第4話-1 ヒュペリオンの才能
「なぜ辞めるの瀬里奈。あなたは私より強いのに」
玄関で靴を履いている瀬里奈の前には明日羅が立っていた。
「弱いよ、私は」
「これからみんなで活躍するってときでしょ!」
明日羅はそう言いながら、瀬里奈の肩を押さえつけてきた。
瀬里奈は動じることはなく、黙々とスニーカーの靴紐を結ぶ。
「……新しい目標が見つかったの。だから、じゃあね」
瀬里奈は明日羅を剥がすようにして、その場を去っていった。
* * *
零士は簡素な椅子に縛り付けられていた。
彼の前に立っているのは一人の男。背は高く、桃色の髪で、頬に打撲の跡を残しながら煙草をふかしている。
「この煙草と言う嗜好品、なかなかのものだ……。にしても君からは素晴らしい才能を感じるよ、仲間に入れてやっても良いくらいだ」
零士が顔をゆっくりと上げた。全身傷だらけで、表情に怒気は感じられるが、身体は力を失っているかのようにダラリと垂れてしまっている。
「お前が……IBEXか?」
「起きてたんだ、すごいねぇ。そんなにボコボコにされても意識があるなんて。でも生憎だけど」
男は零士の質問には答えないまま彼の胸元をつかむと、椅子ごと持ち上げた。そして顔に引き寄せると、緑色の瞳で零士を凝視する。
「人間の仲間は一人だけでいいんだ」
そう言って零士を投げ捨てた。
零士は倒れたままになっている。頭を切ったのか、こめかみには鮮血が流れる。それでも彼は怯まずに叫んだ。
「何者なんだ!お前は!」
「お~、まだ元気だねぇ」
その時、ドアの開く音が聞こえた。誰かがこちらへ真っすぐに歩いてくる。初めは窓から入った日差しが逆光になり、顔を黒く染めていたが、数秒でその影が晴れていった。
視界に映ったその正体に、彼は驚愕する。
「な、なんで。おい、どういうことだよ……」
言葉が詰まり、舌が乾くのを感じた。
視線の先にいたのは、瀬里奈だった。
彼女は零士の前の椅子に座るなり喋り始めた。
「こんにちは、私が情報屋IBEXです」
零士は背筋に寒気が走るのを感じる。驚きのあまり開いた口は塞がらない。
そんな彼を見ながら、先ほどの男が声をかけた。
「なぁ、殺さなくてよかったのか?」
「この人から聞きたいことがあるんです」
彼女は冷静に返す。その様子を見ていた零士は、呆気に取られていた顔をだんだんと修羅へと変えていく。こめかみに血管が浮かぶと共に、彼の声が部屋にこだました。
「どういうことだ瀬里奈!何を言っているんだ!そうだ布令、布令はどうした!?一緒にいたはずだろ!」
「あー、それなら殺しちゃった」
零士は絶句した。言葉の軽さもそう、彼女はまるで人が変わったかのようだった。
瀬里奈は固まった零士を起き上がらせる。
「なんで……」
零士の口から言葉が漏れた。
「そっちの方が色々とやりやすいからねー」
瀬里奈のあっさりとした返答を聞き、零士は再び叫ぶ。
「なんでそんなこと言えるんだ!ふざけんなよ!お前は何がしたいんだ!」
「私ね、強い人に憧れてるの」
瀬里奈は落ち着いた声で答えながら、隣にいた男を軽く抱きしめる。
「彼はヒュペリオン、天上世界の神なの」
「は……?」
この女は何を言っているのか。と思ったとき、不意に彼の周囲に霧が広がった。瞬間、全身が包み込まれどっと重くなる。息苦しくなっていき、呼吸しようとするもやり方を忘れたかのように動かなくなってしまった。胸ばかりが鼓動し、内側から締まっていく。
それが5秒ほど続いたが、「そこで一度止めていただけると助かります」と言う瀬里奈の声で解放される。息を深く吸って吐いてを繰り返し、整えようとする。
「すごいでしょ、彼は天候を操れるの」
「クソが……」
零士の呟きに、瀬里奈は即座に胸元からナイフを取り出すと、切っ先を彼の首に添えた。
「そんな汚い言葉、使わないでくれない?」
ナイフに付いた乾ききってない血を見て、瀬里奈が布令を殺したことが真実である、と否が応でも確信する。
「なんでそんなことするんだよ……」
「それはこっちのセリフなんだよね」
瀬里奈は零士の俯いた顔を覗き込むようにして語り掛けた。
「なんで私のことを追ってたの?」
「お前に言うことはない」
はっきりとした口調で零士は返す。
「ふーん、そっか。じゃあ仕方ないね」
瀬里奈はそのままナイフを首元から離すと、椅子に括りつけられていた零士の手を見つめた。すでに血まみれでボロボロだったが、その中でまだ無事だった人差し指にナイフを叩きつけた。
その瞬間、指は無残に切り落とされる。
だが零士はそれに対し、悲鳴一つ上げない。
「へーすごいね、何も言わないんだ」
「これくらい……それより明日羅さんは何であんなのになっている?」
「うるさい!」
今度は中指にナイフを振り下ろした。まだ繋がっていたそれを、彼女はゆっくり切り離し始めるが、やはり零士は微動だにしない。
「ほんっと何なの、気持ち悪いんだけど」
「……面白い、今際のきわと言うやつか。ならば教えてやろう」
ヒュペリオンと呼ばれた男は零士に手のひらをかざす。すると一瞬で、身体中の傷が修復され、さっき切り落とされた指までも綺麗に再生した。
「いいんですか?」
「もう一度やり直せるだろ」
「なるほど」
ヒュペリオンは言葉をつづけた。
「これはピュートーンの力、貴様らが超巨大変異体と呼んでいる怪物のことだ。そして」
ヒュペリオンは手のひらを天に掲げると、手中に雲のようなものが出来上がった。
「これがヒュペリオンの力だ」
零士は目を見開く。
「ふふ、驚いたろう。私は怪物と融合しこの世界にやってきた。そしてこの世界を支配する」
目の前にいる存在は明らかに人外であり、自分とは果てしない差のあることが零士には理解できた。
こんな存在が自分たちの世界にいていいのか、何とかしなければ大変なことになる。そう思うが、何もできなかった。
「さぁて続き、しちゃおっか」
瀬里奈は再びナイフを振り上げた。
* * *
彼女とヒュペリオンの出会いはあの日、キメラ出現の時であった。
急に自分を突き飛ばした布令に、キメラが喰らいつく。
「あっマジかー」
呑気にその光景を眺めていると、布令を飲み込んだキメラはこちらに向き直り襲い掛かってくる。
薙ぎ払うような前脚を、彼女は垂直に跳んでかわす。その高さは実に20メートル。
「中にスーツ着ててよかった」
引退後も常に、パーティメンバーが着用する簡易戦闘服を服の下に仕込んでいたとは言え、その跳躍力は人間離れしたもの。
そもそも現役で戦場の第一線で活躍していた出炉が、キメラの攻撃をかわすことはおろか、反応さえできなかった。
キメラは追撃のように次々に瀬里奈に炎を吐き出すが、それを壁を伝いながら避けていく。そこから額に向かって飛び込み、かかと落としを繰り出した。
だがキメラの皮膚に攻撃は通用していないようで、頭を跳ね上げられるようにして身体が宙に打ち上げられる。
が、そのまま彼女は空中で止まってしまった。そして何かに掴まれたようにどこかに運ばれていく。
行先は壊れかけたビルの一部屋。そこには桃色の髪の、背の高い男が立っていた。
「素晴らしい。先ほどの身体能力、君の才能」
瀬里奈を見るなり、彼はそう言った。
「何?」
怪訝そうに呟いた瞬間、ビルの天井が崩れ落ちてくる。すかさず男が手をかざすと、天井は静止した。
「私はヒュペリオン」
男は何事もなかったかのように話を続ける。
「人間、私の下で支配者になってみないか?」
【あいさつ文】
お世話になっております。やまだしんじです。
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