第10話 ドロップの危機

 あんなグズ、本当はこっちから願い下げなのだ。


 ドロップはそんな事を考えながら、怒り心頭で歩いていた。パーティの最後尾。最も安全な位置で、仲間をサポートする役割だ。


 ドロップたち5人は、成績優秀者の集まりだった。ウェイドはノロマ魔法だから、フレインは負傷中という理由で誘っていないが、それ以外は最初に魔法を受け取った5人の面々で構成されている。


 追加で揃えたのは、成績は程々だが、魔法が優れたメンツだった。だから、成績優秀者で3人、魔法が優秀で2人、という構成だ。


 それでも一人枠が余ったのは、幼いころからずっと仲良くしてあげていたアイスを入れる予定だったからだ。


 アイスは、ドロップにとって幼馴染と言うべき関係だった。どちらも商家の生まれで、ドロップの家の下請け的なポジションの家の娘が、アイスだったのだ。


 昔から引っ込み思案のアイスを前に、ドロップは随分と優しくしてきたつもりだった。


 一人寂しく本を読んでいたら引っ張り出して友達の輪に入れてあげたし、縫いものなんて陰気な趣味はやめさせてあげた。


 今回もそうだ。氷魔法なんていう半人前魔法、ドロップ以外が欲しがるわけもない。


 だがドロップだけは水魔法という選ばれた魔法の使い手だったから、ちょうどいいと受け入れてあげるつもりだったのだ。


「それが、アイスったら……! よりにもよってノロマ魔法を選ぶだなんて!」


 確かにウェイドは早々に最優秀成績者に選出されるし、冷静な顔でそつなく課題をこなしていくというので、女子にひそかな人気があったのは確かだ。


 ノロマ魔法を授かった時は流石に顔を青くしていたが、フレインとの模擬戦は結局ウェイドの勝利に終わった。


 だが、そうは言っても生まれはスラムという時点であり得ない選択だろう。ドロップはウェイドが入校時に痩せ犬のような姿だったことを覚えている。


 何よりノロマ魔法はどこまで行ってもノロマ魔法なのだ。何をトチ狂ったかは知らないが、自分ではなくウェイドとパーティを組むなんてありえない。


「ウェイドもウェイドだわ! 半人前魔法が一人仲間になったところで、何の足しにもならないわよ!」


 アイスはただでさえドン臭いところがある子だ。それが魔法も一人で戦力足り得ないとなると、本格的に難しくなってくる。


 それをウェイドは分かっていないのだ。だから受け入れたのだろう。足を引っ張る存在の厄介さ、というものを理解していないからできる芸当だ。


 そんな事を考えて悶々としていると、「ドロップ」と呼ばれる。「何よ、こっちは考え事で忙しいんだから」と顔を上げ、「ね……」と言葉から色を失う。


 その視線の先にいたのは、人間の老人の顔をした獅子だった。松明の明かりを受けて、赤い体毛が照らし出される。


 揺れる光の中で、老人の顔がニタァと笑う。その口は、言った。


「ごはん」











 悲鳴は連続して続いていた。俺たちは「あっちか!」「うん、そっちだと思う……!」と示し合わせながらダンジョンを駆ける。


 そうして走っていると、未知の向こうにゆらゆらと揺れる明かりを見つけた。松明。アイツか、と視線をやる。


 その先にいたのは、赤いライオンに食い散らかされる同期たちの姿だった。俺は目を剥く。


 ―――マンティコアなんて、1階層で出るような魔物じゃねぇぞ!


 人面人食いライオン、マンティコア。老人の顔にライオンの身体、そして尻尾に毒針を持った魔物だ。俺は舌を打って、「アイスッ」と呼ぶ。


「俺は一気に近づいて気を引く! 追いついたら奴の背後から頼む」


「わ、分かった……!」


 頷き合って、俺は思い切り前に跳躍した。同時、体重の軽減率を高め、地面から三十センチ上を一気に駆け抜ける。


 そして振りかぶりながら接近し、直前になって体重増減を反転させた。


 【加重】攻撃。


 俺の無言の内に行われた一撃は、マンティコアの胴体を大きく掻っ捌いた。「ぎゃぉおおおおあああああ!」とマンティコアは叫ぶ。食い荒らされていた訓練生が呻く。


「う、うぁあ……! 死にたくない、死にたく、な」


「黙りなさい! アタシが回復してあげるから……ッ!」


 汗をダラダラ流しながら、ドロップは仲間を回復しているらしかった。だが、厳しいだろう。傷は大きいし、出血が多すぎる。


「おい、冷静な奴は残ってるか。援護しろ」


 たった一人、大柄な奴が頷いた。俺は剣を構えてマンティコアに対峙する。


 マンティコアはギャーギャーと喚いていた。


「痛いッ! 痛いッ! 助けてッ! 助けてー!」


「……こいつ、人間の言葉が分かるのか?」


「いいや、魔物が人語を解すなんて話は聞かない。真似してるだけだと思う」


 大柄な奴が一抱えもあるハンマーを構えながら、俺の疑問に答えた。


 その時、マンティコアが俺めがけてとびかかる。


「助けてー!」


「ややこしいんだよお前!」


 俺は突きを繰り出しながら【加重】を掛ける。すると一瞬の間、俺の突きは巨人でも弾けなくなる。


 マンティコアは腕を振るって俺の突きを薙ぎ払おうとしたが、そうはいかない。逆に腕が弾かれながら、深く突きが胸元に突き刺さっていく。


 致命傷だ。だが、少しマズイ。


 俺は腕の筋力の限界に、【軽減】で剣を軽くする。やっぱり加重を継続させるのは無理がある。と思いながら、俺は慌てて剣を手放し飛びのいた。


 危ういところだった。あれじゃあ、剣とマンティコアに押し潰されるギリギリだ。


 マンティコアは致命傷を負いながらも、まだ荒い息で俺たちを睨みつけていた。訓練所で習った通りだ。敵は、致命傷ごときでは倒れない。


 剣も奴に突き刺さったまま、地面に柄を落としている。マンティコアの枷になっている一方で、回収も難しかろう。


『いいか、生きてる奴は、死ぬような傷を負っても直ちに死ぬわけじゃない。ほっとけば死ぬような傷を負いながら、意外に動く。お前ら含めてな。だから、まず叩きのめせ。無力化しろ。殺すのは、基本的にその後だ』


 教官の言葉の正しさは、魔法なしで戦ったゴブリン戦で知っていたつもりだった。だが、ここに来てこうも強く実感するとは。


「下がってくれ。僕が受ける」


 大柄な奴が前に出る。だが、余計なお世話だ。


「おいしいところを独り占めするなよ。俺はまだやれる」


「ッ!? いや、武器がないじゃないか」


「バカにするなよ。この拳がある」


 俺は皮手袋をつけた手を固めて、ボスッともう片方の手に打ち付けた。武器としては情けないが、成立しないことはない。特に、俺の魔法なら。


「い、いや、でも……」


 俺は思案しながら、戸惑う大柄にそっと告げる。


「俺の仲間が敵の背後からじりじり近づいてる。一緒に気を引いてくれ」


「! わ、分かった。……どうすればいい」


「俺が敵を煽る。攻撃してきたら避けて一発入れるから、そこで出来た隙にさらに一撃お見舞いしてやってくれ」


 狙いはここだ、と俺は頭を指で叩いた。大柄は躊躇いがちに、こく、と頷く。


 そして、俺はマンティコアを挑発した。


「おい、ブサイクライオン。掛かって来いよ。ぶちのめしてやるからさ」


「―――ぐるぅぅううああああああああ!」


 とうとうただの唸り声を上げて、マンティコアは襲い掛かってきた。俺はそれに、息を落とす。


【軽減】、フル出力。


 俺の身体はマンティコアのを受けて宙に浮いた。マンティコアと大柄が目を瞠る。


 反転だ。【加重】、フル出力。


 俺は何倍にも高まった重力のままに、マンティコアめがけて落下した。そして固めた両拳を握り合わせて奴の背骨に叩き付ける。


「ギャインッ!」


「今だ!」


「ああ!」


 俺の合図に大柄はハンマーを高く掲げて「クェイク!」と叫びながらマンティコアの脳天に打ち下ろした。衝撃波が走るほどの、強烈な一撃だ。


「かっ」とマンティコアの頭が跳ねる。絶命はしない。だが、目を回してくれればそれでいい。


「アイス、後は頼んだ」


「うんっ、任せて……!」


 そして、アイスが飛び出してきた。彼女はマンティコアに触れ「アイスブロウ!」と叫ぶ。マンティコアはたちまち動きを鈍くしていき、最後には動かなくなった。


「……勝て、た?」


 恐る恐る、アイスは言った。俺は念のため、と大柄からひょいとハンマーを借りて、軽減からの加重アタックでマンティコアをぶっ叩く。


 果たして、凍り付いたマンティコアは、粉々に砕け散った。「うわぁ……」とドン引きする大柄にハンマーを返しながら、俺は剣を回収する。


「お前ら、ひとまず脱出するぞ。おい、臆病者ども! 動けるのは何人だ。負傷者を担いで出るぞ」


 呼びかけると、恐慌状態になっていたドロップパーティの面々が、おずおずと頷きだす。その内ドロップだけが「……え」と信じられないものを見たかのように、俺とアイスを見つめていた。

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