第4話-3 ヒュペリオンの才能

 瀬里奈が始を知ったのは、彼女が小学校高学年の頃であった。


 彼はその頃既に大学を飛び級で卒業し、日本ハウスホールディングスギルドの訓練生となっていた。だが、訓練生とは思えない実力について、研究開発部である彼女の両親が度々口にしていた。「始君は次元が違う」と。

 

 瀬里奈は彼のことが気になり、任務の現場へと密かに訪れたことがある。暴れ回る花の変異体たちが、数秒で切り倒されていく。


 正体はたった一人。顔は丈夫そうな、ホースの浮き出たフェイスマスクに隠され、主流ではない褐色の迷彩服に身を包んでいた。両手にはそれぞれカトラスが握られていた。


 異常ともいえるその戦闘力に言葉が出ない。当時は戦闘用スーツが存在しておらず、変異体掃討は主に戦車を使った方法が中心。それを支援する歩兵部隊も存在していたが、機関銃やロケットランチャーなどの重火器を使用するのが一般的であった。しかし目の前の彼はただの剣。材質が何か特殊なのかもしれないが、重火器を大きく凌駕する戦果を挙げていた。


 瀬里奈は恐れおののいたと同時に、顔を一目見たくなった。もっと近くに寄る方法を思案していると、件の彼はマスクをあっさり取ってしまう。露になった顔は、自分と変わらないほど幼く、それでいて肌の美しさも、髪のつややかさも精悍な顔つきも人間離れしている男であった。彼はこちらにやって来ると。


「早く帰りな」


 と一言だけ話して再びマスクを被り、そのまま建造物群を軽々と跳び越えていった。


 この時、瀬里奈は何か心の奥底から、燃え上がるような挑戦心が湧き上がってきたのを感じていた。いつか追いついてやる、その思いで彼女は必死に勉強を開始する。


さらに、ネットや両親の持っていたデータから情報を収集し、彼の名前が「尾根始」であること、そして双子の弟「尾根布令」の存在を知ったのである。

 

 こうして布令に近づき、始について内側から調査しようとしたが、布令は何故か彼について口にすることはなかった。


 5年前の同時多発テロの時も、鎌をかけていた。


「にしても、始君ってなんであんなに強いんだろうねぇ」


 それに対して、布令は視線を一瞬落とすと、微笑みながら「さぁ?」とおどけていた。


 だが彼女には見えていた。避難する最中、相変わらず迷彩の戦闘服にカトラスのまま次々と変異体と革命派を殺していく彼の姿を。それを見て、自分は敵わないと感じていた。


 彼女は圧倒的な実力差から、絶望に打ちひしがれていた。いくら勉強しても、特訓しても、強くなったとしても彼にかなう気は全くしない。


 何よりも屈辱だったのが、自身が新人で注目された英雄となったこと、そしてこの活躍によって明日羅が隊長へと昇格されることになり、喜んでいる姿を見たことである。


 始はもはや戦車と変わらない、兵器そのもののような扱いであった。両親の口からは始の身体を解剖し分析するという物騒な言葉まで出てきており、まるで変異体を見るような視線を向けられている。


 瀬里奈には畏怖と諦観が生まれた。尋常ではない、異常なまでの強さは支配に繋がると考え始めた。


「……それが何の関係がある?」


 瀬里奈は一瞬、そう言う零士に睨みを利かせ、再び彼の指を切り落としながら言った。


「始お兄ちゃんは死んだじゃない」


 テロの2年後、彼は死亡した。


 両親から小耳に挟んだのだが、突如「蒸発した」らしい。肉体がいっぺん残らず消滅したとのこと。それと同時に彼の父親も蒸発したのだという。始と父親の蒸発を目撃したのは布令と母親だけ。だが、そのことを詳しく布令に聞くような豪胆さを、瀬里奈は持ち合わせていなかった。


「だったら、もっと分からないだろ。お前が始の代わりになればよかったじゃないか」


「そういうことじゃないでしょ」


「意味が分からない!それがIBEXになることとどう繋がる?」


「始お兄ちゃんを殺せた犯人がどこかにいるということよ」


 ますます零士は混乱したように視線をふらふらとさせるが、瀬里奈は続けて言った。


「もっと強い犯人がいる、あの圧倒的な強さを誇っていた始より。そんな力を持っているとすれば、始を攻撃する理由があるのは、革命派くらいでしょ。自然の摂理的にはその強いものについていくべきじゃない。そうしないと死ぬわ」


「人殺しに加担するのか!」


「みんなそうでしょ!」


 瀬里奈の叫びに零士は無言になる。


「それで、今では始お兄ちゃんを殺した革命派よりも圧倒的に強いヒュペリオンと手を組んだの」


「私も瀬里奈君の才能を見出して仲良くなったということだ」


 才能、とヒュペリオンは繰り返す。零士はこの才能と言う言葉に辟易していた。なぜ、この神と呼ばれている存在は才能にこだわるのか、それに彼が変にハキハキしているのも気味が悪かった。


 零士はこの神にも瀬里奈にも嫌悪感を抱き始めていた。目の前の景色にぐるぐると黒い霧がかかってゆく。


 彼女の言い分に対してまともな否定はできなかった。


 この空間で自分だけが浮いている。


「……殺すならさっさと殺してくれよ」


 そう思わずつぶやいていたその時だった。不意に玄関先から音が聞こえた。


 そこに立っているのは首のほぼ真横に傾いた明日羅である。


 その姿を見て、瀬里奈は吐き捨てるように言った。


「良いざまね」


 それに追随するようにしてヒュペリオンは言った。


「良い……才能だ」


「……え?」


 ヒュペリオンは瀬里奈の驚愕に耳を傾けず、明日羅の体に触れる。

 すると、明日羅の体が少しずつ再生していく。そして惚れ惚れと見とれながら彼は言った。


「零士君には才能がある」


「「は?」」


 人間二人の声がそろった。


 そして、次の瞬間、再生を終えていた明日羅は瀬里奈に向けて、ナイフを振りかぶっていた。


「瀬里奈はもういらない」



【あいさつ文】

 お世話になっております。やまだしんじです。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。

 これからもよろしくお願いいたします。

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