第157話 サンドラの祖母
翌日の朝、俺はひどい倦怠感に襲われていた。
「行きたくねぇ~……!」
何でかと言うと、今日の昼にクソ親父に会いに行って、情報を抜きに行かなければならないからだ。面倒くさい。本当に面倒くさい。っていうか行きたくない。
が、自分で受けると言った仕事でもある。少なくとも、用心棒部門の拠点の場所は聞きだす必要がある。だからどちらにせよ行かなければならない。
でも、それはそれとして行きたくないのだった。
「今日も荒れてるね」
クレイが上機嫌で言った。何で上機嫌なのかと言うと、クレイは今無限にお金が入ってくる状況にあるからだ。
「おうクレイ。ドラゴン乱獲は楽しんでるか?」
「絶好調だよ。一生遊んで暮らしていけるような大金が、連日懐に転がり込んでくるんだからね!」
「テンションたか」
楽しそうで何よりである。俺もなぁ、こっちを受けてれば葛藤とかなく楽しんでいたのだろうが。
……それでも、きっとこっちを選んだのだと思う。クソ親父との因縁は、きっと、解消できるところで解消せねば先に進めないから。
「僕らは今日、休みだけれど、ウェイド君は?」
「昼から親父のとこ」
「一番の難事という訳だね。頑張って欲しい」
「うがぁぁあああああ……」
俺は叫び、そして机に突っ伏した。その様子にクレイはからからと笑う。
「ひとまず、昼までは自由という事だね。せめて好きなことでもして居なよ。モルルちゃんに構うとか」
「こんな殺伐とした感情でモルルに触れられん……」
「本当に過保護だね君は」
過保護で悪いか。命より大切な娘だぞ。
というやり取りをしていると、段々と家の面々が起き出してくる。
アイスが起きてきて、そっと俺の頬にキスしてから朝食を作りにキッチンへ向かう。
トキシィが起きてきて、「じゃあお昼ね」と俺の頭をぽんぽんして掃除に動き出す。
お目目パッチリのモルルが半分寝ているリージュの後ろ襟を掴んでリビングにやってくる。
いつ起きたのかも分からないアレクと、何故か付き合わされたらしいウィンディが外から帰ってくる。
最後にサンドラが半分寝たまま起きてきて、寝間着のまま朝食の席に着いた。
『いただきます』
大家族然としてきたウェイドパーティは、朝食だけは基本的に合わせて食べる。それ以外は、一緒に食べられそうなら、という緩い感じだ。
食べ終わると各々勝手なタイミングで散っていき、仕事だったり家事だったり趣味や鍛錬だったりと動き出す。日によっては休んでいるだけ遊んでいるだけ、という面々もいる。
今日は中核メンバー、つまり俺、アイス、クレイ、トキシィ、サンドラが朝に予定がないらしく、リビングでのんびりとしていた。
「ウェイドパーティ名物だね」
俺に集まるアイス、トキシィ、サンドラを見て、クレイはからかってくる。俺はもう慣れたので、舌を出すだけで済ませる。
アイスもサンドラも、最近こうしてくっつく機会が少なかったからか、かなり直球で甘えてきていた。俺はされるがままだ。可愛いし何も文句がない。
だがこういうただ甘い幸せな時間というものは長く続かないもので。
呼び鈴が、玄関先で鳴らされる。
それに目を細めたのは俺とトキシィだ。二人揃って先日の嫌な客の記憶が強いので、どうしても警戒してしまう。
立ち上がったのはクレイだった。
「君たちは動きたくないだろうし、僕が出るよ」
クレイが玄関に出てから少しして、「サンドラさん。おばあさんが来てるよ」とクレイがサンドラを呼んだ。
「……おばあちゃん?」
サンドラは首を傾げて立ち上がった。そして玄関先に向かう。
「こんのバカ孫めが! たまには顔を見せぬかたわけ!」
「あいたーっ!」
そして絶叫が上がったので、俺たちは顔を見合わせる。
「……ちょっと様子見に行くか?」
「そう、だね……っ」
「流石にこれは気になっちゃうね」
俺、アイス、トキシィは三人でこっそりと玄関の方に出ていく。するとサンドラのおばあさんは俺たちに気付いたようで、「ん? おお、久しぶりだの」と俺を見て言った。
俺は玄関を出て、頭を抱えてうずくまるサンドラに並んだ。
「お久しぶりです。……サンドラは?」
「一向に顔を見せないからお灸をすえてやった」
ふんす、と鼻息荒く言うおばあさんだ。「おにばば……」とサンドラは言い、再びげんこつを落とされている。
「ぐぇえ~……」
「改めて、バカ孫が世話になっている。しかし、思ったよりも大所帯のようだな。それに平均年齢が若い。……上がらせてもらってもよいか?」
「はい、是非」
そういえば権利書見せるとか約束したのに完全にスルーしてたな、とか思い出す。マズいかなぁ。サンドラみたいに派手に怒られるのは流石に勘弁願いたい。
早速家に入ったサンドラのおばあさんは、リビングを見て「ふむ」と頷く。
「よく掃除されている。管理は誰ぞ?」
「あ、私です。掃除が趣味というか、好きで」
名乗りを上げたトキシィに、うむうむとおばあさんはニッコリ笑顔で頷く。
「よく躾けられているな。親御さんは立派な方だったと見える」
「あ、えと、……はい。尊敬する両親です」
恥ずかしさ、照れ、そして郷愁。トキシィが親に抱く感情は、複雑だ。
「サンドラ、ちゃんと食事はとっているか?」
おばあさんはキッチンの方に向かいながら、サンドラに声をかける。俺はその言葉にクソ親父の言葉を思い出し、僅かに体を固くしてしまう。
自分の頭を撫でさすりながら、サンドラは不服そうに答えた。
「食べてる。アイスのご飯はおいしい」
「ほう、アイス、というのは」
「わ、わたし、です……っ」
「そうか、そうか。しっかりと助け合って生きているのだな」
おばあさんは優しい笑みを浮かべて頷いている。それから、こう聞いてきた。
「ちなみに、サンドラは家事で何を?」
『……』
誰も何も答えなかった。おばあさんの表情が一気に厳しくなる。
「……サンドラ……?」
「い、いや、ちゃんとみんなの手伝いしてる。呼ばれたときはちゃんと言う事聞く」
「あー……まぁ、してくれる、か。うん」
トキシィが頷いたのを見て、「ならばよい」とおばあさんは厳格な顔で首肯した。
「金周りはどうか? 食うに困ったりはしていないか。困っているなら、儂の懐から少し出しても」
「ああ、それは大丈夫ですよ。随分稼いでますから」
クレイが言うと、「ふむ?」とおばあさんは訝しそうな顔。
「……下世話な話になるが、どの程度か」
「お耳を貸していただけると」
クレイがコソコソとおばあさんに耳打ちする。おばあさんは聞いた途端目を真ん丸にして、「そ、そんなにか。儂の娘、サンドラの親にも並ぶぞ」と言った。
得意げになるのはサンドラだ。
「おばあちゃんは、あたしたちのことナメすぎ。これでももう金パーティ。カルディツァでも最強」
「サンドラ、それは盛りすぎだ」
「盛りすぎた。有数くらい」
俺の指摘に、すん、と訂正するサンドラ。するとニンマリ笑って、おばあさんは俺を見た。
「このじゃじゃ馬の手綱は、しっかり握っておるようだな」
「ははっ、はい。でも結構素直ですよ、サンドラは」
「素直ぉ? このバカ孫がか?」
サンドラの耳を引っ張るおばあさんに、「あたたたたた」とされるがままのサンドラだ。この光景だけでだいぶ素直だと思うが。
「……で、サンドラ。ちゃんと捕まえたか?」
こそっとおばあさんはサンドラに聞く。サンドラは一瞬分からない顔をして、それから顔を赤くして「……うん」と返した。何聞いてんだこのババア。
「そうか! そうか! うむうむ、ならば万事順調だな! 喜ばしい限りだ、うむ!」
バシバシとおばあさんはサンドラの背中を叩く。サンドラも恥ずかしいのか、目を瞑って硬直していた。他のメンバーも苦笑気味だ。
そこでアイスが気を遣って「じゃあ、せっかく、ですから。お茶でも……」と言うと、おばあさんは首を横に振る。
「いいや、そこまでお構いされるのは心苦しい。それでなくともずいぶん気を遣っておろう?」
「はは……」
「はっはっは! それが普通だ。こんな年老いたババなど、若者にとってはいつだって目の上のタンコブよな」
快活に笑って、「本当に少し様子を見に来ただけよ。これを機にちょくちょく来るかもしれんが、手土産の分は邪険に扱ってくれるな?」と冗談めかして、おばあさんは玄関へと向かった。
「おばあちゃん、見送る」
「おお、その程度の気遣いは出来るようになったか。やはり、可愛い子には旅を指せよ、とは実によくできた教訓よな」
サンドラは、玄関までおばあさんについていく。他の面々は、何となくその場に落ち着いた。血のつながった関係でしか話せない話もあるだろう、と察する雰囲気があった。
だが、俺は少し聞きたいことがあって、サンドラの後ろを少し離れて玄関まで向かった。
「―――サンドラ、楽しい内はよい。だが、何か、どうしても許せないことがあれば、いつでも帰ってこい。血縁とはそういうものだ」
「うん。でも大丈夫。ウェイドパーティは本当にいいところだから」
玄関先では、家族間でしか交わされないような、本音のやり取りがあった。俺は息をひそめてその終わりを待つ。
「ではな。また、何か料理の一つでも作って持ってくる。何が食べたい?」
「肉のパイ」
「ああ、アレか。良かろう。みんなで食べられるよう、大きなものを作って持って来よう」
「やった」
サンドラが、いつもよりも子供らしい声音で言う。それから、子供なのだ、と思った。この世界においてはもう成人だが、俺の前世から見れば子供の年だし、親から見ればいつだって。
そしておばあさんは、サンドラに見送られて離れていく。頃合いか。俺は玄関を出る。
「ウェイド。どうかした?」
「ああいや、少しおばあさんと話したいことがあってな。あっちか?」
「え、うん」
「助かる」
俺はサンドラとすれ違うようにして、おばあさんの後を追った。軽い駆け足で追いかける。
おばあさんは、年を経ている分足取りが遅いらしく、そう離れたところにいなかった。俺が「おばあさん」と声をかけると、「おぉ、 小坊主。どうした、忘れ物でも持ってきてくれたか?」と上機嫌気味に振り向いてくれた。
「ああ、えっと。その、変な質問をしてしまうんですが」
俺は少し言いにくくて、視線を下にしてウロウロさせてしまう。おばあさんは「よいよい。言ってみよ」と笑った。
俺は覚悟を決めて、聞く。
「……その、何で親って言うのは、子供に『ちゃんと食べてるか?』って聞くんですか?」
「ん?」
俺の質問が想定していない角度のものだったらしく、「それは、なるほど。中々難しい質問をする……」と唸る。
それから、おばあさんはこう言った。
「心配だから、という説明では、薄っぺらいな。それは、表面的な理由だ。小坊主が聞きたいものではないだろう」
「……そう、ですね」
クソ親父が俺を心配していた、と言われても、俺は信用できないし、納得できない。なら、もっと早くに俺を見付けているはずだ。そう思う。
おばあさんは「ならば、うむ」と頷いて言った。
「アレはな、『愛してる』という言葉の代わりに言っているのよ。子供にそんなことを言うのは、小恥ずかしかろう? だがな、愛していなければ、こんな言葉は出てこぬ」
それに、俺は。
何を言うことも出来ず、呆然と立ち尽くしてしまった。
「……何か、事情がありそうだな」
おばあさんは、俺を見上げながらポンポンと二の腕のあたりを叩いてくる。
「詳しいことは聞かぬ。だがな、親というものも完璧ではない。そなたのような年ごろでは、より強くそう感じることじゃろうて」
おばあさんは、一呼吸挟んで続ける。
「しかし、許してやれ。親とて人間。愚かな獣よ。それでも、親元を離れて生きるそなたにそう言ったのなら、どんな形であれ、愛しているのだろう」
「……でも」
「分からなくてよい。納得も、必要ではない。儂は儂の思うところを言葉にしたばかりよ。それをどう解釈し、飲み込むかは、小坊主―――ウェイド、そなたの自由だ」
震える俺をそっと励まして、おばあさんは、再び帰路についた。俺はその小さな、しかしあまりに大きな背中に、声もなく見送るしかないのだった。
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