢を正し、強い口調で言う。
「アーサーは強い敵だった。これ以上ない好敵手だった。俺を最も苦しめた殴竜シグに、勝るとも劣らない、素晴らしい剣士だった!」
俺はアーサーの遺体に一礼する。
「その誉れある死に携われたことを、俺は誇りに思う! ……安らかに眠れ、アーサー」
アルケーは俺の様子に、また涙を流し「ありがとう」と絞り出すような声で言った。
俺は頭を上げ、踵を返し平原を去る。背後から響く泣き声を、聞かないふりをしながら。
帰ってきた俺を出迎えたのは、仲間になった全員だった。
「ウェイド君! やりましたか! 勝ちましたか!」
「流石パパ! 勝ってきてくれるって信じてた! うぅ、信じてたよぉぉおお……!」
「無事で何よりですわ。平原で光が交錯して、爆発した時はどうなることかと。……ごめんなさい。安心して、涙が……」
「心配はしておりませんでしたよ。あなたの強さを、ボクは身に染みて知っていますから」
「べっ、べべべべ、別にっ、心配なんかしてないんだから! 勝つって知ってたし!」
「シルヴィアはずっと落ち着かない様子で『まだかしら、大丈夫かしら』と言っていただろうに。これで涙を拭け。ともかく無事でよかったぞウェイド。デュランダルは役立ったか?」
「す、凄まじい戦いぶりでしたね……。遠くでも分かりました。こなたは、心配というよりは、何だか誇らしくて……! ご勝利、おめでとうございます」
「ウェイドさん、後のことは任せてください。あなたは私がお願いした、すべてを達成した。ここからは私の仕事です」
「威勢の良いことよな。わらわからも息災を祝おう。では旦那様、残りの仕事だぞ」
「改めて、あっしはとんでもない男を敵に回しちまったんだなって思いやした。お勤め、ご苦労様でやした。領主様の世話はお任せくだせぇ」
ロマン、モルル、リージュ、ウィンディ、シルヴィア、ゴルド、テリン、ビルク卿、セシリア姫、コイン。
俺はわっと来られて、戸惑ってしまう。けどやっぱりセシリア姫とコインに連行されていくビルク卿を見て笑い、落ち着いてから、皆に言った。
「ありがとな。みんなのお蔭で勝てた。……これマジで言ってるからな。謙遜とかじゃなく」
シグに並ぶほどの、凄まじい戦いだった。得るものは大きかっただろう。デュランダルも、これ以上ないほどの剣になったと思う。
それからの日々は、しばらくは安穏としていた。ビルク卿の仕事はこれからも続くが、一区切りは一週間で付けられるという話なので、それを待った。
一週間後、ビルク領では二種類の貨幣の流通が確認できた。俺は、その手腕にビルク卿の能力を確信する。マジでこの人やばいわ。内政チートじゃんこんなの。
「ここまでこれたのは、ウェイドさんのお蔭です。これで晴れて、私もアレクサンドル大帝国に寝返れます。では―――次の、ローマン帝国、帝都陥落の際にまたお会いしましょう」
ビルク卿は基本的に柔和な良い人なのに、ローマン皇帝が絡むと殺意が高くなるのは面白かった。
アーサーには勝利したが、ビルク卿にだけは勝てる気がしないなぁ、なんて冗談めかして思う。そうしながら、俺たちは再び、ここに来るのと同じような馬車を用意して乗り込んだ。
随分と遠くまで来たものだと思う。だが、ここからさらにカルディツァから遠ざかる。目指すはアレクサンドル大帝国だ。
馬車に揺られながら、モルルとリージュが遊んでいるのを見る。穏やかに春の気候にあくびをしながら、「そういえばさ」と声をかけた。
「リージュってカルディツァに帰らなくていいのか?」
政争というので、知恵を借りる名目で連れてきたのがリージュだ。今回の政争は無事に終わったので、そのまま帰るのではとも考えていたのだが。
すると、リージュは頬を染めて「嫌ですわ、ウェイド様」と言う。
「アレだけワタクシの心をつまびらかにして、『どうしようもなくなったら言いに来い』だなんて言われてしまっては、ワタクシはもう心を決めるしかございません」
「えっ」
「ウェイド様、改めて、お願いいたします」
リージュは居住まいを正して、俺に向かった。
「是非、ワタクシを側室にお迎えいただけませんでしょうか? ワタクシは、心を入れ替えました。謙虚に、それでいてしたたかに、貴族としてウェイド様に尽くすと誓います」
ですから、とリージュは、馬車の床につくほど、頭を下げる。傍から見れば土下座だ。
「どうか、どうか、ワタクシをウェイド様のお傍に置いてください。どうか……!」
見れば、リージュの小さな手は震えていた。相当な勇気を振り絞っての申し出であると理解する。元々領主から何となく言われていたことではあったが。
俺は目を瞑って考える。だが、心の内ではもう答えは出ている気がした。
「リージュ」
「はっ、はい!」
「まず、顔を上げてくれ」
「……はい」
顔を上げる。リージュは何を言われるのかと、顔を真っ赤にして俺の足元の辺りを見つめている。
「今回は、お前に何度も助けられた。正直驚いたよ。あのワガママ娘がさ、率先して手伝いして、考え出して、俺たちに貢献しようとしてた」
「は、はい」
「でも、『自分が攫われるのが一番マシ』とかで率先して攫われるのはやりすぎだ。確かにウィンディが攫われれば飯も出ない。ゴルドシルヴィアがいなきゃ鍛冶は詰みだ。でもな」
俺はリージュの頭を撫でる。
「お前ももう、俺の大切な仲間なんだから。自分を大切にしてくれ。何度だって言うぞ。前とは違って、今のお前は可愛い奴なんだから」
「――――と、いう、ことは」
「……ま、他の三人に対する言い訳は考えとく。あと、手を出すのは今のアイスと同じ年になるまでは待てよ」
「―――――っ! モルル! モルル、ワタクシ! ワタクシウェイド様のお嫁さんになれますわ! やった――――!」
まるで子供のように、いや、子供なのだが、まっすぐに喜ぶリージュ。リージュがやったーなんていうとは思っていなくて、俺は笑ってしまう。
一方で、とても渋い顔をしているのがモルルだ。
「……パパ、今からでも考え直さない? リージュがママに加わるのは、キツイ」
「サンドラ枠でいいだろ。サンドラのことはママって呼ばないじゃんモルル」
「ち~が~う~! そういうのじゃなくて、リージュはだって」
「あら~? モルルちゃんは何が嫌なんですの? ほら、リージュママに教えてちょうだいな」
「こーやってからかってくるのがウザイの~~~!」
俺はその様子に、吹き出してしまった。カラカラと笑っていると、周りの面々にも笑顔が伝染する。
笑いに包まれながら、馬車は揺れた。春風を受けながら、俺たちはアレクサンドル大帝国へと進んでいく。
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