第58話 撤退
俺は咄嗟に耳と目を覆って、俺自身がスタンしてしまう事を防いだ。それから立ち上がり、状況を確認する。
流石ウチのメンバーは優秀で、全員が俺同様に自らのスタンを防いで周囲を確認していた。
俺は素早く指示を出す。
「俺はサンドラの囮に付き合う! 三人は先に逃げろ!」
「了解! こちらもワイバーンの呼吸音が聞こえなくなったタイミングで狼煙を上げる! そのタイミングでそっちも逃げてくれ!」
流石、クレイは俺が欲しい情報を一瞬で返してくれる。だが、一点気になってサンドラを見ると、彼女は首を竦めた。
「ワイバーンは人工物に興味を示さない。狼煙を上げても気づかないと思う」
「よし! クレイの作戦で行こう!」
俺たちは頷き合って、それぞれ即、行動に移った。
逃げていくクレイたちを、チラと視線で確認してから、俺はサンドラに並んでワイバーンに向かう。
ワイバーンは、全身に落雷による焦げ付きを見せながらも、まだ飛翔を続けていた。
「マジかよ。今の一撃、人間だったら即死だろ?」
俺が拳で構えを取りながら言うと、サンドラは言った。
「……ウェイドも逃げてよかったのに。あたし、魔法で高速移動できるし」
「俺も速度には自信があるからな。それに、軽く遊ぶくらいなら良いだろ?」
最後にちょっと本音を混ぜ込んで言うと、サンドラはぽっと頬を赤らめる。
「ヤバヤバヤバ。このほっといたら勝手に無謀な戦いに挑んで死んじゃいそうな感じ可愛すぎ。守ってあげたくなっちゃう。守るどころか一緒に無謀な戦いに挑んで一緒に死んであげたい」
「サンドラの性癖だいぶ尖ってないか?」
と、そこで俺たちは殺気を感じ取る。
「ウェイトダウン」
「サンダースピード」
それぞれ魔法で高速移動をし、ワイバーンの攻撃を避ける。
ワイバーンは、流石巨体を生かした襲撃をするだけあって、その威力は凄まじいものがあった。周辺の木々がへし折れ、地面は大きくえぐれている。
まるで、小型の隕石が落ちたような衝撃だ。
「うおお……! こりゃヤバいな。こんなの受けたらひとたまりもないぞ」
「この状況でその笑顔とってもチャーミング……! ワクワクしてる? もう作戦全部ほっぽり出して死線に身を投じちゃう?」
「ワクワクはしてるけど、逃げられる状態で死ぬと分かってる戦いに挑むのは避けたいな」
苦笑を返す。「もっと素直になっていいのに」とサンドラは唇を尖らせる。
だから俺は、ワイバーンを睨みつけながら答えた。
「いいや、素直さ。何たって、魔力切れからちょっと回復しただけの今の状況で、逃亡用の魔力を残して、こいつらの相手をしなきゃなんないんだぜ」
自分に枷を課して、枷なしでも打倒しえない敵を正面に迎える。
それが、アガらない訳がない。
「―――これだけでも、十分最高だ。だからこれ以上は、次の楽しみのために取っておくんだよ」
俺は拳を構え直す。背中の鉄塊剣は取り出さない。鉄塊剣を扱うには、常に魔力を必要とするが故に。
「……ワイバーンに、徒手空拳?」
サンドラは、クスッと笑った。
「イイね。最高のイカレ具合」
そして、ワイバーンが咆哮を上げる。
俺たちはその鼓膜が破れてしまいそうな轟音に耳をふさぎつつも、奴の行動から視線を逸らさない。
ワイバーンはそのまま、羽ばたくような急加速で俺たちに突っ込んできた。
「サンダースピード」
サンドラは早々に魔法で回避する。だが、俺は別に意図があった。
「確か、まだ試してないのは防御力だったよな」
【軽減】で自重を極限まで軽くして、ワイバーンの突進の風圧で宙に浮きあがる。それから【加重】で奴の背中に着地し、その背中にしがみついた。
「ワイバーンに乗った!」
「うおおおお! こいつ速ぇえええええ!」
言いながらも、俺はドンドン【加重】を掛けて、ワイバーンから離れないようにする。そしてそのまま、拳を固めて叩き込んだ。
貫通。俺の腕はその分厚いうろこを突き破った。
ワイバーンが悲鳴を上げる。防御力のほどは分かった。これでいつ帰ってもいい。
そう思いながら拳を勢いよく引き抜いたところで、俺は誤算に襲われた。
「がっ……!?」
抜き出した途端に突き入れた右腕に激痛が走る。見れば俺の腕を覆っていた手甲が完全に破壊されており、俺の腕は血だらけ。しかもいくつかの大きな鱗が刺さっている。
「マジか……っ!」
俺はワイバーンから咄嗟に離れ、そのまま【軽減】を掛けて木の葉の中に身を隠した。
同じく身を隠していたサンドラが、こっそりと近寄ってくる。
「それ、ダイジョブそ?」
「けっこー痛い」
「ダイジョブそだね。鱗だけ抜いたげる」
サンドラがひょいひょい俺の腕から鱗を抜くたびに、俺の血が散発的に飛び散る。痛ってぇチクショウ。
「こりゃもう右腕はダメだな……。となると、攻撃手段は俺にはなさそうだ」
「いや、手甲付けただけのパンチ一つで、ワイバーンにあんな痛がらせられるなら十分すぎる。見てあれ」
木の葉の隙間から覗き見ると、ワイバーンはしきりに首を動かして、自分の傷がどんなものかを確認しようとしている。そしてその度に痛むのか、「カァっ」と姿勢を元に戻すのだ。
「あんな動物然としたドラゴン種初めて見た。基本超然としてるから」
「……ドラゴンとの戦いは、初めてじゃないのか」
俺の問いに、サンドラは肩を竦める。
「戦いは初めて。けど、見たのは初めてじゃない」
「……というと」
俺は、嫌な予感がしつつも、聞いてしまう。
サンドラは目を伏せた。
「故郷、焼かれたから。だから見たことはある。何匹ものドラゴンが、ボーボー街を燃やしてくの。あたしでもビビった」
だから、と続ける。
「あたしの夢の一つは、あのドラゴンたちを雷で焼き殺すこと。ワイバーンはその足掛かり。ドラゴンの中じゃ下っ端だし」
「これで下っ端ならトップはどんなことになってんだよ」
お互いにクスリと笑う。そこで、俺は遠くに登る煙に気付いた。
「狼煙だな。となると、逃げ切れたか」
「みたい。じゃ、あたしたちも逃亡しよ」
「おう。いくら楽しいからって、こんな腕のままじゃあ失血で動けなくなる方が早い」
「死ぬのは嫌?」
「いいや、水が差されるのが分かってる戦いじゃあ、夢中になりきれないだろ」
「イイね。じゃあ、飛ばすよ」
「おう!」
俺たちはお互い魔法を発動して、ワイバーンに気付かれないまま高速でその場を離れていく。
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